9話 題:作戦
凛人と俺は契約を結び、共犯として一生を生きていく。きっと、この関係が知れ渡ったら、周りの奴は「頭がおかしい」とか「気持ち悪い」なんて、言うだろう。
でも俺達の関係は誰にも到達できない、はるか上の世界へと行ったのだ。
「まず最初は養父の防腐処理道具を奪う」
「カニューレ、吸引ポンプ、防腐液、縫合用具」
「この4つを凛人に…盗んできてくれないか」
「これはできるならで構わない」
「購入もできるから」
「分かった」
「盗めたら、その道具達は使われてない部屋にでも隠しておいて」
「…うん。それで養父さんをどうやって、潰すの?」
こんな綺麗な存在から、潰すっていう単語が出ると不思議な感情になる。いつか考えていた、残忍に死を管制する死神っていうのは本当だったな。
「養父の製薬会社は製造している美容液に違法な成分を配合して、販売している」
「そこを世間に知らしめて、告発していくんだ」
「警察に、通報はしないの?」
「ただ警察に通報しても、揉み消されたらおしまいだ」
「まずはネットの匿名掲示板とかに書き込んだりして世間の目に留まるようにする」
「そっか、ちゃんと考えてるね。修は」
「……まぁな」
急に褒められると、口元が緩んでニヤけてしまうから突然言わないでほしい。
「あっ…でもお金の問題もあるでしょ」
「養父さんが捕まったら、銀行止められちゃう」
「心配するな」
「市場の集合無意識を先読みするアルゴリズムだ」
「投資で稼ぐ、だから心配いらない」
「ははっ、やっぱ天才だね。修は」
しかし、このシステムは完璧なものにするために俺は世界中の株価や為替の動き、人々の欲望と絶望が反映されたチャートの異分子を常に頭に流しておかなければいけない。常人なら脳が焼き切れる所業だが、今の俺ならきっとこなせる。
凛人のためなら俺の脳みそくらいくれてやる。
「じゃあ、明日から決行だ」
「ありがとう、修」
また、突然の褒め言葉だ。それだけでも十二分に君に捧げられる。
「…どういたしまして」
***
今日は計算通り休日だったので家に帰って、作戦の再確認と休憩を取ることにする。
…カレンダーの予定なら今日は仕事でいないはずだが、一日自分の子供が帰ってこないとなったらうちの母親は仕事に行かなさそうだ。仮にいたら、説教をされる可能性が高い。
白い壁も黒ずんで、劣化していて、住人もそこまで多くないアパート。
103号室の玄関を開けると、母親が慌ただしく姿を表す。
「修!」
「大丈夫!?ケガとかしてない?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「そっか…ならよかった」
「今度からは遅くなるなら、ちゃんと連絡いれること!」
「分かった?」
「はーい」
「よし!じゃあ…朝ご飯でも食べる?」
「…そうする」
母さんはキッチンに向かって、相変わらず手際が良すぎる料理を始める。鮭の切り身を素早く取り出し、遠赤外線グリルに入れる。鮭を焼いている隙に赤味噌を溶いて、玉ねぎや人参。豆腐、油揚げを投入していく。具材が味噌汁に入っていくのは綺麗なものだ。
凛人には一片も勝てないけれど。そんな事を考えていたら、13分37秒で朝食を作り上げた。
「へい、おまち!」
「寿司屋?」
「…前よりかは少し遅くなったね」
「本当!?私も老いたわ〜」
「全盛期の力はどこに行ったのかしら〜」
「そういえば、あの美容液さ」
「あれもう最高なの!あっ修も使う?」
最悪すぎる選択を無意識に推してくる母親の言葉は聞かずに俺は一蹴する。
「あの美容液、使わないほうがいいよ」
「え〜なんでよ」
「危ない成分が入ってるから」
「…修がそう言うならそうなのね?」
「うん。だから使わないほうがいい」
「じゃあ、ヤバいかも」
「私、職場で色んな人に勧めちゃった…」
「…本当か」
大方、褒められてついつい教えたのだろう。
「ごめーん…褒められてついつい教えちゃったのよね〜」
…さすが、俺。
しかし、好都合だ。うちの母親は職場で結構フランクに色んな人と喋っているようなので、広めてもらえるチャンスだ。
「じゃあ、その事。会社の人に言いまくって」
「うん!なんなら今連絡しちゃお」
「あっ、ママ友グループにも伝えておかなきゃ」
