20話 題:未来
ずっと退屈で飽き飽きしている人生だった。けれどそれはもう昔の話だ。
あの日、俺達は永遠の約束を交わした。それから長い年月が経って俺達は成長した。
俺は有名な会社に入社して数々の成功を収め続けて、会社のエースそして、エリート社員として呼ばれるまでになった。昔やっていた投資の必要はないほど収入も確保できて凛人を楽々養えるようになってきた。
そんな俺は裏で、火葬場の設営を進めていた。死体を集めるなら最適すぎる案だろう。
完成はもうすぐだから楽しみだ。凛人はきっと可愛く喜んでくれるに違いない。大人になってもあの可愛さも美しさは衰えるどころか年々進化していくのだ。きっと彼は老いても美しいのだろう。
そんな凛人は、薬剤の研究を行なっていた。もっと良質な保存液を作り出そうと日々奮闘しているらしい。勿論、違法な成分なんか使っていない。
そんな苦労する社会人生活を送っている俺達は息抜きに水族館へ行くことにした。実際はそういって色んな場所を巡り歩いていたりする。最早、暗黙のルールのようになっていた。
「よーし。到着」
「ありがとう。修」
「いいーよ」
頭を撫でれば、色の薄い髪が靡いて秋の優しい陽光に当てられる。その様はさざ波を想起させて、音まで聞こえてくる。
本当、退屈って何だったかな?あの時間は一体何だったんだろうか。そんな記憶、凛人みたいに塗りつぶしてしまおうか。
この大きな水族館は禍津原市から随分離れた、海が近い貝浜市に位置していた。
「やっぱり、人多いね」
日曜日だから普通に人は多い。どの年代でも来やすい水族館は溢れんばかりの人だかりだけれど、その人達とは違う世界を俺達は生きている。
俺の目には、歩く人皆、顔だけがないように見える。
誰の目にも留まらなくて、誰にも口出しをされない俺の幻覚は都合良いものだった。
「凛人」
そう名前を呼んで、俺は手を繋ぐ。今ならこんな事を普通に出来るようになっていた。その手は冷たくも温かい。矛盾した体温を俺にくれる。
「はぐれるなよ」
「はぐれたら、死んだも当然」
「そうだな」
長い時間を永遠共にする俺達にとっては、死んでも一緒にいることを約束している。
「順番に見ていこうか」
「うん!あ、でも1回目のイルカショーには間に合うようにしたい」
「11時半か…。問題ないな」
「じゃ、レッツゴ〜」
一番初めに見たのは淡水魚のコーナーだった。たまに川へ行って釣っていた。魚をコレクションにするのは楽しかったものだ。魚の生臭い匂いがよく手について取れなかったなぁ。
「ねぇあれ、コレクションと一緒のやつだ」
「おぉ、フナか。大学生のときに釣ったヤツと一緒」
「あのフナ可愛かったよね」
「元気よくて、逃げられかけたな〜」
「あのときの修のファインプレーは凄かったね」
「網をシュッてやってさ」
「ありがとう」
死を彼は美しい物語に書き換えられてしまう。どれだけ凄惨なものだとしても美しいものに変化するだろう。
一通り淡水魚は見終わって、次は海の生物がメインになってきた。と言っても大概、海の生物しかここにはいないけれど。
水槽の中に詰め込まれた魚は、自由に泳いでいる。この魚は自分達がガラスの中にいることを自覚しているのだろうか。魚の知能指数を考えていると凛人が話しかけていた。
「ここの魚。みんな死んだらどうなるのかな」
水族館の静寂な雰囲気にあっさりと介入してくるその言葉は、慈愛に満ちてこぼれ落ちてしまいそうだ。
「死んだら、凛人のものにでもしようか」
「大胆な作戦すぎるかな〜」
「…そうだな」
水族館特有の照明に照らされた凛人は、余りに美しくて、海に消えてしまいそうで。
気づけば、俺は凛人に抱きついていた。俺よりも華奢で触れたら壊れてしまいそうな彼は俺を受け入れていた。
「疲れたの?」
「…満たそうとしてる」
「いくらでも満たせるでしょ?」
「それって凄く幸せなことだ」
「修は、幸せを大事にしてるよね」
「いつか消えるかもしれないだろ?」
「………僕達の幸せは消えない」
「けど、怖くなったらこうするから」
