吾輩は祖母である


春先の柔らかな陽射しの中、私は縁側の座布団で丸くなっていた。

この家でいちばん日当たりがよく、いちばん落ち着く場所だ。長たる私の寝床として、実にふさわしい。

「ニャアン……」

あくびをひとつして薄く目を開けると、背後のガラス戸が静かに開いた。

「タマや、起きたのかい?」

ゆっくり現れたのはサチコである。

人間たちの基準では、ずいぶん年を取った老婆らしい。だが私から見れば、放っておけない手のかかる孫娘のようなものだ。ひとりではろくに獲物も獲れず、私を撫で、私を見つめ、私がごはんを食べるだけで嬉しそうに笑う。まったく頼りない。

皺だらけの手が、私の背中をそっと撫でた。

相変わらず少しぎこちない。力の加減もまだ甘い。

だが、私は怒らない。

この家で私に触れることを許されているのは、サチコだけなのだから。

「グルル……」

私は喉を鳴らし、自ら頭をその手のひらへ押しつけてやった。
よくできた、と褒めてやる意味もある。

「日なたは温かいねぇ。いい子だねぇ、タマは」

ふふん。
見当違いも甚だしい。

私がこうして機嫌よくしているのは、この子を安心させてやるためだというのに。どうも人間というのは、自分に都合よく物事を解釈する生き物らしい。

少しして、サチコは「よいしょ」と小さく声を漏らしながら立ち上がった。

「お腹、空いたかい? ご飯にするから、待っててねぇ」

ほほう。どうやら献上の時間らしい。

私はゆっくり身を起こし、前足を伸ばしてひとつ背伸びをした。それから尻尾を高く立て、落ち着き払ってサチコのあとをついていく。

まったく、この子は私がいないとだめだ。
今日もせっせと食糧を運んできたらしい。
健気なものである。

台所に入ると、サチコは使い込まれた冷蔵庫を開け、私専用の器を取り出した。

パカッ、と缶詰の蓋が開く。
途端に、ツナとカツオの芳醇な香りが広がった。

「はい、お待たせ。タマはこれが好きだもんねぇ」

サチコは黄色い器を、私の足元へそっと置いた。

「ニャー」

うむ、苦労して狩ってきたのだな。
そう言ってやったつもりだったが、彼女はまた嬉しそうに目を細めている。

やれやれ。
本当にわかりやすい。

私は器に顔を寄せ、ゆっくりと食事を始めた。

本来なら、私が本気を出せば庭のスズメでもネズミでも捕らえられる。だが、わざわざそうしないのは理由がある。

この子が私のために用意したものを、きちんと食べてやること。
それが、サチコを安心させるいちばん手っ取り早い方法だからだ。

案の定、私が一口食べるたびに、彼女は嬉しそうに頷いている。

「いっぱいお食べ。タマが食べてるのを見ると、私も元気が出るよ」

まったく手のかかる子だ。

私が食事をしてやるだけで元気になるというなら、安いものだ。長たる者として、その程度の務めは果たしてやらねばなるまい。

食べ終えると、私は器の横で丁寧に顔を洗った。
舌で鼻先を舐め、前足で口元をぬぐう。

「美味しかったかい? お口拭いてえらいねぇ」

またサチコの手が背中に伸びてくる。

まったく、ことあるごとに私に触れたがる。
甘えん坊にもほどがある。

だが、嫌な気はしない。
その手の温もりと、ゆっくり撫でる不器用なリズムは、私への信頼そのものだからだ。

私は満腹を伝えるつもりで、ぷいと顔を背け、台所から離れた。

だが二、三歩進んだところで振り返ると、サチコは少し寂しそうな顔で私を見ていた。

(……まったく。そんなに私の温もりが恋しいのか)

仕方なく、私はくるりと向きを変え、彼女の椅子の足元へ戻る。
そのまま足に体をこすりつけ、ゆっくりと丸くなった。

「ニャン……」

ここで休んでやる。
安心しろ。
そういう意味だ。

サチコは「ふふっ」と笑って、私の背をそっと撫でた。

「タマは甘えん坊だねぇ」

フッ。
やはり何もわかっていない。

甘えているのはそちらだ。
だが、いちいち訂正してやるほど私は狭量ではない。このくらいの勘違いは許してやるのが、長としての器というものだ。

午後になると、陽射しは少しずつ傾き、縁側に落ちる光の帯も細くなっていった。

私は再び定位置の座布団へ戻り、前足を舐めながら身繕いを始めた。
長たる者、常に毛並みを整え、威厳ある姿を保たねばならない。

しばらくして、サチコが湯呑みを持って縁側へやってきた。

「よっこいしょ」

彼女が腰を下ろすと、縁側が小さくミシリと鳴る。
ほうじ茶の香ばしい匂いが、ふわりと流れてきた。

「静かだねぇ、タマは」
「ニャー」

うむ。平和なものだな。

私はそう返し、ひらりと彼女の膝へ飛び乗った。

本当は、少し冷えてきたから暖をとりたかっただけだ。
だがサチコは、案の定、自分に甘えにきたとでも思ったらしい。

「重いねぇ、タマ」

そんなことを言いながらも、彼女は嬉しそうに私の背を撫でる。

失礼な。
これはたるんだ贅肉ではない。
いざという時に領地を守るための、誇り高き筋肉と毛皮の鎧である。

とはいえ、その撫で方があまりに穏やかで心地いいものだから、私は文句を言うのをやめた。

喉の奥でゴロゴロと音を鳴らしながら、私は目を閉じる。

こうして私と、手のかかる孫娘の穏やかな一日は過ぎていく。

時折、サチコは庭の梅の木を見ながら、私にはわからない言葉をぽつりと口にすることがあった。
だが、その表情はいつもやわらかく、私を撫でる手はいつだって優しかった。

それだけで十分だ。

この頼りなく、無防備で、私なしでは心細くて仕方のない同居人。
私はこの家の長として、これからも彼女を見守ってやらねばならない。

たとえサチコが、すべてを逆に解釈して「自分がタマの世話をしている」と思い込んでいたとしても。

それが、私たちなりの日溜まりと勘違いの愛なのだから。