白い君、紅い唇

13話 題:嘯き                 
あの屋敷はまだ何か隠している。あの2人もまだ重要な事を隠している。刑事を始めてざっと35年が経った俺の刑事の勘が叫んでいる。
白川聡一郎の隔離されたガラス越しの取り調べを続けていると、虚ろながらある話を始める。
「……、りん、人…」
「……あいつ、は」
「…しろ、い…あく、あくまで」
「………俺を、り、ようして」
「し、たいを…集めて」
「利用、されて」
「利用されて」
「利用された?俺が?利用された?」
「……お願いします…」
「あのクソガキを殺してください!!!!」
「お願いします…!お願いします…!」
頭や顔をひっかき回して涙や鼻水をまき散らして錯乱しかけているところを俺はとめる。この程度の錯乱にはもう慣れた。後ろの新人警察官はちょっとビビっているだろうか。
「白川凛人くんは死体収集というんですね」
「あのガキも、早頭修も…!!!」
「その二人は共に死体収集を行なっていたというのか?」
「そうだ。そんな奴は早く殺すべきだ!」
「俺は全部なすりつけられた、全部全部全部!!!」
「ああああ!!!!」
頭を隔てられたガラスにガンガンぶつけ始める。相当な異常ぶりだ、こんなのは久方ぶりに見た。取り調べもままならないということで中止となった。
「医薬品の違法生成は白川聡一郎だろうが…」
「死体収集はなすりつけか…」
「…また聞きに行くか…」
俺の勘はきっと当たるはずだ。嘘は必ず暴き出して白日のもとに晒すのが俺の仕事だ。
***
凛人が居て当たり前の日常生活を送っている。これは相当な幸せだということを忘れてはいけない。美しく穢れなき白色の君はもしかしたら隣にいなかったかもしれない。そんな未来を考えれば、この生活が大事なことはしみじみ感じることができる。
「修。ぼーっとしてるね」
朝食を食べる時に向かいに座る母親が話しかけてきていた。
「え、あ。まだ寝ぼけてるだけだよ」
「…そう。あんまり夜更かしは駄目よ」
前と比べると、よりくすみが増して目の下のクマも色濃くなっている気がする。こうなったのはあの美容液をやめてからだ。前の美しさを忘れられないのだろう、今の老いた見た目の自分にストレスが溜まっているように見える。
うちの母親のいいところは、ストレスを俺に向けないことだ。イライラしている素振りを余り見せない。父親から逃げてきた母親は、愛を忘れないようにしているのだろう。
いつか、その愛を受け取る日は来なくなる。それがきっと残酷でも成長の一歩なのだ。
「ご飯、美味しいよ」
「…どうしたの急に…」
「美味しいなって思ったから」
「じゃ、遅刻しちゃうからもう行くね」
「……いってらっしゃい」
いつもより少し掠れた声が俺の背中を押した。
朝日が照らす、冬だけれど温かい道の中で、日傘を差す凛人の姿が見えた。日傘の影に居る凛人は影が差すことで美しい白が逆に際立っている。
そして紅い唇も、また白を相変わらず引き立たせているけれど、少し違う。色が鮮やかなものから、微かに鮮やかさが損なわれている。あの特有の色は売られている口紅じゃ再現は出来ない。唇の事はいつ知れるのかな。
「おはよう、修」
「おはよう凛人。待っててくれたのか?」
「うん。待ってた」
「行こ!」
朝日と同じ温かい笑顔を見せつけられて、脳ではなく心臓が眩しいと悲鳴をあげるバグが発生した。
こうやって横並びで歩いているのも、また当たり前に出来ない幸せだろう。まるで二人きりのランウェイを歩いているような気分だ。観客がいない自己満のランウェイを。
*** 
お昼休みには、中庭で日陰が生まれる場所で共に昼食をとるようになった。凛人のお弁当は勿論俺が作り置きしておいたものだ。放課後の帰りに毎度作っていて、美味しく平らげてくれるから嬉しい気持ちになる。母親はこういった気持ちを味わっているのか。
「あっ!ザクロだ」
「おう、買い足しといた」
凛人はデザートにザクロを出すと特に喜ぶ。相変わらず可愛らしくて魅了されてしまう。
「おいしい〜」
ザクロを口いっぱいに頬張る凛人を見ていると写真を撮りたくなる。…不意打ちで撮ればいけるか?こっそりスマホを構え、カメラアプリを開く。
「凛人」
「ん?」
シャッター音が鳴り、俺の声に振り返った凛人の可愛い姿を激写する。
「…撮りたいなら言えばいいのに」
「じゃあもっと撮っていい?」
「どーぞ〜」
軽快なシャッター音を連続で響かせて、満足いくまで俺は写真を撮った。満足いく前に写真フォルダがパンパンになってしまったが。
「はぁ〜幸せ〜」
「僕も幸せ〜」
この幸せの楽園にまだもう少し存在していたい。陽が当たらないもう一つの、この場所に…。
「…昼休みもう終わるな」
「この時間が終わっても」
「僕たちは終わらないから、大丈夫」
「そうだな」
此処は絶対に崩させない、守ってみせる。どんな手を使っても…。
俺は、命すら惜しまない。
***
陽が沈み始め、2つの世界を橙色に染めようとする。俺は橙に染まったとしても凛人は一切の白を失わなかった。
今日の放課後も相変わらず凛人の家に入り浸っていた。いずれここにいる時間のほうが多くなることを考えると、気持ちが高揚する。凛人も同じ気持ちだったら嬉しいのに。
俺の脳をもってしても、彼の本当の内側をまだ見抜くことが出来ない。