細くて白い腕が俺の頭を優しく撫でていた。なんで俺は死神に見えていたのだろうか。こんなの最早、神様としか呼べないのに。
そう思っていると、感じないはずの目線を感じた。探しても頭が消えている人ばかりだ。
「そろそろ、イルカショー行こ」
気づけば、撫でていた頭から滑らかに俺の手を握っていた。そのまま絶対に行けない天国へ導かれている気分だった。
会場に着いて、空いている席に座る。人が多いはずなのにここには俺達とイルカしかいなかった。イルカショーが始まって、イルカが色んな芸を魅せる。
盛り上がるはずの会場は、凛人の呼吸の音と、布の擦れる音と、イルカが波にぶつかる音しか聞こえなかった。
「すごいね。修」
「あぁ。飛ぶときの軌道が美しい、それにくちばしから尾びれまでが洗練されている」
「修っぽい感想」
「凛人には勝てないけどな」
はにかんだ笑顔は、俺の目線を釘付けにする。どんなに美しい形の魚でも、色鮮やかな魚でも、凛人の前では等しく普通に変わる。
イルカショーが終わって、俺達はまた魚を鑑賞しに向かっていく。深海生物がメインのところに訪れると、変わった見た目の生物ばかりで溢れていた。
けれど、それだけじゃ俺の退屈は壊せなかっただろう。凛人は俺にとっての救世主だ。
「ありがとう」
「……どういたしまして?」
つい出てきた感謝の言葉をいとも簡単に拾ってくれる。そんな彼から俺は離れたくない。
ふと、重い靴の音がした。凛人の軽い靴の音でも、スニーカーを履いた俺の足音でもない。
後ろを振り返っても誰もいない。薄暗い照明に照らされた道しか無かった。
「修……お腹すいた?」
「えっ?」
「お腹すいてると、いっつもぼーっとしちゃうから」
「いや、大丈夫。ご飯はもうちょっと見てから食べようか」
「うん。分かった」
そうしてしばらく見てから、ご飯を食べに行った。凛人はもう当たり前にご飯を食べるようになっていて、外食を拒んでいた昔とは全く違っていて、生き生きしているような気がした。生き生きしているという言葉は彼には合わない気がするけれど。
ご飯を食べたあと、俺達はまた鑑賞に戻った。練り歩きながらコレクションにある魚を探してみたり、凛人の美しさに打ちひしがれていたら、もう夕焼けが訪れていた。
「もう一日終わっちゃうんだ」
お土産を選びながら、凛人はそう呟いた。お土産を選んでいる姿は究極に美しかった。
「また行こうか。凛人」
「当然!」
その笑顔は、昔より屈強になった俺の理性をズタズタに切り裂いていく。
「あっ……」
「これ」
凛人が手に取ったのは大きめのお菓子缶だった。可愛くプリントされた魚が印象に残りやすい。
「それか?」
「うん」
何かを思う顔をして、それを選んだ。俺はシロイルカのキーホルダーを凛人にプレゼントしたけど、凛人も同じようにシロイルカのキーホルダーをプレゼントしてくれた。
はたから見れば、仲が良い関係にしか見えないと思う。誰も死体を集めてるなんて気づかない。目も口もない人達には。
「よし。帰るか」
「うん」
水族館を後にして、停車した車に向かう。本当海が近いと風がより涼しいものだ。
運転席に俺。助手席に凛人。いつもの座る位置に付くと凛人が話しかけてきた。
「修。こっち見て」
言われた通り振り向くと、俺の唇に血が滲んだ紅い色が付いていた。遅れて柔らかい感触が訪れたのを認識した。
「もうひと踏ん張り。ってこと」
退屈は崩れたはずなのに、別の何かが崩れた音がした。
今から火葬場設営を終わらせてと言われても出来る気がした俺は、車を安全に発進させる。
「…めっちゃ頑張れそう」
「良かった」
音楽もかけない、車の進む音が大きく聞こえる車内は二人きりというシチュエーションを引き立ててくれた。
走っていると、ふと感じたあの目線と重い靴の音を思い出した。けれど答えが出るのは一瞬だった。本当、どこまでしつこいんだか。
窓を開けて、涼しい秋の風に昔を飛ばした。それはきっと夕日に吸い込まれていく。
「大好きだよ。凛人」
「……僕も大好きだよ。修」
愛の言葉も躊躇いなく口に出せるようになった俺は今を噛み締めた。
迷いなんて消えた。
俺達は、未来へ進んでいく。
