異世界の化け物に飼われてる男 〜だって、君が愛と呼んだから〜



「中村さん、利央がもう月払いにしてくれって……中村さーん?」

 シャワー室から出てきた馨は、スマホを片手に部屋の中心へと歩み寄る。水の滴る髪をタオルで拭い、視線は壁に埋め込まれたカメラで静止した。いつもであれば即返答であるのだが、どうしたのだろう。何度呼びかけても反応が見られない。

「……そいつ今アプデ中」
「雪、起きてたんだ? ……何してるの?」
「誰かさんが部屋の掃除してくんないから、自分でしてんだよ」

 パタパタと忙しなく尻尾を動かしては、綿埃をケージの外へと押し出していく。朝食はすでに終えたのか。食べ残しのチモシーは、お綺麗に噛み揃えて、一段上のハンモックに収納してあった。

 小さな手で器用に顔を洗う雪を見下ろし、馨はベッドの端へと腰掛ける。

「……ヨルの身体、再配合してパルウムにするんだって。その後は、オークションに出されるらしいよ」
「…………だからなに?」
「いや、どんな気分なのかな。自分の代わりに死んだ男の末路を聞くのって」
「お前、悪趣味だな」

 チッと舌打ちし、悪態を吐きながら背を向ける。唐突に知らされた元持ち主の結末は、彼もある程度、予測していたものだったのだろう。

 パルウムとはヌルの間で流行っている、サステナブルペットのことだ。息の途絶えた身体を細胞レベルで分解し、また新たな生き物を生成する。過去の姿の面影を、少しばかり残すのが主流らしい。

 遺伝子組み換えに大掛かりな合成を加え、生まれてくるものは、その時々によって異なった。例えるのであればガチャを引く感覚に近く、気に入らなければまた生成を繰り返す。

「君もなかなかの凶運だね。持ち主が変わる毎に愛されて、こんな姿になってまで生き延びてる」
「俺が殺してるっていいたいのか?」
「あははっ、そうは言ってないよ。 ただ……なんだろ、彼の執念みたいなのを感じるかな」

 コンッとゲージを突き、馨はベッドの上で腹這いになる。こちらを振り向こうとしない雪に向けて、緩く息を吹き掛けると、やっとのことで不貞腐れた顔が晒された。

「そんなに会いたい?」
「別に、いい値で売れればいいなとは思ってるよ」
「そっちじゃなくて、君の想い人の方」

 腕枕に顎を乗せて問い掛ければ、焦茶色のつぶらな瞳が大きく見開かれる。フルフルっと小刻みに身を揺らす震えは動揺によるものか、それとも尿意を催したのか。暫しの沈黙の後。雪は聞き逃してしまいそうに小さな声で、「うん」と答えた。

「雪はさ、自分がいない世界でも、彼に幸せに生きてて欲しいって思う?」
「思う。それが愛情だろ? 大切な人には傷付いて欲しくないし、痛い思いもして欲しくない」
「そうか、じゃあ俺のこれは愛じゃないな」

 そろそろ髪が乾いてきたのだろう。ゴロンと寝返りを打ちながら、馨は白いベッドの中で枕を抱き寄せる。強めに顔を押し当て探し出すのは、今ごろ夜勤明けで爆睡しているであろう男の香り。嗅ぐだけで脳が蕩けそうになり、胸の奥から温かな感情が押し寄せた。

「俺は、俺のいない世界で、利央に生きていて欲しいなんて思わない……誰かに取られるぐらいなら、壊れてもらった方がいい」

 自分の命が途絶えた後、彼が他者の所有物になるなど、堪えられない。どうせなら境界線がなくなるまで砕いてもらい、パルウムにされる方がマシだ。

 短い命のたった一つの我儘、ヌルは聞き届けてくれるだろうか。ふふっと軽やかに鼻を鳴らした馨は目を閉じ、緩やかに訪れた睡魔に身を委ねた。