目無し村

ぐちゃっ、びちゃ。


器の中に、赤黒い液体が飛び散る。


「父さん、もうやめよう……。」


大きな機械を覗き込み、黙々と作業をする恰幅のいい男。その背後で、青年は声を絞り出すようにして言った。
目の前の男に弱みは見せまいと、嗚咽が漏れぬよう喉をきつく締めていた。


「この前の人、家族がいるって言ってた。きっと、すぐにバレちゃうよ!」

「急にどうしたんだ、幹人(みきと)。」

「急じゃないよ!俺、前から言ってたじゃん、もうやめようって。こんなことしなくても、この村の人たちが飢えずに生活してく方法なんて、いくらでもあるよ!」

「はぁ……。幹人。」


男が大きなため息をつき、ゆっくり振り返る。その一つ一つの動作に、青年はびくびくと身体を震わせた。


「跡継ぎはお前しかいないからと大目に見てやっていたが……。お前には、もううんざりだよ。」

「ひぃっ!と、父さん、ごめん、ごめんなさい!」

「都合が悪くなるとすぐに信念を曲げる。そういうところは、あの女にそっくりだな。」

「お願い、こ、殺さないで!お願い……!」

「お前の顔は、もう見たくない。」

「やめっ……!」


静かな山間の村に一度だけ、鈍い音が響いた。
青年の声が完全に消えると、小さな室内は、また機械の音だけになる。


ぐちょ、ぐちゃっ。


水分を含んだ柔らかいものが、潰されていく。


密やかに、執拗に、何度も、何度も、何度も……。





穏やかな春風が吹き抜けるのどかな山道。周りには、民家もなければ人気もない。山に囲まれたその道の真ん中で、車庫に入るバスを呆然と眺める二人の男子高校生がいた。
一人は着崩した制服に脱色した薄茶色の髪。
もう一人は、制服を正しく着こなし、艶のある黒髪に綺麗な顔立ち。
小屋に収まったバスのエンジンが切られると、二人の間には鳥の囀りだけが軽やかに響いた。


「最っ悪、なんだけど。」


茶髪の少年はそう呟くと、隣に佇む黒髪の少年に怒りの矛先を向けた。


「ここどこ!?アンタ勉強合宿参加者じゃないの!?」

「そうだが…。」

「だよね!?アンタが合宿のしおり持ってたからついてきたのに!」

「お前も合宿参加者か?」

「そうだよ!不本意だけどね!」


急に不満げな態度を剥き出しにされ、黒髪の少年は眉間に皺を寄せた。
一枚の桜の花びらがクスクス笑うように二人の間に落ちる。春の麗らかな陽気に、木々の緑が柔らかく煌めいた。

二年生進級前の春休み。
二人は学校恒例の勉強合宿に向かうところだった。
しかし、あろうことか乗るバスを間違え、それに気付く間もなく終点まで寝過ごし、この辺鄙な場所で仕方なく降車することになってしまった。

目覚めた時には、他の客は誰もいない。
ここにいるのは、不運な二人だけだった。


「あー、ほんと最悪っ。真面目そうな見た目だからってついてったのが間違いだった。」

「『真面目そう』って、俺のことか?ははっ。なんか、照れるな。」

「褒めてないから!」


微かな風に消されるほど小さな声で愚痴った言葉は、「真面目そうな見た目」の彼の耳にはしっかりと届いていた。

勉強合宿は任意参加の者と強制参加の者がいる。
二人は後者だった。素行不良と、成績不良。
「真面目そうな見た目」の彼は、口を開けば、中身は単純すぎる男であることが、いとも簡単に露呈した。

爽やかにはにかむ黒髪に、茶髪の男子生徒はげんなりと肩を落とす。
人の中身を見抜くことに自負のあった茶髪の少年は、珍しく自分の勘が外れたことを呪うしかなかった。


「はぁ……。アンタ名前は?」

「一年一組の兎羽根 晴柊(とばね・はるひ)だ」

「兎羽根ね。アンタのスマホ、電波入る?」

「おい、人に名前を聞いたなら自分も名乗れ。」

「はいはい。四組の南 奏七多(みなみ・かなた)。ねぇ、俺のスマホ電波弱すぎなんだけど?」


奏七多と名乗った茶髪の少年は、不機嫌を隠さずそう言うと、面倒臭そうな視線を晴柊に向けた。
整った顔にあどけなさを残す晴柊は、目を丸く見開いてから自分のスマホを取り出す。


