プランBのBはぶっつけ本番のB ー目無し村と凸凹高校生コンビー



桜が舞い散る校舎。
始業式を終えた生徒たちは、新しいクラスメイトとの顔合わせを済ませ、教室の中は放課後の和やかな空気に満ちていた。


「……げ、あれ、南って奴じゃね?学校来てんの珍しいよな。」

「俺、去年同じクラスだったけど、出席足りなくて留年するって噂だったよ。」

「そーそー。たまにクラスに顔出しても感じ悪くて最悪。今年は同じクラスじゃなくてよかったー。」

「てかなんでこっちの教室来てんの?しかもなんか……、松葉杖?喧嘩でもしたのかな。」


コソコソとくだらない話をしてる生徒たちを無視して、奏七多は教室の中を覗き込んだ。
教室の窓際、他のクラスメイトたちに囲まれ楽しそうに笑っている晴柊の姿を見つける。


「晴柊。」


呼びかけた声が少しだけ不機嫌なのは、奏七多自身も気づいていない。
晴柊はすぐに振り向き、大きく手を振った。
クラスメイト達に声をかけると、小走りで奏七多の元にやってきた。


「奏七多!クラス、一緒になれなくて残念だったな。」

「……別に、いいけど。」

「そうか?大人だな。俺は残念だったけどな。あ、今から田中さん……じゃなくて、雪白さんのところに行くのか?」

「……。そ。晴柊も行くでしょ?」

「そうだな、一緒に行こう。荷物を持ってくるから待っててくれ。」


綺麗な黒髪を見送り、奏七多は窓の外を眺めた。
悪夢のような三日間だった。
あの後、奏七多と晴柊は治療に専念するよう言われ、数日間入院し、帰宅後は新年度の準備に追われた。

三日間共に過ごした晴柊は、気の合わない同級生から、共に死線を潜り抜けた戦友であり、かけがえのない友人になった。
急激に縮まった距離も、日常に戻れば、悪夢から覚めると同時に消えてしまうような気がして、妙に気持ちが落ち着かなかった。

この繋がりを途絶えさせたくないと、奏七多は感じていたからだ。


「待たせたな。足の具合はどうだ?」

「まあまあ。再来週からリハビリ。」

「そうか。早く治るといいな。」

「晴柊こそ、体は大丈夫なの?派手に叩かれたり蹴られたりしてたじゃん。打撲だけって言ってたけど、本当なの?」

「本当だ。幹人さんに切られたところも塞がってきたし、この通り問題ない。だから週末は野球の試合の助っ人に行ってくるつもりだ。」

「あーそ……。」


本当に頑丈なやつ。
週末の自分の予定は、いつも通り何もない。
友人が多い奴は土日も忙しいのかと、あまりに自分と違う晴柊を遠い目で見る。

二人が向かっていたのは警察署。
先に治療を受けた二人は、事情聴取がまだ済んでおらず、あの時一緒に宿泊していた田中、もとい雪白藤矢に呼び出しを受けていた。


「よぉ、ガキ共。よく生き残ったな。」

「こんにちは、田中……じゃなくて、雪白さん。」

「……ちは。」


あの村で見た時と同じ、白い肌に目の下にはクマ。
スーツ姿だというのに、グレーのスーツはくたびれていて、不健康そうな見た目に拍車をかけていた。

へらりと手を挙げた藤矢を、奏七多は怪訝な目で見た。


「痛々しいな、南奏七多。松葉杖生活は慣れたかよ?」

「……。アンタ、警察のくせに俺たちにこんな怪我させて、刑事失格だよね。」

「ハッ。相変わらず可愛げねぇガキだな。俺は気を付けろって助言しただろ?生きて帰って来られたんだから結果オーライじゃねぇか。」

「俺たちのおかげみたいなもんでしょ。潜伏してても大した収穫も無かったみたいだし?」

「うるせぇな、お前は俺の上司かよ。俺は非番だったんだよ。クソメガネに付き合わされてただけなんだからよ。」

「クソメガネって誰ですか?」

「あー、一緒にいた背の高いメガネ。珠鬼薫。そもそも密造酒だけなら、あっちの管轄なんだよ。それを、あのクソ老害のせいで、村人全員で罪に罪を重ねやがって……。」


両ポケットに手を突っ込んだ藤矢はげっそりした顔で署内を歩き出す。
二人もそれに追随する。
晴柊は、「ああ!」と声を上げ、爽やかに微笑んだ。


「薫さんって、雪白さんの、恋人のことだったんですね。」

「ハァ!?」

「ゆり子さんが、言ってました!同性カップルの二人だって。」


署内の他の職員が振り向き、静かなざわめきが起きる。


「雪白さん、恋人いたの!?」

「しかも『薫』って……!雪白さんが付き合うのは、圭太さんかと思ってた……!」

「でも同性って、今聞こえなかった!?圭太さんもまだチャンスあるよね!?」


藤矢は顔を引き攣らせて晴柊を見た。
悪意のない笑顔に、言葉を失う。
奏七多はそんな藤矢の様子を見て声を殺して笑った。
藤矢と薫は明らかに恋人同士には見えなかったが、晴柊は目で得た情報より、耳で得た情報を優先する癖がついているのだろう。


