沈黙の中、報告会が始まった。
1番初めは分家の中でも力を持った初老の男、鷹宮だ。
「我ら鷹宮は、南区における件について報告いたします」
立ち上がり当主に頭を下げてから静かに口を開く。
「確認された個体はすでに集約済み。被害は最小限に抑え、すべて処理を終えています」
淡々とした口調。
「一般人への影響も、問題ありません。以上です」
続いて立ち上がったのは鷹宮よりも歳をとった女性の榊原。
「榊原、報告します」
気が強そうな声が響く。
「西地区における異常値について、観測課との齟齬がありました」
一瞬の間。
「独自に確認を行い、未発現のまま安定と判断。現状、干渉の必要はありません。以上です」
短く、的確にそれだけを話し、座る。
そして、年若くも気の弱そうな久世。
「……久世家より、発言をお許しください」
よろよろと立ち上がると深く、頭を垂れる。
「北側区域にて発生した件について報告いたします」
ここで漸く顔を上げた。
「封鎖を優先し、対象区域を切り離しました」
一拍。何故か笑いながら
「一部、巻き込みが発生しましたが——処理済みです」
最後だけハッキリと告げる。そこに感情はない。
深く頭を下げる。
「以上にございます」
その後も、分家達の報告は続き、終盤に差し掛かった。
「……御影家、長男の一織。報告いたします」
整った声。
どこか冬弥に似た顔の長身細身の青年。
「東部にて発生した中位個体について、誘導の上、封鎖区域へ移行」
淡々と告げていく。
「被害を最小限に抑え、討伐完了しており、外部の影響もすべて処理済みです」
最後、チラリと冬弥を見てから座る。
「以上です」
続いて、隣に座っていた少しだけピリついた雰囲気の少年。彼の名は、龍之介。
「……龍之介だ」
いやいや立ち上がり、舌打ち。
「特に問題はねぇ。以上。」
たった、それだけ。なのに、冬弥を睨みながら座るその姿に分家の一部がざわめく。
そして、龍之介の隣に座った女性。暁音。
「暁音です」
落ち着いた声音。色白で幸薄そうな表情だが、背筋を伸ばしたままそこにいた。
「担当区域において、異常の発生は確認されておりません」
まるで人形の様だ。
「現状維持のまま、経過観察といたします。以上です」
沈黙。誰も、次を促さない。それでも——
終わっていないことは、全員が理解していた。視線が、ひとつに集まる。
「……報告がある」
冬弥の番になった。立ち上がることもしないし、誰の許可は、求めない。凛と座りながら、落ち着いた声で話し始める。敬語の有無について止める者はいない。
「東側で継続していた異常値の上昇について、報告には上がっていないが、原因は怪異じゃない」
一拍。
「人為的な干渉だった」
空気が、わずかに揺れる。分家の人間が騒ぐ中、冬弥の一瞥で全員が口を噤んだ。
「媒介となっていた人間を特定、排除済み。」残っていた歪みも処理してあるから、再発はない」
言い切った。その場の誰も口を挟めない。
そして、最後に全員の視線が宗一へ向くが……それよりも早く口を開いたのは、冬弥。
「……北西区域の歪みだが」
宗一が冬弥を見た。一瞬の静止。分家達は何事かと戸惑った。
「発生前に座標を特定した。中心個体は排除済みだ。影響範囲はゼロ」
一気に広間がザワついた。
「……今のは」
「東側は報告に?」
「いや、何も聞いていない……」
抑えきれないざわめきが、わずかに広がり、宗一が溜息を吐いたのがわかった。
ードンッ
「……勝手じゃないか?」
畳を殴った音。低く、押し殺した声と音の出処は龍之介だった。視線は逸らさない。立ち上がりズカズカと近寄る。
「報告にも上がってねぇ案件に手ェ出して、しかも処理済みって——」
一歩、踏み込むように。
「それで済む話じゃねぇだろ」
シンと静まって空気が、張る。分家のざわめきが、ぴたりと止まり、誰もが、その一言の行き先を見ている中で、冬弥は龍之介に視線すら向けない。眼中に無いと言いたげなその態度に、龍之介の顬に青筋がたった。
「問題は残ってないだろう」
それだけだ。感情も、説明もない。
龍之介の言葉を、真正面から受けることすらしない。
一瞬の沈黙。
どう考えても噛み合っていない。
いや……最初から、冬弥は噛み合わせる気がない。
「だからって……」
言いかけたその瞬間。
「龍之介」
静かな声が、掴みかかりそうな龍之介を止めた。
一織だ。それだけで、龍之介は止まる。いいや、続けることを許されない。
「——ここは、報告の場だ」
淡々と正論を叩き付けられる。逃げ場のない言葉。黒い目が龍之介を捉えて離さない。龍之介の舌打ちが、今度こそ飲み込まれ、席へと戻った。
そのやり取りを見る事もしない暁音は何も言わず、ただ静かに、そこにいた。
「……だが、龍之介の言いたいことも分かる」
静まったと思ったら、今度は一織が声を出す。
「たとえお前が弟であり、次期当主であっても、認められないことはある」
冷たい視線。それでも冬弥は見ない。
「勝手な行動は控えたらどうだ」
「……」
反論も、肯定もない。不要だと言うように。
ただそこにいるだけで、場の均衡が崩れている。
痛い程の沈黙。そして
「……一織」
低い声。宗一だ。
それだけで、空気が変わる。一織は背筋を伸ばした。
「その発言は、不要だ」
短い。だが、絶対だった。
一織がわずかに目を伏せるが、それ以上は何も言わない。
「結果は出ている」
淡々と。
感情の籠らない視線が全員へ向けられた。これは、冬弥を庇う訳でも肯定も否定もない。
「過程を問う必要はない」
言い切った。
それが、この家の基準だった。誰も、口を開かない。開く意味が、無い。
龍之介の不機嫌な視線が、わずかに落ちる。
暁音は、ただ静かに前を見ている。
分家たちのざわめきも、完全に消えていた。
残ったのは、決定だけ。
だが、沈黙は長くは続かなかった。
「……では、食事に移る」
宗一の一言で場が動いた。控えていた使用人たちが、一斉に動き出す。静かに、無駄なく、機械のようにこの場にいる全員の前に膳が並べられていく。
彩りよく整えられた料理。季節を映したような器。
一言で言えば、ただただ見事だった。
……見た目だけは。
その膳に誰も、口をつけない。
上座を待っている。宗一が、箸を取ったそれを合図に、一斉に、音が生まれた。静かな食事の音の後に話し声。
それだけが、空間に満ちた。
冬弥も、箸を取る。それに迷いはない。
ただ、一口、口に運ぶ。その瞬間。
全身が、それを拒絶した。