「ダメだ、圏外だ。」

「はぁ、だよね。じゃあ、俺から学校に電話してみるわ。繋がるか分かんないけど。」

「ありがとう。」


スマホを耳に当て、晴柊の行動を見る。サラサラの黒髪は、直ぐに幅の狭い道路を横断し、道の向こうにあるバス時刻表を確認しに行った。
バスを乗り間違える間抜けではあるが、考えて行動することはできるらしい。


「あー、全っ然繋がんない!」


何度かかけてみたものの、結果は散々だった。なかなか通じない上に、やっと繋がってもこちらの声が相手に届かなかったり雑音がひどかったり。挙句、イタズラ電話だと思われ切られてしまった。


「そうか。時刻表を確認してきたが、来た道を戻るバスは夕方の四時に発車するらしい。今から六時間後だ。」

「最悪な有益情報をどーも。」

「礼には及ばない。こんな状況だから助け合わないとな!」


綺麗な口元を綻ばせ爽やかに笑う晴柊を、奏七多は白けた目で見た。
奏七多は晴柊とは初対面だが、実は名前だけは知っていた。とにかく運動神経が良い奴がいるらしいと、小耳に挟んだことがあるからだ。
それがこんな美形だったのも驚きだが、それより、中身がこんな天然能天気野郎だったことが、驚きを通り越して既に呆れの境地に至っていた。


「なら、早速行こう!こうなったら、電波が入るところまで歩くしかないもんな。」

「はっ!?ちょっ、待って!バカなの!?」

「なっ、いきなり『バカ』は失礼だろ!」

「こんな山道彷徨い歩くなんて無理だから!さっきのバスの運転手探して、事情話して助けてもらうしかないでしょ。」

「ああ、なるほど!分かった、探してくる!」

「あ、ちょっ、荷物!……はぁ。」


残された二人分の荷物の横で、奏七多は天を仰いだ。ガードレールの向こうは崖になっており、青空の下は遮る物もなく、緑と桜色の美しい景色が広がっていた。そんな自然豊かな風景も、清く澄んだ空気も、今の奏七多の心を癒すことはなかった。
舞い落ちる桜の花びらを目で追いながら、ため息をつく。


「……いつから、寝てたんだろ。」


その呟きは、土と緑の香りに溶けて消えた。


「もしかして、困ってる?」

「え?」


優しい声に振り向くと、そこにいたのは運転士の制帽を脱ぎ小首をかしげる二十代前半くらいの男。
造り物のように美しい男だった。
透けるような白い肌に、柔らかい栗色の髪。目鼻立ちがはっきりした小さな顔には、人懐っこい微笑みが浮かべられている。
田舎のバス運転士ではなく、この山の神様や精霊と言われた方が腹落ちする見た目である。


「あ……、はい。えっと、間違えてここまで来ちゃったんですけど、戻るバスも無いし、電話も繋がらないし困ってて。助けてもらえませんか?」

「そうなんだ。それなら、僕と一緒に来る?村の固定電話なら繋がるはずだよ。」

「村、ですか?」

「うん。」


天然能天気野郎も綺麗な顔をしてるけど、この運転士はまた種類の違う美形だ。運転士の美貌から目を離せずいると、晴柊が駆け寄る足音で意識が戻された。


「あ、こんにちは!南、見つけてくれたんだな。ありがとう。」

「う、うん。」

「こんにちは。事情は聞いたよ。村の固定電話なら繋がるはずだから、一緒においで。」

「わぁ、本当ですか!助かります。ありがとうございます!」

「……。」


美しい男の白いワイシャツの胸ポケットには、黒のプラスチック板でできたネームプレートが付いていた。
「稲護 虎太朗(いなもり・こたろう)」。金色の文字で書かれたそれが、彼の名前らしい。


