白い君、紅い唇

4話  題:空白                     
「なぁ、修。俺やべぇ…」
「テストの問題、全部がアラビア語に見えてくるんだ…」
相変わらずこの男、新島斗真は勉強に苦戦していた。
「ほら今日は科学だ」
「生物のとこからがいいと思うぞ」
「アホなお前でもわかりやすい」
「ひでー」
この関係をさっさと終わらすため、コイツの学力を上げることにする。コイツの学力が上がれば、俺と関わる理由もないとキッパリ断れる。
「おい、斗真ー」
「なにー!」
それとコイツはこんな性格だから友達が結構いる。特に男友達が多い。
「勉強よりさ、俺らとサッカーしようぜ!」
「いや!俺は勉強してーんだわ」
(いや、サッカーいけよ)
「…何でそんなやつとつるんでんだよ〜」
「うるせーあっちいってろー」
「けっ」
ぞろぞろと扉の前から姿が消えていく。俺としてはさっさとコイツがどこかに行って、こっそり撮った凛人の写真を眺めていたい。
「…まぁ、あんなんだけど気にすんな」
「俺から離れてもいいんだぞ」
「いや!離れねーよこんな天才、見逃せねーって」
「ほら、これミトコンドリアってなんだよ」
「このベル…オキシドール?とかさ?」
「全然簡単じゃねーじゃん」 
「お前は全部わかってないだろ」
「あと、ペルオキシソームな」
こんな男より、凛人と会話をしたい。しかし、隣にいない。白くて美しくて、紅い唇が印象的で、仄かに香る消臭剤の匂いも、あのしなやかで、触れると冷たかった手もなかった。
どうやら風邪を引いたようだ。1週間は会えないだろう。
1週間の間は、また前の俺に戻ってしまう。退屈が続く、あの日を。
「なんだよ?凛人がいないの寂しいか?」
「……まぁな」
「安心しとけって俺がついてるんだから」
「お前は、凛人のかわりにはなれん」
「そりゃそーだ」
「ほら、勉強続けようぜ」
「…………………」
勉強なんて、教える気にもならない。
***
家に帰宅し、凛人にメッセージを送る。
「風邪、ひどくなってないか?」
「うん、熱がそこまであがらなかったから」
返信スピードは変わらず早い。
「よかった」
「修に会えないと、寂しいな」
「俺も寂しいかな」
「ちゃんと食べて、寝てくれ」
「うん」
「ありがとう。おやすみ、修」
「おやすみ、凛人」
メッセージはここで終わる。俺は凛人に会えない焦燥感を抱えながら、眠りにつく。
***
「おっはよー!修!」
後ろから肩を掴まれ、振り返る。この男は気配を出さずに近づくのが得意のようだ。
「…作った問題は解いてきたんだろうな」
「おう!バッチシ」
「ほんとサンキュな!」
「…………」
これも凛人と二人でいるための策略。早急にコイツを賢くしなければいけない。
「……全部間違えてる」
「うそーん」
「水曜日までには赤点回避できるようにする」
「ありがとうございます!この恩は一生忘れません!!」
(お前のためではない)
授業が始まっても、俺は教師の声がぼんやりとしか聞こえない。
横をみても、目にとまる白くて美しい存在は居ない。凛人の席ばかり見ていると、日本史担当の金永先生の目に入ってしまう。
「早頭さん」
「…はい?」
「今、私。何について説明しましたか?」
「教科書を見ないでお答えください」
「…そういった行為は、著しく生徒の」
「という旨を説明したかと」
「必要でしたら、その先もご説明しますが」
「…大丈夫よ。ちゃんと聞いてるならよし」
…久々にやってしまった。こういうのをされると、ついつい過剰に応対してしまう。それで、クラスの雰囲気が少し静まるのだ。それでこのあとに誰かが口々に嫌味を言う。
「……うざ」
「…天才アピールってか?」
「…こういう空気、私嫌い」
「……ね」
ボソボソと声が聞こえる。…人を馬鹿にするやつは、一生成長しない。誰かがそう言っていたぞ?
授業が再開する。…俺は懲りず、凛人の席を眺める。
…でも、凛人には直接会いたい気持ちも勿論ある。メールでどの辺りに住んでいるかは教えてくれたから、放課後探しに行こう。
***
昼休み、俺はエネルギーチャージ系の食べ物を摂取しながら、凛人の環境と大まかな場所を頼りに考える。
(凛人は確か、養父と一緒に住んでいて、その養父はかなり成功している企業家と聞いている)
(そういえば凛人が使っていた文具。高価なものだったな)
(あれは確か…この地区の近辺だけで売られていたはず)
(それならかなり金はあるはずだから、割といいとこに住んでいるかも…)
(それでいて、この学校から下校する際の方角)
(門限は20時までと聞いているから)
(あの辺りで、高級そうな住宅かつ、距離的に見て…)
「なに地図なんか見てんのさ?修」
「………びっ、くりした…」
「俺、こんなだけど相手の背中取るの得意だから」
「お前が刀を持ってなくて良かったよ」
足音すら聞こえなかった。時計のかすかな音も、誰が何をしゃべっているかも聞こえるのに。
「で、どっか遊びいくん?」
「いや…そういうわけでは」
「…えっ、それ以外に使う用途ある?」
「道に迷ってるわけでもないのに」
「………地図でも覚えようかと思ってな」
「うお、天才っぽい!」
「あ!それなら今日は地理しようぜ」
「はぁ…放課後は付き合わないぞ」
「え?やっぱなんか用あんのか?」
「そんなところだ」
「ほら、さっさと始めろ」
俺の推理はきっと当たってるはず。入れる保証はないが最善の選択を取ろう。…でも心配だからって家を特定して、向かうのは色々アウトかもしれない。
でも、凛人なら、許してくれるような気がする。
「おい修、ここ教えてくれよ」
「あぁ、10進法か…」
「いやこれ、倫理」
こうして、迎えた放課後。俺は凛人の家(仮)に向かう。確かにこのあたりは結構な富裕層が多いように思う。なんだか場違いな気がして少し身が引き締まる。
歩いて、しばらくすると他の家とは違う雰囲気をまとった、凛人の家(仮)に到着する。
「…白川」
表札にはそう書いてあった。予想はバッチリ的中させたが、インターホンを押せば普通に対応してくれるよな…?
ピンポーン
少し待つと、誰かが応対する。
「はい、ご要件は何でしょうか」女の声だ。まぁ、使用人というやつだろう
「…凛人君の友人で風邪が心配でお見舞いに伺いました」
「承知しました。その前にお名前を伺ってもよろしいですか?」
「…早頭修です」
「……………………………」
「……………………………」
確認しにいったか?この沈黙は。
「凛人さんですが、現在ご体調が優れておらず、早頭様とは」
「風邪を移したくない。とおっしゃり、お会いできない。と申しています」
「…そうですか、ありがとうございます」
そういって、インターホン越しの会話を終える。俺は帰宅するため歩き出す。
「……………」
「………やっぱり、あの声」
「作られてる?」
限りなく、人の声だったがイントネーションの違和感や、名前の確認。絶妙な沈黙の時間。思えば、あの返信のメッセージも少し間がおかしい。
…養父に管理されている。それか、凛人が何かを隠しているか…。
後者はあまり考えたくないが、今までの言動を見ていると嫌でも考えてしまう。この脳みそはなんて愚かなんだ。
「それでも、凛人を知りたい」