白い君、紅い唇

8話 題:収集                  
地下室へ降り、辿り着いた場所は不気味に照らされ、匂いもまた濃いものになる。
「…これは」
そこにあったのは凛人に学校案内をしていた時の、理科室で死んでいたメダカだった。さらには映画を見に行った時、あの公園に居たスズメもいた。
「凛人………」
それだけじゃなく、足が3本のカブトムシ。羽が片方もげたモンシロチョウ。前右足を失ったドーベルマン。いくつかの毛を毟り取られたオウム。
もっといるが、今はこの状況を飲み込まなければならない。凛人は一体どこにいるんだ。地下室にしては広い、この空間を、数々の死体を認識しながら進んでいく。見ようとしなくても俺の目は脳に直接、情景を打ち込んでくる。
見ていて、愉快なものではない。さっさと探さなければ。
「!!」
足を止めてしまう。下半身が大きく欠損した、男性の死体が保存されている。向こうには、足だけの死体があったり、燃え尽きて粉状になった骨もあった。
「はぁ……っ」
呼吸もし難いこの中で、凛人も息苦しんでいるのか、死体を眺めて恍惚しているのか。きっと…後者だろう。
奥へ進むと、扉が現れる。きっとこの中に凛人がいる。
冷たい扉を開けると、そこには彼がいた。
「…おはよう。修」
「来てくれたね」
「凛人!」
墓場で迷っている魂を救いに来た天使にも見えるし、残忍に死体を管制する死神にも見える。後者など考えたくないけれど。
「…これって、誰がやったんだ」
「それ、知りたいの?」
「知りたい。不法侵入してまで来たんだから」
「ふふっ…そうだよね」
言い逃れできないと悟ったのか、静かに、穏やかに、繊細な周波で凛人は話し始めた。
「単刀直入に言うと」
「死体を集めてるのは僕」
「…やっぱ、そうか」
「死体が、綺麗に見えて…」 
「それで…集めたくて」
「養父さんには、こういうのに協力してもらってる」
「ごめん、あんまり言えないけど」
ただ、息を呑んで聴いていて、俺の脳が出した、俺と凛人。二人が幸せになれる最適で、完璧の選択肢。
「……こんな雑な保存方法じゃ駄目だ」
「えっ?」
「俺なら、養父さんよりもっといい方法知ってる」
「一緒に、やろう」
「…怖くないの?」
「怖いより、好意のほうが大きいよ」
凛人の目線が少し揺れ動く。これは明らかに動揺している目の動きだ。
「凛人は嫌か?」
「…嫌より、嬉しいのほうが大きい」
「じゃあ決まりだな」
俺達は道を踏み外した契約を交わした。俺は凛人により良い死体の保存方法を教えて、凛人は俺の隣にいてくれる。凛人だけが得をすることにしたかったが、申し訳ないと言われてしまった。
「それで、これからなんだけど」
「まず、凛人を養父さんから解放する」
「…なんで?」
「養父さんは僕のために協力してくれてるよ」
「凛人は養父にいいように使われてるだけだ」
「養父は違法に作ったものを世に放ってて」
「世間の奴らは皆、簡単に騙されてた。俺の母親すら騙されてた…」
「凛人もそういう目にあうかもしれない」
「そんなの俺は嫌だ」
一気に養父の悪事をぶつけたせいで、凛人は少しだけ困惑した表情を浮かべた。その顔を見て、興奮状態を冷静に切り替える。
「…ごめん。色んなこと一気にいって」
「賢い修が、そんなに言うなら本当なんだね」
「僕は修を信じてる」
そんな言葉を聞いて、一気に心が緩くなる。回り続けた脳みそはオーバーヒートを起こし、この空間の冷たく、死に満ちた空気に冷却されていく。
瞼が重くなり、凛人の太ももの上で意識が崖の縁に追いやられる。
「……修。寝ちゃった」
「ありがとう、おやすみ」
物理的には冷たいのに、なぜか暖かく感じる手が顔に触れたのを最後に眠りについた。
***
自分の部屋にはない冷気を感じ、目を覚ます。
「ここ…」
「…そっか、俺。あの後寝ちゃってたのか…」
スマホのデジタル時間は6時42分を示していた。来ていた通知をみると母親からメールと着信履歴が残されていた。
「ごめん、母さん」
今から帰るよ、心配しないで。とメールを送り、スマホをポケットに入れる。
「…可愛い」
一片の崩れもない、まさに天使の寝顔と言うやつだ。
唇の紅も…。
「…って無い」
印象的な紅い唇を見逃すほど、俺の目を衰えてないはずなんだが…。あの日の俺はそんなに冷静でいなかったのか。まぁそれとして、さすがに寝るときは落とすよな。当たり前だろ、俺。
…ということは今の凛人は結構レアなんじゃないか。スマホのカメラアプリを起動して勢いのまま、連写した。ただ、データ量が増えるだけで動きのない固定された凛人を連写するのは意味はないはずだが、俺の指は連写をやめない。軽快なシャッター音に気付いたのか凛人が目を覚ます。
「あっ…ごめん起こした」
スマホを急いでポケットに隠した。いや、ポケットに直した。
「おはよう。修」
「寒かったんじゃない。ちゃんと寝れた?」
「あぁ、すこぶる元気だよ」
「なら、良かった」
「それで、ここからどうしていくの」
「…まずはここにある防腐設備を奪取」
「その後、養父の悪事を警察に突き出し、たちまち世間から大批判」
「社会的に養父を殺す」
「それと、ここの死体コレクションは養父を追い詰めるピースにしたい」
その言葉には凛人は少し、顔色を曇らせている。
「これ、渡さないと駄目…?」
確かにこれまで集めてきたコレクションの数々を簡単に手放せないだろう。それでも凛人を救うためには、致し方ない。嫌そうな凛人を俺は懸命に諭す。
「…死体は俺と一緒に集めていけばいい」
「俺の知恵があれば、もっと綺麗に、繊細に保存もできる」
「今までの思い出は簡単に捨てれないかもしれないけど」
「それ以上に最高で、色濃い思い出を作っていこう」
「俺と、一緒に」
凛人の冷たい手を俺は包み込むように握る。この冷たさも、愛で溶かしてみせるから。
「…修はいつも、初めてのことばっかり言ってくれる」
「分かった。ちゃんと責任もって一緒に思い出作ろ」
今日は俺が生きている中で一番幸せの契約となった。君の白を穢す存在も、君の収集の邪魔をするやつも、俺達の関係を引き裂くヤツも。
徹底的に破壊してやる。