白い君、紅い唇

12話 題:創世                  
表示された動画には、目の前の男と足元に縋る見覚えのない女性がいた。
「それは……」
養父の顔が一瞬にして青ざめる。これは決定的なものだと考えるまでもないだろう。
凛人は動画を再生した。養父を崖に突き落とすかのように、トンっと再生ボタンを押したように見えた。
「駄目よ!そんなことしちゃ!」
「黙れ!!俺は俺のやり方でやる!!」 
「邪魔するな!!」
「……っ!」
突き飛ばされ、女性がこの屋敷の冷たい床に体を打つ。
「正気に戻って!聡一郎さん!」
「口を出すな!お前は理解できないだろうな!」
「もとはお前のせいだろう!?」
「不妊の女を娶ってしまった俺は本当に馬鹿だった!」
「だから不妊薬を作ってやったというのに!」
「俺は家族を作りたかったんだよ!」
「いいじゃないもう!凛人もいるじゃない!」
「凛人だけじゃ駄目なんだよ…」
「もうそろそろ妹が欲しくなる頃だもんなぁ」
「なら、妹を連れてきたらいいじゃない!」
「孤児院の子供ばっかりじゃ意味ないんだよ!!」
「…最低!いつから頭おかしくなったのよ!!」
「黙れ!!!!!!!!」
机の上にあった分厚い本を女性の頭に振りかぶる。鈍い音が響いて女性は倒れた。
大量出血をして、撮影している人の足元まで血が流れる。白い手が血を触ろうとした所で動画は止まった。
「はぁっ…はっ、はっ、は…」
頭を抱え、ふらふらと貧血状態のように歩いている。あれだけ上からの圧を感じたこの男の今は血に怯えた、ただの老人にしか見えない。そういえば動画で流れていた部屋はこの書斎部屋だった。今はカーペットが敷かれているから分からないが、もしかしたらこの下に血痕が残っているかもしれない。
凛人の顔を見ると、あの映画のときに見せた顔よりも、はっきりと分かるほどうっとり、見惚れている微笑みを浮かべていた。こんな状況でも凛人の死体愛好は揺れ動かない。
「なん、で…それを………」
「凛人………!」
「撮ったのは僕」
「ちっちゃい頃、騒がしいから見に来たら」
「養母さんと喧嘩してたから、なんとなく動画にしてたら」
「殺し始めた」
そう語る顔は、より一層うっとりした微笑みを浮かべた。こんな情報を持っていたなんて知らなかった。殺人を犯したと知られれば流石に言い逃れは難しいだろう。
「なぁ…凛人…?」
こちらも一層老いた、養父があの映像の養母のように縋りつこうとしたが、凛人は一歩後ろに下がる。
「その事、黙っててくれるよな…?」
不気味な笑顔を浮かべて、懇願している。
「お父さん。困るし、凛人も困るだろ?」
「困らない」
「ええ、っ…」
「修がね、養父さんよりもっといい保存方法知ってるって」
「僕は綺麗に保存できるならそっちがいい」
歯ぎしりをしながら俺の事を、殺す勢いの目つきで睨みつける。そんなこと気にしないレベルで凛人が俺についてくれたのが嬉しかった。
「もうね…」
「養父さんはいらない」
「これからは修と一緒にいるもん」
嬉しい宣告と、残酷な宣告。こんな現象に会えるなんて、やはり俺の人生には凛人が必要不可欠だ。白と紅をくれた君が。
「…………ざけるな」
「ふざけるな、凛人!!!!!!」
「ここまで協力してやった恩を忘れたか!!!」
「今なら、まだ許すぞ。戻ってこい凛人」
「うーん……」
「忘れた!」
余りにも満面の笑みで、聞いたことない可愛らしい声でそう伝えた。
「今はもう修しか考えてないもん」
「ばいばい」
そういって俺の手を引き、書斎部屋を去る。きっと養父は絶望のパンチを食らって一発KOしているのだろう。幸せに満ち楽観的になった頭でそんなことを考えた。
玄関を開けると、穏やかな朝日、スカイブルーの空、木々のさざめき、鳥の高い声。全てが俺達の新しい道を応援してくれている。
「これからどうしよっか修」
「まあ…一旦警察に通報で」
「そうだね」
「そっからは…まあこの屋敷で死体収集してくか」
「うん!それがいいな」
「……凛人」
「なーに?」
「ん…」
俺は両手の平を凛人に向ける。ハイタッチを求め、凛人は察したかのように冷たい手を衝突させてくれた。
互い、見合って笑う。この瞬間はいくら、記憶を操作されようが一生涯忘れないだろう。
「勝負に勝った後は、水が飲みたくなる」
「コンビニ寄っていいか?」
「うん。分かった」