養父を徹底的に落とす。それまでは何でも利用する。
***
次の休みは訪れてくる。休む暇なんてない。ひたすら養父を潰すことに思考を回らせる。
前に訪れた、タケノコ公園のベンチに座りながら。
「ねぇ、修」
甘い声の方へ顔を向けると、美しい死の極致へ行った凛人が話しかけてきた。
「作戦、順調に進んでる?」
「ああ」
「母親が、凛人とこの美容液使っててな」
「成分のこと言ったら、色んな人に伝えてくれてるよ」
「……修のお母さんはいい人だね」
「そうかもな」
「僕のお母さんは2回死んでるから」
突然凄いことを言われた。動揺を見せないようにスマートに接するのが大人の対応だろう。
「…………無理して話す必要はないぞ」
「…今はそんな昔話してる暇ないもん」
「今度話すから」
「…ゆっくり思いを聞かせてくれ」
「はーい」
養父が悪事を働いていなければ、ただ平和に過ごせたのに。一刻も早く、凛人を救わないと。
「そうだ」
「これ、養父さんが書いたメモのコピー」
「一部だけね」
複数枚の紙を渡される。そこには、凛人への思いを書いた字が乱雑に載っていた。
「凛人は、今日も綺麗に保っている。サプリメントの効果も上々だ」
「日差しが強かったが凛人は焼けていない。日焼け止めの効果も素晴らしいものだ」
「今日の凛人の髪は一段とサラサラで綺麗な金髪だ。今日使ったトリートメントが一番有効なようだ」
養父が書いた最悪な凛人の記録を見ているうちに気づけば紙に強い力を込めていた。
「…偉いね」
「いい情報だよ」
「というかどうやって手に入れた?」
「養父さんは僕の髪を梳かすときも、化粧水塗ってるときに幸せそうな顔して」
「ノートに記してる。席を外した時にこっそり写真撮った」
「危険な真似はしちゃ駄目だよ」
「大丈夫。僕が裏切るなんて思いもしてないよ、あの人は」
冬の冷たい外の空気と凛人がみせた冷徹な雰囲気は背筋を震わせる。
「きっと上手くいくよ」
凛人の冷えた手が俺の手を包む。体温を全て奪い去っていくほどの冷たさ。
「…あぁ」
作戦は順調に前へ進めている。焦る必要など、一切無い。
凛人と俺は契約を結び、共犯として一生を生きていく。きっと、この関係が知れ渡ったら、周りの奴は「頭がおかしい」とか「気持ち悪い」なんて、言うだろう。
でも俺達の関係は誰にも到達できない、はるか上の世界へと行ったのだ。
「まず最初は養父の防腐処理道具を奪う」
「カニューレ、吸引ポンプ、防腐液、縫合用具」
「この4つを凛人に…盗んできてくれないか」
「これはできるならで構わない」
「購入もできるから」
「分かった」
「盗めたら、その道具達は使われてない部屋にでも隠しておいて」
「…うん。それで養父さんをどうやって、潰すの?」
こんな綺麗な存在から、潰すっていう単語が出ると不思議な感情になる。いつか考えていた、残忍に死を管制する死神っていうのは本当だったな。
「養父の製薬会社は製造している美容液に違法な成分を配合して、販売している」
「そこを世間に知らしめて、告発していくんだ」
「警察に、通報はしないの?」
「ただ警察に通報しても、揉み消されたらおしまいだ」
「まずはネットの匿名掲示板とかに書き込んだりして世間の目に留まるようにする」
「そっか、ちゃんと考えてるね。修は」
「……まぁな」
急に褒められると、口元が緩んでニヤけてしまうから突然言わないでほしい。
「あっ…でもお金の問題もあるでしょ」
「養父さんが捕まったら、銀行止められちゃう」
「心配するな」
「市場の集合無意識を先読みするアルゴリズムだ」
「投資で稼ぐ、だから心配いらない」
「ははっ、やっぱ天才だね。修は」
しかし、このシステムは完璧なものにするために俺は世界中の株価や為替の動き、人々の欲望と絶望が反映されたチャートの異分子を常に頭に流しておかなければいけない。常人なら脳が焼き切れる所業だが、今の俺ならきっとこなせる。
凛人のためなら俺の脳みそくらいくれてやる。
「じゃあ、明日から決行だ」
「ありがとう、修」
また、突然の褒め言葉だ。それだけでも十二分に君に捧げられる。
「…どういたしまして」
***
今日は計算通り休日だったので家に帰って、作戦の再確認と休憩を取ることにする。
