退院と言うか、自主退院をした冬弥は、寒空の下を歩いていた。篠宮の「送るから待ってろ」を無視して。
通り過ぎる車のライトがやたらと眩しい。
駅に辿り着き改札を通り、階段を上る前の自販機でコーヒーを購入。登りきったタイミングで電車が行ってしまったので、ベンチに座りながら口から出る白い息に寒さが増したと考える。
次の到着は……十分後。
先程買ったコーヒーを飲み、静かに空を見た。
「……仁。」
病室で言われた。
冬弥を発見し篠宮に伝えたのは仁だった。
仁とは碓氷家の現当主であり、観測課の九条の上司。
つまり、九条に命じて探らせた本人だ。
いきなり接触してくる事は無いと思うが、かなりの痛手となってしまった。
近寄らせる口実を作ってしまったのだから……。
電車に揺られながら夜の街を見下ろした。
ケイタイに送られてきた篠宮からのメッセージや電話をスルーしていくつか先の駅で降りたら、いつもの見慣れた街に戻ってきた。
「……」
押し寄せる疲労感。
賑やかな声が聞こえる商店街や公園を通り過ぎて見えたマンション。
エレベーターに乗り、上へ。
玄関を開けると黒瀬の気配。まだ居てくれたのか。
「おかえり。千景が出ないって怒ってた。案の定一人で戻ってきたのか。」
「ただいま。少し歩きたかったんだよ。」
珍しくスーツ姿で髪の毛を下ろしている。
ネクタイも緩んで……もしかして
「オフだったのか?」
「いいや、これからだ。」
なるほど。
休日返上させてしまった。
「……黒瀬、ありがとう。」
「それは千景に言ってやれ、冬弥。」
黒瀬は冬弥の事を下の名前で呼ぶ時は完全にオフの時だけだ。人前で下の名前で呼ぶ事は無い。それは冬弥が御影家の次期当主と言う事や、黒瀬が篠宮の部下と言う立場の話が関係している。
だが、一度だけ……黒瀬が他者の目を気にする事なく怒った時があった。もう、何年も前の話になるけれど。
「何も、お前を心配しているのは千景だけではない。」
ソファから立ち上がり自分よりも更に大きな黒瀬を見上げて苦笑いする。その頭を撫でる行為をするようになったのは篠宮の影響だろうが、悪い気はしない。こうして撫でてくれるのはいつだって身内ではない人間なのだから。
「……ありがとう。」
改めて言うと恥ずかしいものだが、フッと笑いながら手をヒラリと振りその場を後にした黒瀬から仄かに香るタバコの匂いは篠宮と同じもの。
あの二人も複雑な感情という鎖で繋がれている。そういう意味ならば、ある意味
「俺と……俺達と同じなのかもな」
少ししてから溜まった湯船に浸かっていた冬弥はカタンと音がした事で目を開けると、脱衣場と浴室の扉を開けて立っていた遥陽に気がつき目を見開く。だって、いつもなら遥陽は自分から動く事はしない。
「…………。」
何も言わ無い虚ろな目をする遥陽は扉を閉める事無く浴室内へ入って来た。
湯船に浸かる冬弥を見下ろした後、服が濡れるとか関係なく湯船の中へ足を入れた。
ザバァァとお湯が流れ出る。遥陽は冬弥の体に凭れ掛かり、静かに目を閉じるとそのまま眠った。
多少なり驚いたが、遥陽の頭を撫でながら天井を見上げて目を閉じる。
じわじわと冷えていくのはどちらだろう。
冷たい体が少しでも温まればいいと思いながら両腕で体を抱き寄せた。
