創作BL)嘘と崇拝



 僕は彼に嘘をついた。それだけがずっと引っかかっている。


 ようやくとれた休憩時間。
 バックヤードの簡素なパイプ椅子でおにぎりを食べていると、先輩が入ってきた。
「あ、お疲れさまです」
「お疲れー。深山(みやま)くん、今休憩?」
「はい、なんか問い合わせ多くって」
 僕は本屋で働いている。本好きな両親のもとに生まれ、小さい頃からたくさんの本を読んできた。図書館司書に憧れたこともあるけれど、書店員もなんだかんだ楽しくて、大学時代にバイトで入った全国チェーンの本屋にそのまま就職して、今も働いている。
「そういや今月のおすすめコーナーって、担当は深山くんだったっけ?」
「あっはい。……なんか、変でした?」
 予想外の質問に、僕はハッとして身体を強張らせた。
 勤めている本屋では『書店員のおすすめコーナー』と言って、毎月書店員が選んだ五冊の本を置く場所がある。レジの近くのよく目立つ箇所にあるので、売上にもそこそこ影響があるのだが、ここに置く本は毎月当番で決められた人間が選んでいるのだ。
 そして今月は、就職してから初めて当番が回ってきた僕の選んだ本が置いてある。
「いやいや、全然! ジャンルも幅広いし、
いいチョイスだなぁって思ってさ」
「ありがとうございます!」
 思ってもいなかったお褒めの言葉に、僕は身体の緊張が解けるのと一緒に、顔をほころばせた。
 おすすめの本を選んでいると、僕は高校生の頃に起きた、少しほろ苦い出来事を思い出す。


 ◇


 高校生の時は、家から近い場所にあった男子校の『狛杜(こまもり)高校』に通っていて、僕はそこで三年間、図書委員をやっていた。
 図書委員の仕事は、図書室の本の整理整頓や貸出カードの整理、そして毎月校舎内の各掲示板に貼り出す『図書だより』を作るというのが主な内容だ。図書だよりには毎回新刊とおすすめの本を紹介するコーナーがあって、そこに載せた本は図書室の出入り口付近にも目立つように面陳されている。
 僕は高校二年の時、おすすめコーナーに載せる本の選別を任されていた。同じ図書委員の生徒にも毎回好評で、僕はそれなりに自信を持って選んでいた。
 そう、ある時までは。


「図書だよりのおすすめコーナーってさ、話題の本とか全然出てこないよな」
「SNSでバズってたヤツとかなら読むのになぁ」
 教室棟の各階にある掲示板の前で、生徒たちがそう話しているのをうっかり聞いてしまったのだ。
 もちろん僕だって、毎月の売上ランキングとか、書店員の選ぶ本屋大賞とか、そういう情報を毎回チェックしていて、話題になっている本も知っている。なんなら、そういう本はほとんど購入して読んでいたから、内容だって知っていた。
 でも、学校の図書室は街の本屋とはわけが違うので、すぐにそういう本が入ってくるわけじゃない。話題になっているからと頑張ってお願いして購入してもらっても、しばらくしたらもうすっかりみんな忘れていて、見向きもしないんだ。
 ──そんな図書委員の苦労なんて、知らないんだろうな。
 僕のおすすめした本なんか、誰も興味を持っていない。
 そう思って、しばらく落ち込んだ。
 だけどある時、貸出カードの整理をしていたら、一人だけ必ずおすすめの本を全部借りてくれている生徒がいることに気付いた。
 一年の時に同じクラスだった『相模(さがみ)和都(かずと)』だ。
 そんなに背が高いほうじゃない僕よりも小さくて、体つきも華奢で、まるで女の子のアイドルみたいに綺麗な顔立ちをした同級生。
 そんな見た目をしながら、頭がよくて運動もできる人気者だった。一部の生徒からは『狛杜高校のお姫様』なんて呼ばれていたくらい。天は二物を与えず、なんていうけど、相模は例外だったんじゃないだろうか。
 ただの本オタクの冴えない僕とは天と地、月とスッポン。そんな存在。
 けれどそんな彼は、僕の選んだ本を、全部読んでいる。全部だ。なんと光栄なことだろう。
 本自体たいして読んでいないような生徒の、何気ない言葉でささくれていた僕の心は、たった一人の貸出履歴という事実によって救われてしまった。
 それだけで充分だった。
 充分、だったはずなのに、神様は僕にささやかなご褒美をくれたんだ。


