「こんにちは!!俺の名前は月待遥陽!君の名前は!?」
シン、と静まるこの場。
遥陽が不思議そうに首を傾げ、もう一度名前を聞こうとした時、すかさず梅野が冬弥を隠す様に前に出た。
「本日は母屋の方で定例会が行われていると聞いています。ご両親とははぐれたのですか?」
「うん!俺、つまらなくなって探検してたんだ。そうしたら迷子になっちゃってさぁ。びっくりした!」
本当に驚いて居るのだろうか。ヘラヘラと笑い何処を歩いて何を見たのかを梅野に話している。きっと、5歳6歳の男の子とはこういう元気なのが普通なのだろうな、と冬弥は思うが、未だに話し続ける遥陽を梅野は困ったように見ながら眉を下げると、冬弥を見上げた。
「……よろしくお願いします。」
梅野は母屋の方へ送る許可を求めていた。頷いた冬弥はそのまま遥陽を見ること無く自分の部屋に戻ろうとするが、後ろから「ねぇ!」と声が上がる。
何故か立ち止まり振り返ることなくそのままでいると「君の名前は?」と聞かれた。
梅野が二人を見比べながらオドオドしている雰囲気に気が付き、小さく「御影冬弥」とだけ答え、今度こそ自室へと下がった。
翌日……
昨晩、冬弥は万が一あの子供がもう一度来た時の対策というか対処法を梅野に伝えていた。
それはすごくシンプルなもので、「なんとしてでも帰ってもらえ」なのだが……
「でね、それで俺、怪異をバーッて倒したんだ!そうしたら父さんが褒めてくれたんだけどさぁーーー」
ー……なぜ、こうなった?
冬弥はいつも通り静かに本を読んでいた。
今日も言われた通りの教材を終わらせ、小学校卒業までの全教科を終わらせたばかり。もう少ししたら中学生の科目が始まる。
自分にとって知識を身に付けるのは苦ではなかった。
一日の半分以上を自室に籠って本を読んで過ごすのは、知らない世界を知れるのは楽しかった。
新しい本に手をかけた時、庭から「こんにちはー!」と元気のいい声が聞こえた気がして顔をあげるが、勘違いかと視線を戻す。だけど
「こんにちは、梅野さん!遊びに来ました!」
自分の耳がおかしくなったのか、夏の暑さにやられたか、それともこれこそが現実か。ドタドタと聞こえる足音が近寄ってくる。すると、パァン!と襖が開かれ、青い目と合って「あ!」と輝いて開かれた。
「遊ぼうぜ、冬弥!!」
慌てて遥陽を止める梅野を手だけで止めさせると、冬弥は遥陽を受け入れた。いいや、諦めた。
「冬弥は、どんな遊びが好き?」
「本を読むこと」
「へぇ!俺も絵本とか図鑑とか好き!」
「……。」
「外で遊ぶなら何をするんだ?」
「外で遊ぶことは無い。」
「俺ね、公園好き。ブランコが1番好き!」
「……。」
先程からこういうやり取り?をしている。殆ど遥陽が一人で話しながら楽しそうに話すだけ。
そして、本を読み続ける冬弥が黙ってしまっても一方的にその日あった事や会わない時に起こった事を聞いてもないのに話してくる。
ついでに場所はいつも冬弥の部屋だ。
そんなよく分からないやり取りが続いて数ヶ月が経過したある日の晩。
「……若様、行ってらっしゃいませ。」
「はい。」
一年に数回呼ばれる定例会に出席する為母屋へと赴く冬弥は、使用人ゆえに中に入れない梅野と別れ大広間へと向かう。
その途中ですれ違う傘下の人間や使用人に深く頭を下げられても何とも思わないし見向きもせずそのまま進むと、賑やかだった大広間が一瞬静寂に包まれた。
構わずスタスタと真ん中を進み用意された席に座ると先程よりも小さな声だが会話が始まる。
冬弥は静かに座るだけ。
この様子をチラチラと見ていた長男の一織は気に入らなそうな視線を向け、どこを見ているか分からない暁音はただ座っていた。そのふたりの近くに見た事の無い女性と小さな子供が居るから、知らない間にきょうだいが増えていが、興味もない。自信なさげに俯いている女性だなと思うだけ。自分の母親は気位が高く常に前を向いていた。心を病んで少し前に自分で命を絶ったみたいだが、お葬式にさえ出ていない。いいや、呼ばれていない。その位の距離感。関係なのだと突きつけられた。
「あ、冬弥だ!」
思考の渦に飲まれていた時、聞き慣れてしまった声にそっとそちらを見る。
場違いな程元気な声に全員の視線が青い目の少年に向けられた。礼儀作法等露知らず、当主と時期当主しか歩けない畳の真ん中を走りながら近寄ってきて、冬弥の前で止まってしゃがみ、「来てたのか!」と笑う姿に周囲はざわめきを大きくした瞬間「遥陽!」と大きな男性の声に遥陽が顔を上げると、遥陽を抱えた男性が冬弥の背後に下がらせ無理矢理頭を下げさせると、「申し訳ございません」と青白い顔をしながら土下座をした。
「父さん、母さん?」
不思議そうな遥陽は自分がした事を理解していない。
それでも、例え子供であってもこの場のルールを破ってしまった事に変わりはない。なら、罰が降るのは誰もが理解している事。視線が集まる。時期当主の采配を見ているのだ。
「ぐ、愚息が若様に多大なるご迷惑をおかけした事を深くお詫び申し上げます!」
「何卒我らに罰を!」
慌てる遥陽はこの状況をよく理解していない。本来ならば破門されてもおかしくは無い程の行い。だが、冬弥は「いい」とだけ言った。これ以上騒ぎを大きくする気は無い。
「……下がれ。もう時期当主が来る。」
冷たい冬弥の声に二人は「申し訳ございません」と謝り続け、末席まで「冬弥ぁ!」と呼び続ける遥陽を抱えて下がった。
「待って、冬弥!」
定例会が終わり、冬弥が梅野を連れて離れに戻る間際、両親の静止を振り切って冬弥の近くまでやって来た遥陽は不安そうな顔をしてもう一度名前を呼ぼうとするが、それを辞めさせたのは冬弥自身だった。
ここは余りにも人の目が多い。
「月待遥陽。もう、私に近寄るな。」
「……え」
完全なる拒否。遥陽の後ろにいる彼の両親はどうすればいいのかと立ち尽くし、遥陽は小さく「なんで」とだけ声が出せた。
「私が御影家の次期当主であり、君は私の傘下だから。それが理解できない子供だからだ。」
冬弥と遥陽は同い年。6歳になる子供のセリフとは思えない。案の定、この意味がよく分かっていない遥陽は「でも」と声を出そうとするが、冷たい灰色の視線に睨まれて恐怖した。
「……さようなら、月待遥陽」
踵を返し梅野が持つ灯りだけが夜道を照らす闇の方へ消えていく冬弥に伸ばしていた手をダランと下げた遥陽はポツポツと降ってきた雨に濡れた。もはや自分の涙なのかも分からない。
抱っこして貰った父の腕の中で震えるだけ。今の遥陽にできるのはこれくらいだった。
