季節外れの大雨が止み、穏やかな日の出と共に向かえた夜明け。陽葵の葬儀は、慎ましく行われた。
通常、普通失踪の場合は、行方不明になった日から七年以上経過した後に、失踪宣告の手続きが行える。それを待たずとも、認知死亡の手続きを行うこともできたが、利央の母親がそれを拒んだ。
気休めだとしても、どこかで生きているのかもしれない、と。希望を残していたかったのだろう。
くたびれたスーツからネクタイを緩ませ、自販機の横の椅子に腰掛ける。フーッと軽く息を吐くと、利央は手の中の簪へ視線を落とした。
もう長い間、終わりのない闇の中を彷徨っているようだった。手から零れ落ちた温もりを探し、二度と戻るのことない幻影を追い続ける。幾度となく自責と後悔を繰り返したところで、時間は巻き戻りはしないというのに、不毛な日々だった。
妹の身体が帰ってきて、全てが報われるわけじゃない。これから先もきっと、今までと同じように悪夢を見るのだろう。
それでも、前を向いて生きていかなければならない。 今度こそ、大切なものを手放さないように。しっかりと彼の手を握り締めて――。
「……利央、玲香さんがご親族のお見送りしてくるって」
「あっ、ごめん! すぐ行く」
「いいって、少し休んでなって言ってたから」
立ち上がる利央を制して、優吾は手に持っていた水を手渡す。缶コーヒーを選ばなかったのは、お互いにもう三日ほど眠れていないからだ。
横に腰掛け、肩を引き寄せる腕はまだ震えを残していた。兄妹同然に育ってきた子の葬式だ、動揺を隠せずとも無理はない。
優吾はコツンッと利央の肩に頭部を凭れさせ、ゆっくりと口を開く。
「もういいだろ、利央……そんな無理して金を稼がなくたって。俺の父さんが、義息子の学費払うのに、出し渋る男だと思ってるの?」
「そうは言ってない。常識はないけど、いい人だってことは知ってるし」
「じゃあなんで顔出してやらないんだ? 玲香さんも、吉乃さんも、ずっと利央が帰ってくるの待ってるのに」
普段であれば、ここまで言わない彼も、今日は少しばかり感情的になっているのか。詰め寄るように顔を覗き込み、返答を迫った。
別に、彼の父親が嫌いなわけではない。母の辛い時期を支え、子どもたちの心の準備ができるまで、結婚を待ったのだ。多少、性癖に問題があろうと、ここまでできた人はいない。
それでも……と、利央は視線を落とし、簪を握りしめていた右手を見据えた。
「……陽葵ちゃんのことで、自分のこと責める暇があるなら、顔を見せに来てあげてよ」
心の内側を読み取るように、優吾はそっと利央の右手に。自身の手のひらを押し当てる。
「やっと家族が揃ったんだからさ、会いに来てよ……もっと、たくさん話をしよう。俺との愉しかった思い出まで、なかったことにしないで……」
ぐっと喉を押し潰しながら吐き出された辛苦は、彼の痛みが率直に表されていた。
たとえ血が繋がらずとも、共に育ち、共に生きてきた一番の親友。彼も自分たちと同じように、突然の喪失感に戸惑い、多くの苦しみを味わってきたのだろう。
家族以上に近い存在でありながら、境界線を踏み越えることはできない。そのもどかしさと、歯痒さに、どれだけの間、苛まれてきたのか。
「ご、ごめん……優吾っ、俺、自分のことばっかで……っ」
「謝らないで、お願いだから……」
「でも……迷惑かけた。本当に、ごめん……悪かった」
「またそれか、……他人行儀もいいけどさ、いい加減に俺も仲間に入れてよ……ちゃんと利央の家族の中に入れて」
背に腕を回し、優吾は頬を擦り寄せる。泣き顔を見られたくなかったのだろうが、これほど間近に鼻を啜る音が聞こえれば、疑いようがない。
利央は大きく深呼吸した後に、同じように腕を回し、寂しがり屋の義弟を宥めた。
「……それに、本気でアルバイトのことは考えて。最近、学校でも寝不足でフラついてるし、学業に支障出たら、元も子もないんだからさ」
「わかってるよ、ちゃんと睡眠時間も確保する」
「言質取ったからね? もし過労働させられたら、俺が利央のバイト先訴えるから」
「国外の会社って訴訟起こせるんだっけ?」
確実に日本での裁判は不可能であり、仲裁もしくは国際調停が必要となってくる。莫大な金と労力に対して、見込めるリターンは極小。相手方の語学力も危うたいめ、泣き寝入りのリスクが高いように思えた。
――そういえば、給料の振り込み。まだ確認できてないな……
この調子では、週払いどころか年払いになってしまう。ふむむ〜っと、頭を唸らせた利央の横で、優吾は壁に背を預けながら口を開く。
「……洋介から少し事情を聞いたよ、里見のこと。あいつの境遇も知らないで、俺、酷いこと言っちゃったな」
「なんて言ってた?」
「富豪の太客に飼われて、二十四時間見せ物にされてる男だって」
「悪意ある抜粋だけど、間違ってはいない」
「いつ処理してるんだろう」
「普通にズームアップカメラの前でしてた」
「メンタルがロンズデーライトで出来てんのかな」
大多数の前で晒せるという、圧倒的な自信。事実、それを裏付けるほどの装備を携えていたのだから、大したものだ。
自分もメンズドックに行く際は、そのメンタルで向かいたい。そう、一息付いて立ち上がると、なにかまだ気になることでもあるのだろうか。優吾は気難しげな表情で、口の先を尖らせる。
「利央、そいつのこと好きなの?」
「…………好き、なのかな?」
「あはっ、それ俺に聞く?」
曖昧な返しを耳に、優吾はあからさまに脱力した。軽口を叩きつつも、彼はすでにその内で芽吹き始めた感情を、見抜いていたのだろう。
椅子から腰を上げて、大好きな友人の横へ並ぶ。するっと甘えた手付きで指先を絡めては、少しばかり寂しげに笑った。
