白い君、紅い唇

16話 題:急襲                   
この人はいつから見ていたというのだろう。全く気づけなかったし、修ですら気づいていなかったと思う。目の前の人は修にちょっかいかけていたあの姿なんて、まるで嘘のように異なっていた。
「…何のこと?」
「いやいやとぼけるのはもう無理だろ?」
「もう俺、証拠も持ってるしな」
ケタケタと壊れた人形のように笑っている彼は、そんなことを言った。
「……なんで僕に教えるの?」
「ははっ。そうだなぁ…」
「最初は、警察行こって思った」
「でも、それじゃ修が捕まっちまうじゃねぇか」
「修は被害者だしさ、牢獄行きはぜってぇ駄目だろ?」
「ならさ、お前を脅せばいいんだって考えたんだよ」
「…脅す?そんな全部僕に言っていいの?」
「言っていい。今リアルタイムでお前を脅してるんだからな」
修ならどうやって対応するかな。知的で、冷徹に人間関係を切り離せる姿を思い出していると、この人はとても弱い存在だと認識できる。
「……違うよ」
「何がだよ?また、何のこと?ってとぼけんのか?」
「修は望んで僕の側にいてくれてるの」
「…は。そうやって修を洗脳してんだろ?」
「ほんと、頭イカれてんな」
空は知らずに真っ暗になって、地面がに丸い濡れた跡がつき始める。ポツポツという軽い音からザーザーという音に切り替わっていく。新島っていう名字の人と話しているといつも雨が降ってくる。
「信じられないなら、僕の屋敷に来て」
「今日は僕のコレクションの整理してるから」
「余裕だな。自分から証拠見せるんだ?」
この人はきっと修に執着してるから、修には悪いけれどこの人にトドメを刺すなら修が一番効果があるはず。面倒事を押し付けているように思ってしまうけれど、きっと修なら快く引き受けてくれる。
だって修は、僕の事が大好きみたいだから。
二人並びで真っ黒な道を雨に打たれながら歩く異様な光景を修が見たら一体どう思うのだろうか。
暫く無言で重い空気を歩いていると、今では安息の場所と変わった白い屋敷が見えた。
玄関を開けると、修が玄関前に居た。傘を持ってちょうど出ようとしていた様子だ。
修を見て安心した。修はどんな気持ちで待ってたのかな。
***
長い時間凛人が帰ってこない。そんな状況にどんどん焦燥感がとめどなく溢れる。屋敷に凛人が居ないと、ここはただの殻だ。
あんなに晴れていたのに雨が突然降ってきた。凛人には連絡をしたが返信がこなかったから傘を持って凛人を探しに行く。という昔の俺だったら非効率だと考えることも今なら無策に実行してしまう。
出るちょうどのタイミングで玄関が開き、凛人を認識した後隣の黒い影に気づく。
「…お前」
そこにいたのは新島斗真だった。今の表情も雰囲気も新島大斗とどことなく似てしまっているところをこの男が知ればどう思うだろうか。
「久しぶりだな。修」
「もう関わるなって言わなかったか?」
「そうだっけ?まいいや」
まいいや。で片付けられないエピソードのはずなのに、この男は記憶でも弄くり回されたか?
「お前を助けに来たんだよ」
「だから、お前の助けなんかいらないって」
「洗脳されてんだな。大丈夫、俺と一緒に行こう」
「証拠映像もあるし、修が映ってる所は渡さないから安心して」
「地獄に行くのは、こいつだけで十分だからさ」
「…修にはかっこいいとこ見せたくてさ。いつもポンコツだったし」
雨に打たれて濡れているのか、涙を流しているのかわからないその目は、凛人の白すらも飲み込んでしまいそうな程、黒かった。
この男は今、何が何でも俺達二人の世界を完膚なきまでに叩き潰そうと試みている。
それが、どれだけ自身と釣り合っていないかをこいつは理解していない。
「……ここに、お前の父親がきたよ」
「…は?」
思考が硬直している様子の新島斗真は、突然怯えた顔に変化した。
「お前の事、探してるってよ」
「父親に会っていたらどうだ?」
「嫌だ!!!!!!」
息を荒くして、震えながら地面にへたり込む。余程恐れているのが分かるそんな声の大きさで、はっきりと拒絶反応を示した。
「ていうか、警察にいけば自ら帰ってきましたって主張してるようなもんだぞ?」
「そんなとこに行けるのか?」
「はぁ…はっ、行きたくない…!」
「もう…殴られたくない!!!!」
やっぱり新島大斗は暴力を行なっていた。なら、俺は新島大斗に嘘ついたことにはならないな。
「なら、大人しく引っ込んどけ。お前に脅しは向いてねぇよ」
「それでも!!」
「…お前をこっから引き離す!!!」
「お前はこんなとこに居るべきじゃねぇんだよ!!!!」
ひたすら叫んで、流れた雫はきっとこの男の涙だ。精々、この男の涙一粒でこの世界は崩れないというのに。
「……あの。もう辞めませんか?」