そこを知ればきっと俺は、君に全てを尽くすはずだ。
「ご飯、食べないの?」
「…ああ、考え事してた。食べるよ」
「修の手づくりはずっと美味しい」
「食べてるとね、変わってるけど、変わらない気持ちになるんだ」
「なんだか不思議じゃない?」
「そりゃ、不思議だな」
向かいに座った彼は、俺が作った辛口のカレーライスを口に頬張る。カレーと白の相性は悪いけれど、それでもカレーで彼が汚れるなんてことはない。彼はあの頃よりもさらに、綺麗で同じ白色なんてない彼だけの白色に変化していた。
白に魅了されていると、またインターホンの音が屋敷に響いて吸い込まれた。
「…もしや」
「また、あの刑事さんかな?」
「そうかも」
「…大丈夫。死体収集のことを言わなきゃいいだけ」
「もう、負けないから」
触れたら壊れてしまいそうな小さい肩に触れて、門扉へと向かう。
そこにいたのは予想通り、新島大斗だった。殆ど前とは変わらない衣装にまた苦味を増したコーヒーとタバコの匂い。
「禍津原署捜査一課。刑事の新島大斗です」
「すいませんね。また押しかけて」
「また、事件の話ですか?」
「一つ確認したいことができてね」
「お邪魔してお話しても構わないかい?」
「…どうぞ」
「失礼します」
また、換気しないといけない。この古臭い匂いはこの屋敷には不必要で、邪魔だ。
凛人の顔を見ると、凛人は軽く頷いて会釈した。
「先日ぶりですね」
「ごめんね、何回も押しかけちゃって」
椅子に足を大きく開いて座る。座られると椅子を捨てなければいけないから辞めて欲しい。
「本題の前に一つだけいいかな」
「前、言っていた遊園地のことなんだけど」
「昔も今も、営業時間は変わっていないみたいだよ?」
少し苦い顔とため息を刑事に見せる。こんな嘘がバレることくらいは想定済みだ。
「あぁ…バレましたか…」
「そうですよ、遊園地は嘘です」
凛人の顔が少し驚いた顔をするが、瞬時に白で塗りつぶした。
「何で嘘、ついてたのかな?」
「あの日、養父と凛人が喧嘩してしまったみたいで」
「凛人の事が心配になって、こっそり早朝に二人で静かに過ごそうと思ったんです」
「誰もいない所で…」
「そんなこと正直にいうの……ちょっと、恥ずかしくて…」
「高校生の男二人がそんなことしてたっていうのは…」
照れくさそうな表情を全面に出して、新島大斗を嘯く。嘘をついているけれど、喧嘩はほぼ事実みたいなものだろう。
「…あぁ、そうなんだ」
「あぁ、写真も有りますよ」
そういってスマホの別の写真フォルダを開いて、朝日の中。水を飲んでいる凛人と俺のツーショット写真を見せる。偽装でもない、本当の思い出。
「…………いい笑顔」
「…信じられないなら、レシートでも見せましょうか?」
「保管するタイプなのかな?」
「はい」
鞄の中から財布を取り出し、入れっぱなしのコンビニでもらったレシートを見せる。
「……こんな時代に君みたいなマメな若者がいるんだな」
凛人を一瞬見た新島大斗は、白い肌に目立つ赤らめた頬をその目で見ていた。凛人のあの顔は即興の演技ではない。俺に時折見せたあの、本当の照れた顔だ。
「…プライベートな事を聞いたね、すまなかった」
「いえ、大丈夫です」
「なら、本題にはいらせてもらうね」
「白川聡一郎さんが」
「死体収集をなすりつけられたって」
「言っていたんだけど」
「君は、本当に死体収集に関わっていないのかな?」
「関わっていません」
一寸の迷いもなく、冷徹に自身の最高の趣味を突き放すようにそう言い放った。
「…………これはまだ、公表されてないんだけどね」
「地下のさらに奥にあった人の死体」
「血清を施されていたのだけど、それはなんでかな?」
瞳の動きを我慢する。この男は徹底して俺達を陥れようとしている。楽園に異分子を介入させようとしている。
血清されていることは始めて知った。何故血清をしているのか、凛人にとっては生きた人間の血は穢れているから、血清をすることで…生きた人間の血と決別しているのか?
この唇、血が滲んでいるみたい。血のことを考えているとそんなセリフを思い出した。君の唇の鮮やかさは一体どうして失われているんだ?
俺が知らない所、俺は全部知りたいよ。
俺は狙いを研ぎ澄ました目線を送られていることに気付き、冷静に脳を回転させる。顔にに表示しないように。
…いやそもそも、そんなこと言う必要があるのか。そんな情報、犯人の息子に言わないはず。
この男もまた嘯いている。
「…分かりません」
「……修君は何か知ってるかな?」
「血清…って」
「化学の授業とかでも聞いたことはありますけど」
「それがなんで、地下にあったんですかね…」
「聡一郎さん、一体何をしていたんですかね…?」
「……変な不安をかけたね、すまない」
知らないを突き通せばいいだけだ。絶対にこの生活を終わらせはしない。
「今日は一旦帰らせてもらうよ」
立ち去る時も、屋敷の隅々を舐め回すように見て嘘を暴き出そうとしていた。庭も全方位の異変を見逃さないように見回していた。
完全に新島大斗がいなくなったのを見て、窓をフルオープンにして、肺に残ったあの苦い匂いを目一杯吐き出した。
「…また、来るかもしれない」
「うん。そんな気がするなぁ」
「なぁ、凛人」
「なーに?」
「血清の話って本当?」
凛人は少し迷った様子を見せる。目線を少し動かした後、紅い唇が動き始めた。