 ある日の放課後。
 図書だよりの貼り替えのために、二年生の教室がある三階へ向かうと、掲示板の前にあの相模がいた。妙に熱心に貼り出された掲示物を見上げていたので、僕は少し躊躇いがちに声をかけた。
「あ、あの……」
「ああ、深山」
 久しぶりに声を聞いた気がする。
 他の人に比べて少しだけ高音で、細くて、柔らかい声。去年同じクラスではあったけど、正直あまり接点はなかったはずだ。それなのに名前を覚えていてくれたのは、ちょっとだけ意外で、なんだか嬉しかった。
「ごめん、図書だよりの貼り替えしたいんだけど、いい?」
「あ、今月のまだだったんだ」
「うん、コピー機が順番待ちでさ。今ちょうど貼り替えて回ってるとこ」
「よかった。内容変わってないなーって思ってたんだ」
 僕はそう言う彼の目の前で、古い方を剥がし、新しい図書だよりに貼り替える。
 黒目がちの大きな目でじぃっと見つめられて、押しピンを刺し直す手が少し震えた。
 貼り替えが終わると、相模は少し楽しそうな顔で熱心に読み始める。
「……相模は図書だより、結構マジメに読んでくれてるんだね」
 相模の様子に思わずポロリと言ってしまった。すると彼は思ってもいなかった言葉を口にする。
「うん、おすすめコーナーで紹介されてる本が結構好みなこと多いから、借りたいの決まんない時は参考にしててさ」
「え、本当?」
 僕は耳を疑った。つい聞き返してしまうくらいに、信じられない言葉だったから。
「ホントホント。おれSNSとか見ないから流行ってる本とか分かんないし、だからこういうのスゲー助かる」
「……そ、そっか」
 屈託なく笑う彼は、本当に、本当に僕の選んだ本を、自ら進んで手に取っていたことが判明したのだ。
 心臓がバクバクとうるさい。顔が赤くなっていないだろうか。
「今は、先月のおすすめに載ってた『皓月千里の夜』を読んでるんだけどさ」
「あっ、ど、どう、だった?」
「ちょうど半分くらいまできたんだけど、めちゃくちゃ面白くって。中国神話がベースなのかなあれ。あんまり中華系ファンタジーって読んだことなかったんだけど、ああいう感じなら読みやすくていいね。あの著者の他の本も読んでみたくなっちゃった」
 つらつらと相模の口から語られる感想に、僕は目頭が熱くなっていた。
 ああ、本当に読んでいる。
 僕以外にあの本を読んでいる人がいる、という事実がとてつもなく嬉しかった。
「よかった。僕もあの本、好きでさ」
「本当? あ、もしかして、おすすめの本選んでるの、深山だったりする?」
 相模がどこか思い至った顔で尋ねる。あまりにキラキラとした瞳で聞かれてしまって、僕はつい頷いてしまった。
「あっ。う、うん。実はそうなんだ……」
「そうだったんだ! じゃあ今度読むのなくなったら、おすすめの本、聞きにいっていい?」
「……もちろん!」
 他の掲示板へも貼り替えに行かなきゃだから、とその時はそこで別れた。
 ただただ純粋に嬉しくて、出来れば叫びながら廊下を走り出したいくらいで。
 あの時の僕の顔は、だらしないくらいにニヤけていたに違いない。
 純粋に本が好きで、学校の人気者である相模が、僕の選んだ本を気に入ってくれた、認めてくれていたんだ。どこの誰なのかも分からない偉い人の評価より、これは何倍も、何十倍も価値がある。
 それから本当に、相模は時々、違うクラスの僕におすすめの本を聞きにやってきた。
 相模は三組で、僕は六組と、結構離れていたんだけど、それでも相模は本当に聞きにきたんだ。
 本を勧める以外に、共通して借りた本の感想を語り合うこともあった。
 どこかの誰かみたいに、一時の流行りで読みたいものが変わるようなヤツじゃない。社交辞令なんか言わないんだ。よく見た目のいい人間は性格悪いとか聞くけど、相模は違う。
 本当に、普通に、いいヤツなんだ。
 いつの間にか僕は、本を選ぶ時に彼が喜びそうかどうかを考えるようになっていた。
 もちろん、純粋に面白いものを選んでる。実際に読んで、よかったと思うものだ。
 でも、気付くと『相模が喜びそうだな』って考えてしまっている。
 どうせ、図書だよりの片隅に書かれたおすすめコーナーなんて、まともに見ているのは相模くらいだ。彼のために選んだって、きっと誰も気付きやしない。
 ああ、これは恋だろうか? いやいや、きっと友情だ。
 もしかしたら、憧れなのかもしれない。
 美しい芸術品に恋をしたような感覚。きっとそれが近い。