「大丈夫。僕が、ちゃんと連れて行ってあげるからね。」


美しい彼は優しく目を細め、細長い指を誘うように差し出した。
美術品のような綺麗な顔が微笑むと、その名札は日の光を受けて真っ白に反射した。





虎太朗の車は、美しい彼には不釣り合いな年季の入った白の軽バンだった。
所々の塗装が剥げ茶色く錆びた車体に、カーステレオから流れる音楽は、懐かしい子供向け番組のテーマソング。しかも、いずれもテレビサイズばかり。


「この曲、懐かしいですね。日曜の朝にやってた、クワガタレンジャーですよね?子供の頃観てました。」

「晴柊くんも観てたんだ。僕も兄ちゃんと観てたんだよ。」

「へぇ!そうなんですか。南はどうだ?クワガタレンジャー見てたか?」


運転席の虎太朗と助手席の晴柊は、子供向けヒーロー番組の曲で意気投合し、会話に花を咲かせていた。


「知らない。あの、運転士さん。ここってどこなんですか?O市じゃないですよね。」

「うん、違うよ。」

「え!そうだったのか。」

「ここはS市。奥に見える山がK県との県境になってる泉深山(せんみやま)。」

「泉深……。」

「県境なんて、そんな遠くまで来てたのか。」


フロントガラス越しに、雄大な山々が連なっている景色が望める。
泉深山というその山に馴染みはない。しかし何故かよく知った名前な気がした。
どこで聞いたのだろう。

頭に微かな痛みを感じ、こめかみを押さえる。


「奏七多くん、疲れちゃった?」

「……なんで俺の名前知ってるんすか。」

「さっき二人が話してる声が聞こえたからだよ。」


突然名前を呼ばれ、奏七多は眉を顰め刺々しく尋ねた。
ルームミラー越しに目を合わせる恐ろしいほどの美形は、嬉しそうに頬を緩めている。


「それなら、そっちも名乗ってください。」

「おい、南。そんな怒らなくてもいいだろ。」


警戒心剥き出しで喧嘩腰の奏七多を、晴柊が窘める。
もちろん晴柊の抑止は無視されるが、虎太朗は奏七多の態度を気に留める様子はなかった。


「僕は稲護虎太朗。これから案内する成芽村(なりめむら)で唯一の宿屋をやってるのが僕の実家だよ。」

「そうですか。」

「ふふ。そんなに警戒しないで。村の人たちは、みんな家族みたいに仲がいいんだ。だから、奏七多くんも、僕のことは『虎太朗お兄ちゃん』って呼んでいいからね。」

「はぁ?呼ばないです。俺は村の人じゃないので。」

「あはは。」


揶揄うにしても冗談のセンスが悪い。
初対面の人を「お兄ちゃん」なんて呼ぶわけがない。気持ち悪い奴。

鏡越しに見つめてくる美しい瞳から逃れるように、奏七多は背もたれに寄りかかり、手元のスマートフォンに視線を落とした。たまに弱い電波を拾うものの不安定なままだ。


「ほら見て、綺麗でしょ?」

「わあ、すごい桜並木ですね!」

「ここを越えたら、成芽村だよ。」


晴柊の声につられ、奏七多も窓の外を見る。
桜のアーチが連なる道は、進むに連れ、桜が避けて通る道を示していくようだった。
そして桜の帷が開き、隠されていた村が姿を現す。


「お疲れ様。着いたよ。」


桜並木の終わり、獣よけの高いフェンスで囲われた小さな村の入り口に車を停めると、虎太朗は二人に車を降りるよう促した。


「申し訳ないけど、僕はちょっと用事があるから、二人だけで行ってくれるかな。あの川沿いにずっと行くと、大きな桜の木がある。そこが僕の家。僕の名前を言ってくれたら、父さんと母さんが力になってくれるから。」

