異世界の化け物に飼われてる男 〜だって、君が愛と呼んだから〜



 所々でポップな音楽が流れる構内。いつも以上に陽気な学生たち。天候は穏やかな秋晴れといったところか。

 売店で焼きそばを購入し、男三人は歩きながら、空きっ腹に食料を流し込んでいく。あまりの空腹感に、箸が使えないことを失念していたのだろう。洋介が手掴みで麺と奮闘する傍ら、利央はなにやら落ち着かない様子で、辺りに目を配らせていた。

「利央、さっきからなにソワソワしてるの?」
「いや、さすがに現役モデルが、M字開脚で登場はマズいかなって。最近、中村さんの運転に磨き掛かって来てるんだよ。ドリフトのキレがエグい」
「グラドルの話か? 胸デカい?」
「いや、俺レベルじゃないな」
「Eカップか~、脱ぐならもう少しボリュームが欲しいところだ」

 盛大な行き違いがあるようだが、わざわざ訂正する必要性が見出せない。男の胸のサイズなど、刺身の上に乗ったタンポポ以上にどうでもいい話だ。

 猥談に花を咲かせる二人を置いて、利央は甘い香りを漂わせる出店の前で足止まる。

 ポテトにホットドッグ、焼きそばを食べたところで、健康な男子の腹は満たされない。普段であれば糖質を控えているが、本日は無礼講。生クリームたっぷりのクレープを受け取ると、利央は大口を開けて甘美な食感を味わった。

「利央、なに食べてるの? 俺にも頂戴」
「自分で買えよ」
「あ〜……んむっ♡」
「はあぁああッ!? お前バナナんとこ食っただろ!」
「……うっさいなあ、お前ら付き合ってんの?」
「籍入ったから、公式的に旦那になった」
「旦那じゃなくて弟な」

 距離感がバグっている友人たちの絡みに、洋介は耳に栓をしながら身を傾げる。双方とも、そこそこ見栄えする出立ちの二人だ。学内にいれば、嫌でも人の目を惹く。

 一線を越えそうで越えない焦らしに、混乱を覚えているのは皆同じ。もう毎度のことだとわかっていても、ふとした時に、口を出しそうになってしまう。

 あくまでも冗談として受け合わない利央に対し、優吾のそれはガッツリと性欲を伴っている。家族という枠に収まれば、何か変わるかと思えば、そうでもなく。見えない傷を補うように、二人はいつも身を寄せ合っていた。

「……優吾、お前二時から受付担当だろ? 早く行けよ」
「はあ、俺も利央と回りたかったのに……」
「不満解消のために、人の胸揉むのやめてくれる?」

 ふてくされる優吾をハイキックで送り出し、利央は残りのクレープを口に放り込む。本日は早朝五時から登校し、疲労と満腹感で眠気が襲ってきたのだろう。重たく垂れ下がってきた瞼が瞬き、弱々しい欠伸が唇から漏れ出した。

「――可愛い、ウサ耳ついてる」
「ひっ、ひいぃいいッ!! ……おっ、おまっ……ッ! だから突然出てくんなって言っただろ、馨!」
「これどこでもらえるの? 俺も欲しいな」
「……スタッフが付けるやつだから無理」

 前触れもなく現れた馨に驚き、利央は肩を跳ねさせる。

 大学のマスコットキャラである兎のカチューシャは、運営スタッフであることの証。腕章代わりにと冗談で提案され、そのまま通ってしまったのだ。午前中のシフトが終わり、取り外してしまっても良かったのだが、持ち歩くのが面倒くさいとの理由で放置していた。

 利央の頭からカチューシャを奪い取ると、馨はヒラヒラと手の届かない位置でぶら下げる。それ単体が欲しいというよりも、気を引くのが目的だったのか。愉しげに頬を緩ませ、身を寄せてくる利央と戯れ付いていた。

「馨、それぐらいにしろよ。他の生徒に顔バレんぞ?」
「洋介か、久しぶり」
「久しぶりだけど、そんなに懐かしくもないな。こっちは毎週お前の顔、スクリーンで見てるから」

 コンッと肩を小突かれて、振り向いた馨は洋介の前へと並ぶ。学内であれば、友人の友人が知り合いなんてことは、ザラにあることだ。別段、珍しくもない話。しかし、それが別世界の人間となると状況は変わってくる。