 またある日の放課後。
 新しい図書だよりの印刷のために印刷室へ向かうと、出入り口の廊下に相模がいた。保健委員に所属する彼は、養護教諭の仁科(にしな)先生の手伝いで、印刷が終わるのを待っているらしい。
 自動的に順番待ちとなって隣に並んだ僕は、疑問に思っていたことを聞いてみた。
「そういえば、なんで相模は図書委員じゃないの?」
「え、ああ。今年は倒れてる間に保健委員に決まってて」
「そういや始業式の日も、倒れてたね」
 相模は持病があるらしく、一年生の頃から全校集会なんかでよく倒れていたのを見かけている。四月の始業式でも途中で倒れていて、背の高い仁科先生がお姫様抱っこで運んで体育館から出ていくのを遠目に見た。
「うん。まぁでも、あんまり図書室行けないから、図書委員はもともと無理なんだけどね」
 そう言う相模の表情が少しだけ暗くなる。
「え、なんで? あ、もしかして図書室、入りづらい雰囲気ある?」
「いや、そういうんじゃなくて。……おれ、女の人苦手でさ。あ、別に司書さんに何かされたわけじゃ、ないんだけど」
「……そう、だったんだ」
 あまりに意外な理由で、僕は少し戸惑った。
 確かに相模は本をよく借りてくれてはいるけれど、図書室で見かけたことはほとんどない。
 貸し借りの手続きはどうしているのかと思ったのだが、どうやら彼と中学から一緒だという春日(かすが)祐介(ゆうすけ)が代理で持って来たり、付き添ってもらって対応しているようだった。
 持病があること以外、完璧に見える彼にも苦手なものがある。
 それだけで僕はうっかり、相模に妙な親近感を持ってしまった。
 きっと、春日は彼の苦手なものを知っていて、それを補っているんだ。
 ──僕も、彼を支えられる立場になれないだろうか。
 気付くとそんなことを考えるようになっていた。だって、相模の好きなものも、苦手なものも、僕は知っているんだ。
 僕が、その隣にいたっていいじゃないか。
 そんな気持ちがだんだんと募って、大きく膨らんできて、耐えきれなくなってきた頃。
 文化祭が終わって、中間テストや実力テストも終わった秋の終わり。図書だよりの貼り替え作業に回っていると、少し遠くの廊下で、相模が仁科先生と歩いているのが見えた。
 保健委員は委員の中でも特に仕事が多い。放課後も定期的にポスターの貼り替えや水回りの衛生チェックをしているので、よく二人で学校内を見回っているのを見かけていた。
 委員の活動だ。仕方なくやっている保健委員の仕事だ。
 塾や部活をしていないという理由で、相模がよく仕事を任されているというのは聞いていた。だから、仲のいい僕が声をかけてやれば、彼も少しは気が紛れるんじゃないかって。
 でもそれは、完全な思い込みだったと知った。
 残念なことに、僕のかけている眼鏡はとてもよく見える。
 相模が、隣を歩く仁科先生を見上げる時の表情を見て、僕は声を掛けることが出来なかった。
 どこか嬉しそうで、楽しげで、見たことのない表情だった。
 あれは、特別な人を見つめる時の顔だ。
 よく一緒にいる春日と話している時でさえ、あんな顔はしていない。
 ──ああ、そうか。
 恥ずかしかった。彼のことを全て知った気になっていた自分が恥ずかしかった。
 彼にも特別に想う人がいるんだ。そんなこと当たり前じゃないか。
 たかが好きなものと苦手なものを知ったくらいで、どうして自分が隣に立てると思ったんだ。
 それに彼は、僕のことを知りたいなんて、ひと言も言っていない。
 本の好みが似てる程度だ。それ以上でも、以下でもない。