「分かりました。親切にありがとうございました!」

「ふふっ、晴柊くんは元気で頼もしいね。」


照れながらも満面の笑みを浮かべる晴柊に、虎太朗は蕾が綻ぶような笑顔を向けた。


「奏七多くんも、またね。」


綺麗な手をひらひらと振る虎太朗を奏七多は一瞥し、語尾しか聞こえない程の小さな挨拶をして車を後にした。
去っていく軽バンを目だけで見送り、晴柊が振り向く。


「川はあれだな。行こう。」

「ん。」


スマホの電波は不安定なまま。奏七多は使い物にならないそれをポケットにしまい、晴柊に続いて村に一歩踏み入れた。
その瞬間、背筋に寒気が走る。
視線。探るような視線が、舐め回すようにこちらを見ているのを感じた。


「どうかしたか?」

「…別に。」


振り返った晴柊に素っ気なく答えて、両ポケットに手を突っ込んだ。不安を感じていることを悟られるのが癪だった。しかし幸いなことに、奏七多は「ふり」をするのが得意だった。気付かないふり、無関心のふり、気の強いふり…。

晴柊の数歩後ろをついていきながら、そっと辺りを伺う。
山に囲まれた田畑ばかりの静かな村。車はほとんど走っておらず、ひび割れたアスファルトからは草が生えている。
古い家々がぽつんぽつんと建ち、たまに村人の姿も見えるが、怪訝な顔でこちらを見ては、声を潜め何かを言っているようだった。


「自然豊かでのどかなとこだな。間違えて来てしまっただけだけど、これもいい思い出になりそうだ。」

「そう?俺は早く帰りたいけど。」


村の隅を走る川は澄み切っていて、桜の花びらがゆらゆらと流れている。
川の上流を目で追っていくと、川は大きくカーブし、村の真ん中を通り、奥にある山に続いていた。山には木々が生い茂り、その奥は暗い。人が出入りするのであろう入り口は、村に向かってぽっかりと大きな口を開けているようだった。

なんか、嫌な感じだ。


「……怖いのか?」

「は?」


能天気なことを言っていると思っていた黒髪は、急に立ち止まると奏七多を振り返った。


「何の話?」

「いや。口は偉そうだが、足音は慎重だと思ってな。」

「はぁ……。アンタさぁ……。」


ニヤリと笑う晴柊に、奏七多は眉を顰め目を細めた。
ムカつく奴。
大きなため息と共に、一度、肩の力を抜く。
己の臆病さを見抜かれた苛立ちを落ち着けようとすると、不思議とこの村への不快な恐怖心も少し落ち着くようだった。


「あのさ、余計なお世話なんだけど。俺のことは放っといてくんない?」

「そんなこと言って、迷子になってくれるなよ。」

「バス乗り間違える間抜けに言われたくないから。」

「なっ、間抜け…!?お前だって同じバスに乗ってた間抜けじゃないか!」

「はぁ。アンタ人をイラつかせることだけは天才的だね?」

「お前が勝手にイラついてるだけだろ、人のせいにするな!」


軽い睨み合いの末、黙って歩き出す。
他に知り合いもいないこの村で、二人の目的地は同じ。
この状況で、幼稚な言い争いほど無意味なものはなかった。


「はぁ。なんでこんな奴と一緒なんだよ。」

「それはこっちのセリフだ。元々お前が俺についてきたんじゃなかったか?」


どんなに小さな声で愚痴っても晴柊の耳にはしっかり届いていたようだ。
晴柊の言葉にぐうの音も出なくなった奏七多は、小さく鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「まったく。あ、あの家じゃないか?」

「ん?あー、それっぽいね。」


晴柊が指し示したのは、川が大きく蛇行した先に見える、一軒の家。
村の真ん中に位置する、二階建ての古民家だ。
家の真横に立つ大きな桜の木は、家を飲み込まんとするかのように枝を伸ばしていた。


