昼休みの教室は、いつも通りの騒がしさだった。
机を並べて話し込む声や、笑い声があちこちで重なっている。最高学年に上がった新学期にもなれば、進学か就職か等の話が上がるが、どうしたってこの時間は少しだけでも賑やかな空気の中に居たい物だと誰しも思う。
そんな賑やかな時間の中で、ゆっくりと緩やかに流れている一角が教室にあった。
窓際に差し込んだ柔らかな春の陽射し。
少しだけ開けた窓から入る暖かな風がカーテンを揺らす。
「次の課題もう出した?」
椅子に座って本を読んでいた御影冬弥(ミカゲ トウヤ)は、斜め上から声が聞こえて視線を向けた。
「ああ、出した。」
静かに告げると、壁によりかかっていた月待遥陽(ツキマチ ハルヒ)が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「相変わらず早いな、冬弥は。」
「違うよ、遥陽。お前が遅いだけだ。」
短く交わされる会話。
いつものやり取り。
特別な事なんて何も無い。声の調子も言葉の選び方も、ごく普通の物だ。
ただ、二人の距離はやけに近かった。同学年、同性の距離感では無いが、それを気にする者はほとんど居ない。
見慣れているからか、あるいは興味が無いからか。
時折、軽口を叩く声はあってもそれ以上踏み込む者はいなかった。
ざわめく教室。
いつもの変わらない時間が、流れていた。
それが、当たり前の風景。
キーンコーンカーンコーン
放課後を知らせるチャイムの音
「おーい、月待!旦那がお迎えだぞー」
クラスメイトのからかう声に、遥陽は慣れたように「おーう」と返事して立ち上がると、鞄を手に教室を出た。
廊下で待っていた冬弥が、遥陽に気が付き持っていたケイタイから視線を外す。
「……遥陽、帰ろう。」
整えたストレートの髪と日本人には珍しい灰色の目。冷たそうな雰囲気があるが、実際は面倒見のいい男だ。
まぁ、身長も高くて威圧感があるから同性であってもなかなか近寄りはしないのだが。
「あれ、今日はバイトじゃないのか?」
首を傾げながら質問をすると、冬弥は「あるよ」とだけ答える。
「わかった。なら、準備しないとな。」
遥陽は冬弥から視線を外すと、渡り廊下から見える中庭に視線を落として足を止めた。
「……冬弥。」
「ああ。」
2人は顔を見合わせると、拳を出して「じゃんけん」と言い始めた。
「っくそ。俺かぁ」
「早く行ってこい。それに、お前は帳を張るのが下手だろう?」
冬弥の指摘に「確かにな!」と笑って答えると、2階の窓にヒョイッと乗り上げ、そのまま飛び降りた。
今は放課後。余り派手に動かれては隠せる物も隠せなくなるのだが、タイミング良くも誰も通っては居なかった。
「……帳よ、隠せ。」
一瞬にして賑やかだった校舎がシンと静まり返り、放課後の明るさから夜の闇に包まれた。
渡り廊下から飛び降りて中庭に着地した遥陽は、ゆっくりと顔をあげると、空を見て「流石の速さ」と感心しながら、ポケットから黒い手袋を取り出した。
「さぁて、始めるか」
無造作の遥陽の髪がふわりと動き、バチ、バチチとまるで静電気の様な音が聞こえた。獰猛に揺れる青の澄んだ目。舌なめずりした後、目の前の黒い人型の靄ーー怪異に向かって歩く。
「対怪異特務課、月待。討伐を開始する。」
ギュッと拳を握り思いっきり振りかざした。
その光景を渡り廊下で見つめていた冬弥だったが、鞄の中にしまっていた読み掛けの本を取り出した。
パラパラと捲り読み始めようとした時、カツンと聞こえて視線をあげると、いつの間にか戦闘を終わらせた遥陽が戻ってきていた事に気がつく。
「……遥陽」
窓から廊下に降り立った遥陽に声をかけるが、反応がない。少し息を吐きながら本を閉じて近寄って、肩に触れた。
「遥陽。」
一瞬の間……
「…………どうした、冬弥」
いつもの表情の遥陽が立ち上がり「呆気なかった」とつまらなそうな顔をする。
困った様に眉を下げる冬弥は「篠宮から連絡だ」と遥陽を見る。
「……えぇ。篠宮さんは何て?」
昇降口に向かいながら歩く二人。
見た目がいい事から「男子校の華」と呼ばれている。誰がつけたのかは分からない。新一年生にまで既に伝わっているのは何とも解せない。
「明日、メンテ。必ず来いって。」
冬弥の少し低めの声。ゲンナリする遥陽だが、拒否する訳にも行かない為、渋々頷く。
その姿に苦笑いする冬弥。
遠くからカキンと野球部がボールを打つ音が聞こえる。
吹奏楽部の演奏の音や陸上部の掛け声……
変わらぬ日々。
何もかもがいつも通り。