 僕はそれ以降、図書だよりのおすすめコーナーで相模の好みとは真逆の本を紹介するようになった。
「深山先輩、今月のおすすめ本、これでいいんですか?」
 図書だよりの製作中、同じ委員の後輩がなにか言いたそうな顔でそう聞いてきた。
「……あ、変かな?」
「悪くはないんですけど、なんか今までとだいぶ傾向が違う気がして」
「そう?」
「はい……」
 後輩が気にしたのも仕方がない。
 なんせ選んだ本はタイトルからして、相模が心を惹かれないようなもの、SNSで大人気の恋愛ものばかりだったからだ。
「……リクエストがあったんだ。SNSで人気の本とかも紹介して欲しいって。だから少し、選ぶ傾向を変えてみたんだけど」
「あー、そうだったんですね。確かにそういう声もあるって言ってましたね」
「おすすめコーナーは本を借りてくれる人を増やすのが目的だから、そういうリクエスト
もなるべく取り入れないとね」
 嘘だった。
 そんなリクエストはきていない。
 おすすめコーナーを熱心に読んで、実際に借りてくれる生徒は相模くらいなのに。
 でもこれは、身勝手でささやかな、僕なりの報復。赦されたい。
 新しい図書だよりを貼り出したあとは、相模と顔を合わせないよう、休み時間もなるべくトイレに引きこもったりしていた。
 狭量で浅ましい僕は、相模になにか言われるんじゃないかと気が気じゃなかったから。
 でも、ある日の朝。一限目が始まる前の休み時間。
「深山ぁ」
 二年三組の観察簿を持った相模が廊下から声をかけてきた。保健委員は毎朝、健康観察簿を保健室に持っていく仕事がある。たぶん、その途中だろう。
「お、おはよう、相模。……なに?」
 さすがにこのタイミングでは逃げる暇がなく、僕はおずおずと廊下のほうへ向かった。
「今月の図書だよりの、おすすめの本のことなんだけどさ」
「う、うん……」
 思った通りの内容に、なんとなく顔を合わせづらくて、視線を少し逸らしたまま返事をする。けれど相模は僕の様子など気にしているふうでもなく、ただ少し困ったような顔をしているだけだった。
「あれさ、深山が選んだ本なの?」
「……ど、どうして、そう思ったの?」
「うん、一冊借りて読んでみたんだけど、今までのとなーんか違う感じがしてさぁ」
「あ、えっと、それは……」
 心臓がバクバクとうるさく鳴っている。
 相模のほうを見ると、黒くて丸い、吸い込まれそうに大きな目が、僕をじぃっと見つめていた。
 問い詰めるような感情はなく、ただ純粋に疑問を投げかけているだけの顔。
 嫌われたくなかった。
 嫌がらせをしておいて、なんとも傲慢な話だけれど。
 でも、嫌われたくなかった。
 だって彼は、僕にとって大事な友人でもあるのだから。
「……い、一年生に、今回は選んでもらったんだ。そろそろ引き継ぎとか、考えなきゃだしね」
 ぎこちなく笑いながら出た、とっさの嘘だった。
すると相模は「なーんだ」とどこかホッとしたような顔で笑う。
「やっぱりそっかぁ。なんか深山の選出っぽくないなーって思ったんだよねぇ」
「やっぱ、好みじゃなかった?」
「うん、ちょっとイマイチだった。また今度、深山のおすすめの本教えてくれる?」
「……分かった、いいよ」
 僕の返答に相模は嬉しそうに笑うと、もう保健室へ行かなきゃだから、と笑って去っていった。
 それを、うまく笑って見送れたのか、僕には分からない。
 ──本当、最低だ。
 僕は彼の信頼を裏切っておいて、さらに嘘までついたんだ。