「虎太朗さんは宿屋だと言っていたが、見た感じは普通の家っぽいな。」

「そーだね。……っ!」


晴柊の言葉を聞きながら、何の気なしにその家を見上げた奏七多は、息を飲む。

二階の窓。
薄く開かれた障子の隙間に、それはあった。

大きく見開かれた、赤い眼。


「……南?大丈夫か?」


生唾を飲み込み、晴柊を見る。心臓がバクバクとうるさい。
晴柊の端正な顔は、心配そうに奏七多を覗き込んだ。


「具合が悪いのか?」

「ねぇ……、見た?」

「何がだ?」

「二階の、窓……。」

「窓?」


奏七多に言われ、晴柊は改めて二階の窓を見上げる。
一方の奏七多は視線を落としたまま硬直した。

帰りたい。気味が悪い。
ここは、嫌な感じがする。

怯える気持ちを隠しながら再び晴柊の横顔を見つめると、晴柊の輝く瞳と目が合う。
その顔は無邪気な喜びに満ちていて、奏七多は戸惑った。


「見たぞ!すごいな!」

「は……?」

「オニヤンマだろ!?」

「オニ……、はぁ?」


晴柊の意味不明なテンションと言葉に肩透かしを食った。
張り詰めていた恐怖心が一気に緩み、再び二階を見上げる。
赤い眼はおろか、何事も無かったかのように障子はしっかり閉められている。

さっきのアレは、見間違いだったのか?

奏七多の戸惑いなどつゆ知らず、晴柊はスマホを構え、目を輝かせ能天気にオニヤンマを撮影している。
軽やかなシャッター音に、奏七多は冷ややかな視線を送った。


「アンタ、やっぱアホでしょ?」

「なんだ?また八つ当たりか?」

「あれは、どう見てもおもちゃ。虫除けかなんかでしょ。大体、オニヤンマが春にいるわけないから。」

「確かに……!」

「アンタ本当にクワガタレンジャー観てたの?オニヤンマーが目覚めるの、初夏だったじゃん。覚えてない?」

「ははっ、そういえばそうだったな!懐かしい。……って、やっぱりお前も観てたんじゃないか!」

「声うるさっ。いいから、もう行こ。」

「なぁ、お前はどのキャラが好きだった?」


奏七多が歩き出すと、晴柊もその隣を並んで歩き出す。

調子が狂う。
この村も、隣にいるコイツも。

とにかく一刻も早く帰ろうと心に誓い、奏七多は足を速めた。


***



草の根を掻き分け、小さな男の子が土に汚れた顔を出した。


「パパ来て!こっち!」

「晴風(はるか)、遠くまで行きすぎだ。もう戻るぞ。」

「晴風待って!ママと手、繋ごう?」

「やだ!ママ遅いもん!」


少年の肩には虫籠が掛けられている。早朝の山の中。親子は山道を少し逸れ、足場の悪い森を散策していた。


「パパ、あっちも行ってみたい!洞窟がある!」

「洞窟?どこだ?」


少年が指差した先は、山を一部抉り取ったように岩肌が露出した崖の側面。手前には斜面から雪崩れ落ちたような立ち枯れの木が、行く手を阻むように倒れている。草や木に隠れてよく見えないが、一見ただの崖のように見える。


「そろそろ戻りましょう?プレゼントはお手紙だけでも大丈夫よ。絶対喜んでくれるわ。」

「だめ!もう少し探す!そうだ、洞窟の中も見てみようよ。」

「晴風、あれは崖だ。洞窟じゃない。いいから戻ろう。」

「いーやーだー!」


ようやく二人の元に辿り着いた母親は、肩で息をしながら諦めの悪い我が子を説得する。少年は負けじと唇を尖らせて主張し、小さな手で「洞窟」の方を指差した。


「見て!やっぱ洞窟だよ!だって、今、人が出てきた!」


少年の声に両親は顔を上げ、息を飲んだ。
森に不似合いなスーツの男がこちらを見ていた。
足元には、赤く滲んだ大きな荷物。ジャケットの内側に忍ばせた手が、拳銃を取り出した。


「晴風ッ!」


父親はすぐさま子供の手を掴むが、間に合わなかった。
鋭い痛みが、胸の真ん中を貫く。

静かな森に、三発の乾いた破裂音が響いた。