ずっと退屈で飽き飽きしている人生だった。けれどそれはもう昔の話だ。
あの日、俺達は永遠の約束を交わした。それから長い年月が経って俺達は成長した。
俺は有名な会社に入社して数々の成功を収め続けて、会社のエースそして、エリート社員として呼ばれるまでになった。昔やっていた投資の必要はないほど収入も確保できて凛人を楽々養えるようになってきた。
そんな俺は裏で、火葬場の設営を進めていた。死体を集めるなら最適すぎる案だろう。
完成はもうすぐだから楽しみだ。凛人はきっと可愛く喜んでくれるに違いない。大人になってもあの可愛さも美しさは衰えるどころか年々進化していくのだ。きっと彼は老いても美しいのだろう。
そんな凛人は、薬剤の研究を行なっていた。もっと良質な保存液を作り出そうと日々奮闘しているらしい。勿論、違法な成分なんか使っていない。
そんな苦労する社会人生活を送っている俺達は息抜きに水族館へ行くことにした。実際はそういって色んな場所を巡り歩いていたりする。最早、暗黙のルールのようになっていた。
「よーし。到着」
「ありがとう。修」
「いいーよ」
頭を撫でれば、色の薄い髪が靡いて秋の優しい陽光に当てられる。その様はさざ波を想起させて、音まで聞こえてくる。
本当、退屈って何だったかな?あの時間は一体何だったんだろうか。そんな記憶、凛人みたいに塗りつぶしてしまおうか。
この大きな水族館は禍津原市から随分離れた、海が近い貝浜市に位置していた。
「やっぱり、人多いね」
日曜日だから普通に人は多い。どの年代でも来やすい水族館は溢れんばかりの人だかりだけれど、その人達とは違う世界を俺達は生きている。
俺の目には、歩く人皆、顔だけがないように見える。
誰の目にも留まらなくて、誰にも口出しをされない俺の幻覚は都合良いものだった。
「凛人」
そう名前を呼んで、俺は手を繋ぐ。今ならこんな事を普通に出来るようになっていた。その手は冷たくも温かい。矛盾した体温を俺にくれる。
「はぐれるなよ」
「はぐれたら、死んだも当然」
「そうだな」
長い時間を永遠共にする俺達にとっては、死んでも一緒にいることを約束している。
「順番に見ていこうか」
「うん!あ、でも1回目のイルカショーには間に合うようにしたい」
「11時半か…。問題ないな」
「じゃ、レッツゴ〜」
一番初めに見たのは淡水魚のコーナーだった。たまに川へ行って釣っていた。魚をコレクションにするのは楽しかったものだ。魚の生臭い匂いがよく手について取れなかったなぁ。
「ねぇあれ、コレクションと一緒のやつだ」
「おぉ、フナか。大学生のときに釣ったヤツと一緒」
「あのフナ可愛かったよね」
「元気よくて、逃げられかけたな〜」
「あのときの修のファインプレーは凄かったね」
「網をシュッてやってさ」
「ありがとう」
死を彼は美しい物語に書き換えられてしまう。どれだけ凄惨なものだとしても美しいものに変化するだろう。
一通り淡水魚は見終わって、次は海の生物がメインになってきた。と言っても大概、海の生物しかここにはいないけれど。
水槽の中に詰め込まれた魚は、自由に泳いでいる。この魚は自分達がガラスの中にいることを自覚しているのだろうか。魚の知能指数を考えていると凛人が話しかけていた。
「ここの魚。みんな死んだらどうなるのかな」
水族館の静寂な雰囲気にあっさりと介入してくるその言葉は、慈愛に満ちてこぼれ落ちてしまいそうだ。
「死んだら、凛人のものにでもしようか」
「大胆な作戦すぎるかな〜」
「…そうだな」
水族館特有の照明に照らされた凛人は、余りに美しくて、海に消えてしまいそうで。
気づけば、俺は凛人に抱きついていた。俺よりも華奢で触れたら壊れてしまいそうな彼は俺を受け入れていた。
「疲れたの?」
「…満たそうとしてる」
「いくらでも満たせるでしょ?」
「それって凄く幸せなことだ」
「修は、幸せを大事にしてるよね」
「いつか消えるかもしれないだろ?」
「………僕達の幸せは消えない」
「けど、怖くなったらこうするから」