…カレンダーの予定なら今日は仕事でいないはずだが、一日自分の子供が帰ってこないとなったらうちの母親は仕事に行かなさそうだ。仮にいたら、説教をされる可能性が高い。
白い壁も黒ずんで、劣化していて、住人もそこまで多くないアパート。
103号室の玄関を開けると、母親が慌ただしく姿を表す。
「修!」
「大丈夫!?ケガとかしてない?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「そっか…ならよかった」
「今度からは遅くなるなら、ちゃんと連絡いれること!」
「分かった?」
「はーい」
「よし!じゃあ…朝ご飯でも食べる?」
「…そうする」
母さんはキッチンに向かって、相変わらず手際が良すぎる料理を始める。鮭の切り身を素早く取り出し、遠赤外線グリルに入れる。鮭を焼いている隙に赤味噌を溶いて、玉ねぎや人参。豆腐、油揚げを投入していく。具材が味噌汁に入っていくのは綺麗なものだ。
凛人には一片も勝てないけれど。そんな事を考えていたら、13分37秒で朝食を作り上げた。
「へい、おまち!」
「寿司屋?」
「…前よりかは少し遅くなったね」
「本当!?私も老いたわ〜」
「全盛期の力はどこに行ったのかしら〜」
「そういえば、あの美容液さ」
「あれもう最高なの!あっ修も使う?」
最悪すぎる選択を無意識に推してくる母親の言葉は聞かずに俺は一蹴する。
「あの美容液、使わないほうがいいよ」
「え〜なんでよ」
「危ない成分が入ってるから」
「…修がそう言うならそうなのね?」
「うん。だから使わないほうがいい」
「じゃあ、ヤバいかも」
「私、職場で色んな人に勧めちゃった…」
「…本当か」
大方、褒められてついつい教えたのだろう。
「ごめーん…褒められてついつい教えちゃったのよね〜」
…さすが、俺。
しかし、好都合だ。うちの母親は職場で結構フランクに色んな人と喋っているようなので、広めてもらえるチャンスだ。
「じゃあ、その事。会社の人に言いまくって」
「うん!なんなら今連絡しちゃお」
「あっ、ママ友グループにも伝えておかなきゃ」
養父を徹底的に落とす。それまでは何でも利用する。
***
次の休みは訪れてくる。休む暇なんてない。ひたすら養父を潰すことに思考を回らせる。
前に訪れた、タケノコ公園のベンチに座りながら。
「ねぇ、修」
甘い声の方へ顔を向けると、美しい死の極致へ行った凛人が話しかけてきた。
「作戦、順調に進んでる?」
「ああ」
「母親が、凛人とこの美容液使っててな」
「成分のこと言ったら、色んな人に伝えてくれてるよ」
「……修のお母さんはいい人だね」
「そうかもな」
「僕のお母さんは2回死んでるから」
突然凄いことを言われた。動揺を見せないようにスマートに接するのが大人の対応だろう。
「…………無理して話す必要はないぞ」
「…今はそんな昔話してる暇ないもん」
「今度話すから」
「…ゆっくり思いを聞かせてくれ」
「はーい」
養父が悪事を働いていなければ、ただ平和に過ごせたのに。一刻も早く、凛人を救わないと。
「そうだ」
「これ、養父さんが書いたメモのコピー」
「一部だけね」
複数枚の紙を渡される。そこには、凛人への思いを書いた字が乱雑に載っていた。
「凛人は、今日も綺麗に保っている。サプリメントの効果も上々だ」
「日差しが強かったが凛人は焼けていない。日焼け止めの効果も素晴らしいものだ」
「今日の凛人の髪は一段とサラサラで綺麗な金髪だ。今日使ったトリートメントが一番有効なようだ」
養父が書いた最悪な凛人の記録を見ているうちに気づけば紙に強い力を込めていた。
「…偉いね」
「いい情報だよ」
「というかどうやって手に入れた?」
「養父さんは僕の髪を梳かすときも、化粧水塗ってるときに幸せそうな顔して」
「ノートに記してる。席を外した時にこっそり写真撮った」
「危険な真似はしちゃ駄目だよ」
「大丈夫。僕が裏切るなんて思いもしてないよ、あの人は」
冬の冷たい外の空気と凛人がみせた冷徹な雰囲気は背筋を震わせる。
「きっと上手くいくよ」
凛人の冷えた手が俺の手を包む。体温を全て奪い去っていくほどの冷たさ。
「…あぁ」
作戦は順調に前へ進めている。焦る必要など、一切無い。
