また明日


「頼むよ、御影しかいないんだ!」
「他のクラスに負けたくないんだ!!」
似たような事を聞いたなぁと冬弥は遠い目をしながら思った。



「冬弥」
「…どうした?」
前日の夕方学校帰りの道で、突然立ち止まった遥陽は公園の方をジッと見つめた。
冬弥は不思議そうにそちらを見ると、そこには一体の怪異がいた。怪異はゆらゆらと不規則に揺れる。
珍しく形がぼやけすぎて冬弥にはちゃんと「見えて居ない」のだが、あの様子からしたら……
「あれは大丈夫。気にしなくていいよ。」
冬弥が怪異から顔を逸らし遥陽を見ると、その顔が歪み、目が黒く澱んでいた。
一歩踏み出した遥陽の腕を掴み「遥陽」と呼ぶ。心臓が早鐘を打つように、体温が、体温が急速に下がる。

「……遥陽」
「……………」
「遥陽。」
「……?」

漸く声が聞こえたかのように遥陽がこちらを見た。
その顔は「いつも通り」で、ニッと笑った遥陽が「帰ろうぜ」と言ってきて、緩りと解けた腕。

夕暮れの公園に子供の姿はない。
みんな、かえるべき場所にかえっている。
何処からか漂う夕食の香り、穏やかな帰宅途中の親子の会話。学生、仕事帰りのサラリーマン、バサッと飛び立つ鳥と、二人分の伸びた影。
秋に切り替わるぬるい風が落ち葉を攫った。


「え、やだよ。」
「そこをどうにか!」
「立花が居るだろ?」
学活の時間、出し物を決める前にイケコンの話になった所で、全員が冬弥を推薦し現在冬弥がそれを拒否している。

「俺は去年出たから出られないんだよ。」
立花の「出られない」に、担任を見ると
「あぁ、立花が言う通り3年間で1回でも出たら出場権は無いよ。」
「……聞いてない。」
「あ?入学式の時に文化祭の決まりって冊子を配ったろ。」
「興味なかったから、見てない」
「なるほどな」
担任はクスッと笑うと「諦めろ」と笑った。

「そこでさ!!今年の俺達のクラスの出し物なんだけどさーーー」



結局、抵抗も虚しくそのまま冬弥は選ばれた。
「ふ、ふふ、アレだけ言ってたのに?ふふふ」
笑い続ける遥陽に面白くないと言いたげな顔の冬弥は、コーヒーわ飲み干すと、そのまま何気なく廊下を見やると、黒い靄が見えた。

ー最近、多いな。

冬弥はボゥとそれを見ていると、視界の端に遥陽が映って反射的に肩を掴む。カランと空き缶が落ちた。カラカラと転がり壁に当たって停止。

「そういえば、遥陽の所は何するんだ?」
冬弥はつとめて明るく話しかけると、待つこと数秒。
「俺達のクラスはお化け屋敷だよ」
振り返った遥陽。
「いいじゃん。俺なんて執事喫茶だ。」
「え!冬弥、執事やんの!?」
元の場所に戻った遥陽にホッとしながらそのままグラウンドへ視線を向けた。



「採寸って………普通にスーツじゃダメなのか?」
「おばか。見た目も拘らないと勝てるものも勝てないわ。それに、わたしは妥協って言葉が嫌いなの。わたしに任せて。貴方は堂々としてればいいから。」
放課後の教室で、服飾関係の学校に進学するクラスメイトが長い髪を纏め、体操着姿の冬弥のサイズを採寸していた。
銀縁のメガネをかけながら「すごっ」とか、ペタペタあちこち触りながら「格闘技でもしてるの?」やら「あらやだ」とか色々聞こえるのはちょっとスルーしている。なんか、手つきが……
「ん。終わったわ、いいわよ。」
「はぁ……ありがとう」
なんだか疲れたな。
冬弥が体操着を脱ぐのをジッと見ていたクラスメイト。シャツを手に持って袖に通した。
「爽やかイケメンってだけではないのね。」
「?」
フッと微笑み、メモ紙とメジャーをもって立ち上がり振り返ってきた。
「安心なさい。わたしは貴方の秘密を誰にも言う事は無いわ。」
「……ありがとう。」
苦笑いをしながら冬弥は見送ると、そっと鏡に映った自分を見て表情を消した。

黒い刻印。
まるで首を締めるように、雁字搦めにするように全身に広がっている。スゥと撫でた胸元。

だが、この刻印が自分以外にも見えるということは……

「……遥陽」