 ◇


 休憩を終えた僕は担当である新書のコーナーに戻ると、ずらり並んだ本棚の歯抜けになっている本を確認し、下にある在庫の入った引き出しを開けて本を補充していく。
 結局、僕と相模はそれからもたまに本の話をする程度の関係のまま、何も変わることはなかった。もちろん、特に何かドラマチックな逆転劇があるわけもなく、僕は普通に隣の県の大学に進学して、相模とはそれっきり。
 大学卒業後は大学から近いという理由でバイトをしていたこの書店にそのまま就職して、現在にいたる。
 あの頃と違うのは、僕の背丈が大学に入ってから随分伸びたことくらいだろう。
 ──相模は、何をしてるんだろうなぁ。
 確か、高校のあった市内の大学に進学する、というのは聞いたが、その後のことは何も知らない。
 今思えば、連絡先すら交換していない。その程度の関係なのに、どうして彼を支えられる存在になれるなんて思い込んだのか。
 ──若かったなぁ。
 美しい彼のことだ。
 きっと今は彼の持病も苦手なことも、きちんと分かって支えてくれる存在と一緒にいるに違いない。
 好きなことで嘘をついても、良いことはないのだと、痛いほど思い知った苦い思い出。
「あの、すみませーん」
「は、はい!」
 昔の思い出に浸りすぎていて、お客さんの声が耳に入っていなかった。
 慌てて声のした方に身体を向けて、お客さんの顔を見る。
「すみません、この本の違う巻ってどこにありますか?」
 そう言ってきた人物には見覚えがあった。
 黒い髪、華奢な肩、色白の肌に黒目の大きな瞳をした、人。
「さ、相模?」
「……あれ、もしかして深山?」
 高校の時より少し身長が伸びたくらいで、それ以外の雰囲気はあの頃とあまり変わっていない。
「あぁ、やっぱ深山だ! 久しぶり! なんか背ぇ伸びたなぁ」
 笑いながら、相模が嬉しそうに、懐かしそうにこちらを見上げる。
 彼が進学した県は隣のはずなのに、こんな偶然があるのだろうか。
「そ、そうだな。……ビックリ、した」
「本屋で働いてたんだ。深山らしいね」
 高校の頃とほとんど変わらない顔で、楽しそうに笑う彼の左手薬指には、銀色の細い指輪が光っていた。
 心臓が一瞬ドクンと脈打つ。
 彼はちゃんと、自分を支えてくれる大切な人を見つけたらしい。
 一瞬だけ、胸が焦げついた気がした。
 小さく深呼吸をして、息を整える。
 落ち着け、大丈夫。
 僕はちゃんと『友達』の顔が出来ているはずだ。
「うん、まぁね。相模は今なにしてるの?」
「ちょっと色々あって、親戚の仕事の手伝いをしてる。普段は隣の県に住んでるんだけど……」
 どうやら大学卒業後は、そのまま大学のあった辺りに住んでいるらしい。そして特に話してはくれないけれど、指輪を交わした相手と一緒にいるんだろう。
「そっか。じゃあなんでこっちに? 旅行かなにかで?」
「ううん。近くに親戚の家があるんだけど、その集まりがあって泊まりにきてて。でも、暇だから持ってきた本も全部読み終わっちゃってさぁ」
「……そっか」
 そういえば相模は高校の時から、電子書籍より紙の本を好んでいたっけ。暇つぶしの本を本屋へ買いに来るあたり、きっと今もそうなのだろう。
「そうだ、深山のおすすめの本って何かある? また、教えてよ」
「ああ、いっぱいあるよ」
 今度はちゃんと、本当におすすめの本を教えるから。
 僕は笑って答えた。


〈了〉