細くて白い腕が俺の頭を優しく撫でていた。なんで俺は死神に見えていたのだろうか。こんなの最早、神様としか呼べないのに。
そう思っていると、感じないはずの目線を感じた。探しても頭が消えている人ばかりだ。
「そろそろ、イルカショー行こ」
気づけば、撫でていた頭から滑らかに俺の手を握っていた。そのまま絶対に行けない天国へ導かれている気分だった。
会場に着いて、空いている席に座る。人が多いはずなのにここには俺達とイルカしかいなかった。イルカショーが始まって、イルカが色んな芸を魅せる。
盛り上がるはずの会場は、凛人の呼吸の音と、布の擦れる音と、イルカが波にぶつかる音しか聞こえなかった。
「すごいね。修」
「あぁ。飛ぶときの軌道が美しい、それにくちばしから尾びれまでが洗練されている」
「修っぽい感想」
「凛人には勝てないけどな」
はにかんだ笑顔は、俺の目線を釘付けにする。どんなに美しい形の魚でも、色鮮やかな魚でも、凛人の前では等しく普通に変わる。
イルカショーが終わって、俺達はまた魚を鑑賞しに向かっていく。深海生物がメインのところに訪れると、変わった見た目の生物ばかりで溢れていた。
けれど、それだけじゃ俺の退屈は壊せなかっただろう。凛人は俺にとっての救世主だ。
「ありがとう」
「……どういたしまして?」
つい出てきた感謝の言葉をいとも簡単に拾ってくれる。そんな彼から俺は離れたくない。
ふと、重い靴の音がした。凛人の軽い靴の音でも、スニーカーを履いた俺の足音でもない。
後ろを振り返っても誰もいない。薄暗い照明に照らされた道しか無かった。
「修……お腹すいた?」
「えっ?」
「お腹すいてると、いっつもぼーっとしちゃうから」
「いや、大丈夫。ご飯はもうちょっと見てから食べようか」
「うん。分かった」
そうしてしばらく見てから、ご飯を食べに行った。凛人はもう当たり前にご飯を食べるようになっていて、外食を拒んでいた昔とは全く違っていて、生き生きしているような気がした。生き生きしているという言葉は彼には合わない気がするけれど。
ご飯を食べたあと、俺達はまた鑑賞に戻った。練り歩きながらコレクションにある魚を探してみたり、凛人の美しさに打ちひしがれていたら、もう夕焼けが訪れていた。
「もう一日終わっちゃうんだ」
お土産を選びながら、凛人はそう呟いた。お土産を選んでいる姿は究極に美しかった。
「また行こうか。凛人」
「当然!」
その笑顔は、昔より屈強になった俺の理性をズタズタに切り裂いていく。
「あっ……」
「これ」
凛人が手に取ったのは大きめのお菓子缶だった。可愛くプリントされた魚が印象に残りやすい。
「それか?」
「うん」
何かを思う顔をして、それを選んだ。俺はシロイルカのキーホルダーを凛人にプレゼントしたけど、凛人も同じようにシロイルカのキーホルダーをプレゼントしてくれた。
はたから見れば、仲が良い関係にしか見えないと思う。誰も死体を集めてるなんて気づかない。目も口もない人達には。
「よし。帰るか」
「うん」
水族館を後にして、停車した車に向かう。本当海が近いと風がより涼しいものだ。
運転席に俺。助手席に凛人。いつもの座る位置に付くと凛人が話しかけてきた。
「修。こっち見て」
言われた通り振り向くと、俺の唇に血が滲んだ紅い色が付いていた。遅れて柔らかい感触が訪れたのを認識した。
「もうひと踏ん張り。ってこと」
退屈は崩れたはずなのに、別の何かが崩れた音がした。
今から火葬場設営を終わらせてと言われても出来る気がした俺は、車を安全に発進させる。
「…めっちゃ頑張れそう」
「良かった」
音楽もかけない、車の進む音が大きく聞こえる車内は二人きりというシチュエーションを引き立ててくれた。
走っていると、ふと感じたあの目線と重い靴の音を思い出した。けれど答えが出るのは一瞬だった。本当、どこまでしつこいんだか。
窓を開けて、涼しい秋の風に昔を飛ばした。それはきっと夕日に吸い込まれていく。
「大好きだよ。凛人」
「……僕も大好きだよ。修」
愛の言葉も躊躇いなく口に出せるようになった俺は今を噛み締めた。
迷いなんて消えた。
俺達は、未来へ進んでいく。