ただ、それだけの筈だった。
机を並べて話し込む声や、笑い声があちこちで重なっている。最高学年に上がった新学期にもなれば、進学か就職か等の話が上がるが、どうしたってこの時間は少しだけでも賑やかな空気の中に居たい物だと誰しも思う。
そんな賑やかな時間の中で、ゆっくりと緩やかに流れている一角が教室にあった。
窓際に差し込んだ柔らかな春の陽射し。
少しだけ開けた窓から入る暖かな風がカーテンを揺らす。
「次の課題もう出した?」
椅子に座って本を読んでいた御影冬弥(ミカゲ トウヤ)は、斜め上から声が聞こえて視線を向けた。
「ああ、出した。」
静かに告げると、壁によりかかっていた月待遥陽(ツキマチ ハルヒ)が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「相変わらず早いな、冬弥は。」
「違うよ、遥陽。お前が遅いだけだ。」
短く交わされる会話。
いつものやり取り。
特別な事なんて何も無い。声の調子も言葉の選び方も、ごく普通の物だ。
ただ、二人の距離はやけに近かった。同学年、同性の距離感では無いが、それを気にする者はほとんど居ない。
見慣れているからか、あるいは興味が無いからか。
時折、軽口を叩く声はあってもそれ以上踏み込む者はいなかった。
ざわめく教室。
いつもの変わらない時間が、流れていた。
それが、当たり前の風景。
キーンコーンカーンコーン
放課後を知らせるチャイムの音
「おーい、月待!旦那がお迎えだぞー」
クラスメイトのからかう声に、遥陽は慣れたように「おーう」と返事して立ち上がると、鞄を手に教室を出た。
廊下で待っていた冬弥が、遥陽に気が付き持っていたケイタイから視線を外す。
「……遥陽、帰ろう。」
整えたストレートの髪と日本人には珍しい灰色の目。冷たそうな雰囲気があるが、実際は面倒見のいい男だ。
まぁ、身長も高くて威圧感があるから同性であってもなかなか近寄りはしないのだが。
「あれ、今日はバイトじゃないのか?」
首を傾げながら質問をすると、冬弥は「あるよ」とだけ答える。
「わかった。なら、準備しないとな。」
遥陽は冬弥から視線を外すと、渡り廊下から見える中庭に視線を落として足を止めた。
「……冬弥。」
「ああ。」
2人は顔を見合わせると、拳を出して「じゃんけん」と言い始めた。
「っくそ。俺かぁ」
「早く行ってこい。それに、お前は帳を張るのが下手だろう?」
冬弥の指摘に「確かにな!」と笑って答えると、2階の窓にヒョイッと乗り上げ、そのまま飛び降りた。
今は放課後。余り派手に動かれては隠せる物も隠せなくなるのだが、タイミング良くも誰も通っては居なかった。
「……帳よ、隠せ。」
一瞬にして賑やかだった校舎がシンと静まり返り、放課後の明るさから夜の闇に包まれた。
渡り廊下から飛び降りて中庭に着地した遥陽は、ゆっくりと顔をあげると、空を見て「流石の速さ」と感心しながら、ポケットから黒い手袋を取り出した。
「さぁて、始めるか」
無造作の遥陽の髪がふわりと動き、バチ、バチチとまるで静電気の様な音が聞こえた。獰猛に揺れる青の澄んだ目。舌なめずりした後、目の前の黒い人型の靄ーー怪異に向かって歩く。
「対怪異特務課、月待。討伐を開始する。」
ギュッと拳を握り思いっきり振りかざした。
その光景を渡り廊下で見つめていた冬弥だったが、鞄の中にしまっていた読み掛けの本を取り出した。
パラパラと捲り読み始めようとした時、カツンと聞こえて視線をあげると、いつの間にか戦闘を終わらせた遥陽が戻ってきていた事に気がつく。
「……遥陽」
窓から廊下に降り立った遥陽に声をかけるが、反応がない。少し息を吐きながら本を閉じて近寄って、肩に触れた。
「遥陽。」
一瞬の間……
「…………どうした、冬弥」
いつもの表情の遥陽が立ち上がり「呆気なかった」とつまらなそうな顔をする。
困った様に眉を下げる冬弥は「篠宮から連絡だ」と遥陽を見る。
「……えぇ。篠宮さんは何て?」
昇降口に向かいながら歩く二人。
見た目がいい事から「男子校の華」と呼ばれている。誰がつけたのかは分からない。新一年生にまで既に伝わっているのは何とも解せない。
「明日、メンテ。必ず来いって。」
冬弥の少し低めの声。ゲンナリする遥陽だが、拒否する訳にも行かない為、渋々頷く。
その姿に苦笑いする冬弥。
遠くからカキンと野球部がボールを打つ音が聞こえる。
吹奏楽部の演奏の音や陸上部の掛け声……
変わらぬ日々。
何もかもがいつも通り。
ただ、それだけの筈だった。
