また明日


【これより後夜祭のメインであるイケコンを開催する!】

秋宮達待機組が、ソワソワと待つ中で、順番の発表を聞いて大慌てで冬弥の元に居る立花へ連絡。
「俺達はケツから5番目だ!」
賑やかな大講堂の音にかき消されないよう大きな声で順番を告げ、通話を切った。
BGMを担当していた不知火が最後の調整から戻ってきて「後は御影次第だな」と座る。
「大丈夫ですよ。いっぱい練習しましたし」
「だよな」
斎藤が、大講堂の真ん中を通る各クラスの代表達を興味なさげに見る。まるでランウェイ。でも、何とも応援の仕方が下品。これではクラス特典の賞は貰えまい。
代表達もヘラヘラ笑いながらバカ騒ぎをしている。ただのカッコつけ。
「……品がない。」
珍しく不機嫌。不知火がそれを見て笑う。
「大丈夫だよ。きっと、全員が黙るぜ。」
ニィとケイタイをヒラヒラさせる不知火。今回の冬弥のBGMの担当なのだが、何故かあの曲以外のイメージが浮かばなかった。姉川も絶対にあの衣装を着させると譲らなかった。
「なら、俺達は信じて待つしかねぇな」
秋宮も笑う。


【次は、3年3組 月待遥陽!】

軽やかな音楽が流れ出す。
先ほどまでのギラギラ、ガチャガチャした空気をわずかに緩めるような旋律。

明るいアナウンスの声の後、花道の奥にライトが注がれると、一人の影が立っていた。

白に近い軍服姿。帽子を被って下を向いているから表情が分からない。淡い色が照明を受けてぼやける。
鞘に収められた刀を両手で目の前に持つ。静止。まるで、そこだけ時間が止まっているように。

そして、曲が変わった。今度は軽やかな行進曲だ。

その瞬間。
口元が歪んで顔を上げ遥陽は笑った。妖艶に。
だけど、どこか、好戦的に。
進む足取りは軽くて音がない。行進曲とは裏腹に、足取りはどこまでも滑らかで、ウキウキと歩いているようだ。視線が集まる。それに惹きつけられる。抗えない。

花道の中央に差し掛かったところで、遥陽はそのまま跳ぶ。バク宙。ざわめく観客。ふわり、と重力を忘れたように軽く着地、間を置かずに身体が流れる。
次は側転だ。布が揺れる。軍服とは思えないほど柔らかく。帽子をキャッチし、被り直すと、そのまま階段を一段、二段と軽く、上がる。舞台の上にたどり着くと刀を持ち直す。そして、軽く。

……トン。

鞘のまま、舞台の床に触れる。音が小さく響くと同時に曲が止まる。静寂だ。遥陽は、ゆっくりと顔を上げる。帽子の影から表情が覗く。
笑っている。やわらかく。そして、拍手が起こった。


「同じ男なのに……なんか、悔しいぜ。」
「だって、御影の相棒だぜ?こんくらい出来るだろうよ」
「……思わず見とれてしまいました。」
3人はため息を吐くと、視線を感じて横を見る。
そこには、遥陽のクラスの男子達が、花道を挟んでドヤ顔でこちらを見ていたので、3人はほぼ同時に中指を立ててあっかんべーをした。ヤンキーか?
「うちの御影ちゃんも負けてなくってよ!」
「覚悟なさいっ」
「全く。」
バチバチと睨み合い、あちらも変な顔をして応戦してきた。他のクラスが次々と終わっていくと、立花が先に戻ってきて、やがて残り二組でやっと姉川が来た。

それまでずっとバチバチしていたので「やめなさいよ」の一言で落ち着いた。さすが姐御。
「御影は?」
「俺達の大将は心配いらねぇよ。姐さんのお墨付きだぜ?」
「はは、だよな!」
姉川はその様子を見ながら「当たり前よ」と鼻を鳴らせ……

【……お次は3年2組 御影冬弥だぁあ!】

このアナウンスで冬弥のクラス全員が黙り、遥陽のクラスが「どれどれ」と出入り口を見る。

わずかなざわめきは、先ほどまでの余韻。
消え切らない熱、その中で静寂が落ちた。始まらない音にざわめきが、強まった瞬間。突然、笙の音が会場に満ち溢れた。ひとつ長く細く、空気を裂くように響く。

ドッと笑いが起こる。おちょくるような声。ざわつく観客。その音は、あまりにも場違いで、あまりにも異質だった。だが、鳴り続ける笙。それに重なる音は雅楽器。
空気がゆっくりと張り詰めていった事で、軈てざわめきが静まり、理由もなく誰もが口を閉じる。
それは、理解ではなく本能で。花道の奥に全員の視線が集中した。

その中に影がひとつ現れた瞬間、ドンッと深く響く和太鼓の音が、大講堂をジリジリと揺らした瞬間。
笙の音が消えて、ライトがその姿を照らした。

現れたのは黒。
深い、闇夜のような着流し。
その上に、淡く透ける羽織は床まで伸びていて、灰色を帯びた布に、桜が散るような刺繍が施されている。

触れれば消えそうなほど薄くて、儚い。
けれど、その存在は、大きくて重い。

再びの笙の音に、冬弥が歩き出す。
まとめられた髪の毛。つけ毛の襟足には青い組紐が巻かれ、光を浴びて銀に光った。

カラン。

下駄の音が、ひとつ、ふたつ。
それだけが、空間を支配する。

カラン

コロン

他の音は、もういらない。雑音も何もかもが邪魔だ。
視線が一点に集まって、誰も彼もが逸らせない。
光に集う羽虫の様に吸い寄せられる。逃げ場がないと錯覚させられるのが、恐ろしくも甘美だと喉を鳴らした。

冬弥の顔が見えた。
灰色の瞳は感情のない静かな色。
不安に、恐れに、好機に、揺れない。ただ、正面を見ているだけ。歩みは一定で、速くも遅くもない。
それなのに、やけに長く感じる。
着実に距離が縮んで行き、舞台へ続く階段に来た。
冬弥は止まらず、そのまま上がる。

カラン
コロン

最後の一歩。
中央に差し掛かり、冬弥は正面を向いた。
右手をゆっくりと横に上げ、そのまま上へ。その瞬間。
……ドンッ
2度目の和太鼓が空気を震わせる。
同時に、手に持っていた黒い扇子がバッ!と開く。

静かに無駄なく広がる扇子のその中からヒラリ、ヒラリと舞う、桜の花びらが落ちていく。音もなく床で止まる。

冬弥は動かず、そのまま立つだけ。

これは、支配だ。
呼吸の音さえ恐れ多いと言わんばかりの静寂。

遅れて爆発した拍手と歓声。
悲鳴に近い声は、冬弥に向けた賛辞だけ。

だけど、その中心にいる本人は一切、動かない。
その賛辞に応えないし、笑わない。

ただ、そこにいる。
それだけで、全てが完成していた。