「そんなんじゃねぇから。気持ち悪ぃこと言うんじゃねぇよ。」

「違うんですか!?」

「違うって言ってんだろ!どう見たら俺とアイツが、こ、恋人なんかに見えんだよ、お前目ぇ悪ぃのか!?」

「あ、はい、いつもコンタクトを着けてます。」

「そういう話じゃねぇから!」

「ブフッ、くくくっ……!」


藤矢は奏七多と少し似てるところがあるのかもしれない。
晴柊の天然に振り回される藤矢が面白く、奏七多はとうとう吹き出した。


「あー、もうこれだからガキは嫌なんだよ。早くしろ、こっちだ。」

「雪白さーん、二人の馴れ初めとか聞きたいですー。いつもデートとかどこ行くんですかー。」

「わ!面白そうだな。ああ、それにしても、今回は折角の旅行デートだったのに、災難でしたね。」

「黙れよ!南奏七多、お前は分かって言ってんだろ!?刑務所ぶち込むぞ。」

「うわぁ、警察が恐喝?お巡りさーん、こっちですー。悪い大人がいまーす。」

「はぁ、ったく……。この部屋だ、早く入れ悪ガキ。……段差、あるから気をつけろよ。」


藤矢は覇気のない目に疲労感を滲ませ、高校生二人を小部屋に案内する。

部屋のホワイトボードには、成芽村の村人たちの写真がプロジェクターで映し出されていた。
写真の下には名前と年齢。

二人の三日間の行動の聴取と共に、写真を示しながら、村人達から見聞きした話を尋ねられる。


しかし、奏七多と晴柊は話の途中で顔を見合わせた。


「雪白さん、その写真、間違ってませんか?」

「あ?」

「アンタあの家にずっといたのに会ってないの?そんなブサイクじゃなかったけど。」


二人が指摘した写真は、稲護虎太朗の写真。
稀有な美しさの彼の顔は、一度見たら忘れるはずがなかった。


「何言ってんだよ。虎太朗はコイツだ。俺は畑でコイツとゆり子が話してるところも見てるし、ゆり子も辰朗も、最後までコイツを庇って大泣きしてたぞ。よく見ろ、目も鼻も両親にそっくりじゃねぇか。」

「え……。」

「待ってください、あの、すっごい美形の、栗色の髪の、えっと、バスの運転士さんは!?」

「はぁ?そんな目立つ容姿のやつあの村にはいなかっただろ。お前のいう、バスの運転士も、コイツだけだ。コイツが、乗客から選んであの村に犠牲者を連れ込む役割だったんだ。お前らみたいな犠牲者をな。バス会社にも、成芽村出身の稲護虎太朗はコイツで間違いないことは確認が取れてる。」

「「……。」」

「大丈夫か、お前ら?」


確かに、写真の稲護虎太朗は、ゆり子と辰朗にそっくりの顔立ちだった。
どちらかといえば、奏七多たちが出会った「虎太朗」の方が、あの家の家族にしては異質でさえあった。

二人は再び顔を見合わせると、それ以上は何も言えず、ただ不可解さを飲み込むしか無かった。





長い事情聴取の時間が終わり、二人は帰路に着く。
街角に沈む夕陽を見ながら、独り言のように奏七多は呟いた。


「あの『虎太朗』ってさ、……幻覚、だったのかな……。」

「………。」


奏七多の言葉を受け、晴柊はチラリと奏七多を見た。
友人の言葉は、否定できない。
自分も同じように思わないでもない。
しかし、晴柊には一つだけ、気になることがあった。


「雪白さんが居なかったっていうなら、居なかったのかもしれない。幻覚かどうかも、俺には判断できない。でも……。」

「……何?」

「あの人の声、……お前にすごく似てた。」

「……は。」

「特に笑い声。笑い方まで、似てた。」

「………。」

「……まあ、だから何だというわけでもないがな。」


アスファルトの上に、二人の長い影が伸びた。
じきに日が沈む。
今日が終われば、また二人はそれぞれの日常へと戻っていく。

奏七多は、深く息を吐き出すと、ポケットにしまっていた真新しいスマホを取り出した。


「あ!」

「え、何。」

「そういえばお前、あの時なんでスマホ持ってたんだ!?」

「あー。」


晴柊の言う「あの時」とは、湖で村人達に動画を配信すると脅したあの時のことだ。
奏七多は口の端を吊り上げ、悪そうな笑みを晴柊に向けた。


「あれは姉貴のお下がり。教師に没収される時の生贄用。契約切れてるから通信はできないやつ。」

「なんだ、そうだったのか……。」

「アイツらに壊されたのは、確かに俺のだけどさ。それほどスマホを警戒してるなら、なんかのハッタリで使えるかと思って持ってたってわけ。」

「やっぱり奏七多って、けっこうマメだな。」

「褒めてんの?」

「褒めてる。」

「あーそ。ならいいけど。それより、ん。」


奏七多がぶっきらぼうに晴柊に差し出したのは、読み取り用のコード画面。


「連絡先。」


悪態なら息するように出てくる奏七多だが、「連絡先交換しよう」は一単語を言うのが精一杯だった。
晴柊は目を丸くして奏七多の顔をみる。
奏七多はスマホを差し出しつつも、顔は晴柊から逸らしている。
その横顔が赤く見えるのは、夕日のせいか否か、晴柊には判断がつかなかった。
それでも、晴柊は爽やかに笑いかけた。


「ありがとう、奏七多!俺のも登録してくれ。」

「ん。」


オレンジ色の眩しい光が、二人を優しく照らしていた。



おわり