 訝しげに眉を跳ね上げた利央の横で、馨は床に置いてあった白い箱を手渡した。

「これ、約束の」
「これって――」
「え? ……まさか雪ちゃん? 洋介に渡したかったのか?」

 利央からの問い掛けには答えないまま、馨は相手が受け取ることを確認すると、そっと手を離した。

 白い箱は洋介の手の上で、ぱちんっと弾け、白い膜が剥がれるように消失する。そうして現れたゲージの中には、彼が恋焦がれて止まない、想い人の姿があった。

「……雪、元気にしてたか?」
「……洋介?」
「泣くなよ」
「だ、って……会えると思ってなかった、から……っ」
「俺も……もう無理だと思ってた」

 ゲージの中から雪を解放すると、洋介は愛おしげに頬を擦り寄せる。語り合いたいことは山ほどあっても、言葉にならないのだろう。込み上げる感情に促されるまま、抱擁を強請り、静かに瞳を潤わせた。

 何度声を掛けても、憎まれ口しか叩かなかった雪が、こんなにも弱々しい姿を晒している。愛らしいふわふわの見た目に、どギツイ口調。それだけでも多くの者の心を鷲掴みにしてきたというのに、ここで儚さが加わるとは――。

 「これが、純度百パーセントのツンデレキャラか〜♡」と感嘆し、利央は完全降伏状態に陥る。

「馨……本当にいいんだな? こいつにどれだけの価値があるのか……お前、わかってんだろ?」
「大丈夫、数字は自分で稼ぐから」

 真剣な面持ちの洋介に反し、馨は軽々とその懸念を蹴り捨てる。圧倒的な自信、そして強靭さ。弱さを見せる時すら計算し、自分の「売り」へとすり替える。そんな完璧としか言いようのない仮面を、彼は一体どれだけの年月をかけて、作り上げてきたのだろう。

 影を落とした利央の手を引き、馨は来た道を戻り始める。

「え? もう帰んの? お前、全然回ってないじゃん」
「来る途中で写真展だけ見て来た」
「……はあ、最悪」
「あはっ、なんで?」
「……見た?」
「見たよ。よく手振れしないで取れたね」
「スタンド使ったに決まってんだろ? ……それより、なんかこっ恥ずかしかった。自分のこと撮んの」

 今期の展示作品のテーマは「感情が生まれる場所」。

 頼んでいたモデルが撮影日にドタキャンし、急遽自分を使って撮影する羽目になった。「どうせ身体の一部分だし」と、浅はかに考えていたことを、この場になって後悔する。結果的に、一番見られたくない相手に作品が晒されてしまい、なんとも言い難い羞恥が押し寄せてきた。

 これ以上の追求は避けてくれと願うも、相手はまだ切り上げるつもりはないのだろう。馨は繋いだままの手を引いて、顔の位置まで利央の左手を持ち上げた。

「なんで『手』にしたの?」
「別に、なんとなく……人って、目で追ってただけのものでも、触ると欲しくなったりするだろ?」
「へぇ〜」
「……なに?」
「撮影した時、指輪外さないでいてくれたの、嬉しいなって」

 ふふっと軽やかに鼻を鳴らし、視線が送られた先は薬指。写真と同じように、無骨な指にはぴたりと指輪が嵌まり、鈍い光を放っている。そこへ軽く唇を押し当てると、目の前の身体はビクンッと大きく波打ち、可愛らしげに動揺を晒した。

「学力テストの前に、交尾する時間あったかな~?」
「だめだめだめっ! ……なっ、中村さん早くっ! 早く送って! こいつ、エンジン掛かってきちゃってる!」
「移動中にする?」
「ひぃいいいっ! むむむ無理だからっ! クラファン成功した会社だって、まだ無重力でのドッキングに成功してないのに……っ!」

 不穏な誘いに身震いを起こせば、どんぴしゃのタイミングで送迎のゲートが開かれる。

 エンジンが掛かってきているのは、こちらも同じか。有無を言わせない吸引力で身が吸い込まれ、利央の悲鳴は異世界へ続く道へと、飲み込まれていった。