異世界の化け物に飼われてる男 〜だって、君が愛と呼んだから〜




「――なんか、今週どっと疲れた」
「風邪引いたの?」
「そうじゃなくて、ただの疲労。最近立て続けに三人辞めたし、夜勤入るスタッフが足りなくて」

 ぐでぇーっとソファに寝転がり、利央は隈の浮かんだ目元を、強めに擦り上げる。

 コンビニで四日連続の夜間勤務、それに加えてインターンも加われば確実に過労働。週末の家庭教師は、ありがたいことに送迎付きだが、荒っぽい運転手のせいで肉体的な負担が大きい。先ほども到着早々に、一回嘔吐してきたところだ。

「……今日、ゲームの日だっけ?」
「そうだけど?」
「…………」
「あはっ、大丈夫だって。そんな顔しなくても、負けないって言っただろ?」

 齧っていた林檎を置いて口籠ると、陽気な声色で薫が笑い飛ばす。一般人にとっては甚大な精神障害を引き起こす状況も、彼からすれば日常なのだろう。シャツや装飾品などをベッドに並べ、気ままに衣装選びに耽っていた。

 あまりの能天気ぶりに、やはりあの光景は演出だったんじゃないか?と、疑いを持ってしまう。しかし鼻に付くような血の臭いや、肌が温度をなくしていく感触は、確かなものだった。

――どうにか止める術はないのか

 彼を生かすための手立ては、きっとどこかにあるはず。幸いにも彼の人気は高く、今すぐに立場が危ぶまれる可能性は低い。問題はその方法を見つけたとして、彼がこちらの手を取ってくれるかどうか――だ。

 パフッとクッションで顔を多い、利央は「う〜」っと強かな唸り声を上げた。

「そういえばさ。利央に送金したお金、返ってきちゃったらしいよ」
「またあ〜?」
「たぶん口座番号の入力ミス。中村さんコピペできなくて、全部手入力だから」
「なんで細かいこと苦手なのに、毎週振込にしたかな」
「送金遅れるとペナルティだっけ?」
「ガチガチな契約書作っといて、自分で自分の首を絞めるのか……」

 こちらは月払いでいいと提案したのに、週払いを押し通した理由は、おそらく為替レートだろう。振り込みミスの多発で、異世界送金手数料は十倍。みみっちいことを気にして、結果的に馬鹿をみる。典型的な外資系だ。

 加えて、AIのくせに手入力とはどういうことだ?と首を傾げるも、タイミングよく立った着信音に、利央は身を跳ねさせた。

「……ビックリした、異世界でも電波入るんだ」
「誰から?」
「優吾。 ……なんだろう? 見てもいい?」
「いいよ」

 勤務中であるため、クライアントの許可をとってからスマホを開く。電波状況が不安定なのか、メッセージの読み込みと共に、不在着信が舞い込んだ。

不在着信:7件
未読メッセージ:すぐに連絡欲しい。吉乃さんのことで病院から電話あって、玲香さんと向かってる

「……どうかした?」
「なんか、婆ちゃんの体調が良くないみたい……どうしよう」
「入院してるの?」
「一昨年に肺癌の手術したんだ……けど、それから体調安定しなくて、入退院繰り返してる」
「行っておいでよ、俺は大丈夫だから」
「え? ……いやいや、だめだって。勤務中だし」

 顔を振って断るも、ぐいっと手を引かれ、強制的に立ち上がらせられる。添えられた手は優しく背を押し、揺れる心を後押した。

「大丈夫だよ。どっちにしてもライブ配信は夕方だから、間に合うなら戻ってきて」
「本当にいいの?」
「利央のお婆ちゃんには、お世話になったから」
「え? いつ?」
「折り紙のとき」
「ああっ! あれか…………馨、ありがとう。絶対に戻ってくるから」
「うん、待ってる」

 繋がれた指先が一つずつ離れて、名残惜しげに手首を摩る。そんな顔をするぐらいならば、許可など出さなければいいのに。本人はきっと、そのことに気が付いてはいない。

 もう一度だけ「すぐ戻ってくる」と、声を掛けると、利央は黒く渦巻く時空の歪みへ飛び込んだ。