そう声をかけた凛人の声は慈悲深い声色だった。凛人が手を差し伸べてボロボロで壊れ果てた存在を解放しようとする様は天使を超えて、神にすら見えてしまう。
「……はぁ?」
「それもこれも全部」
「てめぇのせいだろ?」
殺す目つきで、凛人を見る。その目つきを向けたのは2人目だったか。
「お願いです。もう関わらないでください」
「僕たちと貴方の為に」
「どうか」
しかしその言葉は、純粋にただ排除したいという思いしか無かった。残酷で美しい。この言葉がよく似合う凛人と離れる理由は一切ない。
「…だってさ。俺は、お前とこれ以上喧嘩したくねぇよ」
「だからさ。ここは大人しく引いとけ」
「…………なんで、修はそいつの味方ばっかすんだよ」
穏やかな声色で話したお陰か、新島斗真は少し落ち着きを取り戻したようだ。
「俺は凛人と生きたい。ずっと退屈してて、それを凛人は壊してくれた」
「そんな存在、みすみす見逃せないだろ?」
「もう俺達に執着しないでいい」
「お前はもう自由になれただろ?」
俺が選ぶ言葉は、二度と立ち上がらせないように鋭利な棘を刺すものだろう。
新島斗真は俯いたままひたすら涙を流していた。その涙は新島斗真を映す事なく真っ黒の影に吸い込まれていった。
「………っ。諦めらんねぇよ………」
「だって…俺………」
「お前と居たら、ずっと楽しかった」
「……勉強教えてもらってさ…」
「馬鹿な俺に、嫌々構ってくれた」
「………俺さ、一回も誰かに褒められたことないんだ……」
「でも勉強会のとき、お前覚えてないかもだけど」
「褒めてくれたんだ…」
「お前の動機と俺の動機はそんな変わんねぇよ」
幸せを知りながらも、それに縋れないこの男は愚かだ。新島斗真は俺と凛人の世界からは断絶されるべき存在だ。
動機はそんなに変わらない?お前と俺は全く違う。
「もう、誰も何もできない」
「いい加減諦めろ」
「それが、お前にできる俺が一番嬉しいことだ」
湧き出ていたはずの涙を流すことなく、突然として新島斗真は黙り始めた。さっさと、諦めてはくれないだろうか。
「……………はぁ」
ため息を吐いて、俺に顔を向けるとその顔は見たことないほどの憎悪が溢れていた。俺がまだ見たこともない闇の顔。
「分かったよ」
涙の跡がついた憎悪の顔からは想像できない程の軽い声色だった。
「じゃあ、お前らを一生監視してやる」
「は?」
「それじゃ意味ないだろ。お前は自由になったんだろ?」
「馬鹿な俺は気づいたよ。皮肉にもさ、監視してたあん時が一番楽しかったんだよ」
「なら、お前らをずっと監視していれば…」
「楽しい記憶が褪せることはないだろ?」
「………それが幸せなの?」
凛人も驚きの声色で話しかけた。この男はどこまでも俺達に執着するつもりらしい。
「そうかもな」
「俺はお前らの前には現れない」
「でも、一線を越えれば俺はお前らを殺す」
「現れるのはそんときだけだ」
そう言い残して、雨が降る黒の中へ走り去っていった。呪いを背負った背中を見ても俺は一切の情が湧くことはなかった。あの男の黒さと夜の雨の黒さが混ざれば、どんな色でも飲み込まれてしまう。そんな存在から凛人を守り抜けた俺は、一生の誇りになるだろう。
「殺すって、あの人出来るのかな」
「あの雰囲気じゃあ、ほんとにやるかもしれないな」
「そのときは一緒に死ねるのかな」
「だと、いいな」
抱き合うと凛人のずぶ濡れだった服はいつの間にか乾いていた。冷えてずぶ濡れたあの男とは全く逆で心地よいほどの暖かさだった。昔は驚く程冷たかったのに。
「髪濡れてない?タオル持ってこよっか」
「ううん。もう乾いたから大丈夫」
「…そっ、か」
疲弊した体はそのまま倒れて眠りについてしまう。
「…修。……寝ちゃった」
「おやすみ」
俺はきっと凛人を胸に抱いて寝た。朝焼けが来ればそれはきっと確実なものになる。
***
真っ白な空間で、大量の血が溢れた人間の屍の上に座っている凛人の姿が見えた。
「凛人!」
話しかけても、返事はない。こっちも見ない。
「なぁ、凛人!」
手を伸ばしても、凛人には届かなかった。なんで届かないのだろうか、俺の脳はなんで回らないんだろう。
屍を登ろうとしても途中で落ちて、何回やっても落ちてしまう。
俺はまだ、凛人と同じ所に居ないの?俺はまだ普通なのかな…?
あぁ、そっか。まだ、君に想いを言ってない。言ったら、君に届くよね。
幸せに縋れない奴は愚かだ。
***
「………凛人……」
途中で目が覚めて、膝枕をしていたら修がずっと寝言を言っていた。涙を零しながら。
「お疲れ様。修」
髪をサラサラと撫でた。修の髪は言い表せないけど、触り心地が良くて落ち着く。
「僕はずっと居るよ」
「だから安心して。眠ってて」
おでこに頭をコツンとぶつけた。修の脳は柔らかいのに、頭は硬かった。
「……キスは、まだ取っとく」
修といつか、愛し合えるまで。