「…凛人も飲むか?」
「……うん。僕のも買って!」
「しょうがないな」 
この幸せな瞬間を噛み締めながらコンビニで水を買った後一旦、朝から出て心配しているであろう母親のもとに帰宅することにした。
「ただいま」
「ちょっと修!もう〜」
母親はなにかされたわけでもなさそうで、単純に俺の事を心配している様子だ。変わっているのは見た目だけだろう。悪いことではない変化だ。
「どこ行ってたのよまた〜」
「ごめん、朝散歩したくてさ」
「もう、連絡しなさい!」
「次は怒るからね!」
「はーい」
溢れる笑顔に、母親はちょっと不思議がっていたがそう深く考えはしないだろう。
うちの母親は今もなお、仕事を休んで部屋で過ごしている。俺が言ったことを母親は信じてくれる。俺が死体収集が好きな周りから見れば異常な友達と過ごしているなんて母親は知る由もない。帰りが遅くなっても、母親は俺の事を心配するだけ。真相を知ろうとする気なんて一切思っていないだろう。そこは違ったみたいだ。
母親の確認も済んだから、俺はまたしてもインターネットに情報を再度拡散する。これでまたトドメは刺せるだろう。
***
養父が警察に捕まってからは、白川製薬は崩壊。裁判だと、白川製薬の研究員がパワハラや給料の未払い、強制的にやらされていたなどと報告し、養父に全てなすりつけたようだ。俺の内部告発データが決め手だったかな。そうして商品は全回収と消費者への返金対応がなされた。今頃、刑務所でなにを思っているか…。そんなことはどうでもいい。
この日から俺は毎日、凛人の家へ寄り死体収集の作戦会議をしたり、ご飯を作ったりした。使用人の話は養父に促された嘘だったらしい。嘘の元凶がいなくなったから、少しは安心してもいいだろう。
平穏な新たな人生のスタートを切ろうとしたが最近、謎の男がつけてきているのに気づいた。
「誰だろうね、その人」
食器を並べる凛人は相変わらず美しい。皿の白なんて、まさに豚に真珠だ。
「はっきりと姿を見せないからな…」
「やっぱりジャーナリストか、それとも…」
一瞬、新島の存在が頭をよぎった。あいつはもしかしたらまた、監視をしているのか。あれから新島は転校扱いとなっていた。きっと違うだろうけど。
「…警察がまだ嗅ぎ回ってるかもな」
「しばらくは俺と一緒に動こう」
「うん。これは壊されたくないから」
「…そうだな」
するとインターホンの音が少し暖かくなった空気を伝って俺と凛人の耳に届く。
「俺出る」
レタスを剥ぐ手を止めて、巨大な門扉の前まで駆ける。相変わらずここの庭は広くて大変だ。
「はい」
胸ポケットから黒い革張りの手帳を取り出し、弾くように見せた。
「私、禍津原(まがつはら)署、捜査一課。刑事の」
「新島大斗(にいじまだいと)です」
「白川聡一郎さんの家で間違いありませんね?」
新島。あいつの父親か。オールバックのヘアースタイルに見るからに昭和な格好の刑事で、タバコとコーヒーの苦い匂いを漂わせている。
「……はい。そうですが」
「君、白川くんの友達?」
「あー…………はい」
まだ付き合ってないから。渋々、はいを選ぶ。
「名前、聞いてもいいか?」
「早頭…修、です」
「早頭君ね…いい名前だ」
そんなこと言ってるけど、全く目が笑っていない。
「白川凛人くん今いる?」
「白川聡一郎さんの事件で少し、確認したいことがあってね」
「立ち話もなんだ、中で話しても構わないかな?」
「あぁ、一旦玄関まで」
「失礼します…」
本当は汚い靴で踏み込んで欲しくはないが、断るほうが疑念を抱いてしまう。
「凛人」
だらけて足をプラプラさせている凛人も可愛い。美しいと可愛いのハイブリッドってどうなってんだ。
「どうしたの?」
「刑事が来た。あの新島斗真の父親の可能性が高いかも」
「何しに来たのかな?」
「死体コレクションは全部警察が回収していったし」
「もう怪しいものなんてないはずだけどな」
「死体収集を勘付かれたか…?」
「いや、ないもんはない」
「一旦、死体収集はお休みだな」
「………うん…」
ちょっと不貞腐れて口を噤む、その姿は可愛い。最近内面を見ていると可愛いのほうが強くなっているようだ。
「とりあえず、知らないを貫けばいいから」
「分かった!」
玄関まで戻り、新島大斗を家にしょうがなくあげる。しょうがなく、だ。
「白川凛人くんは?」
「あぁ、こっちです」
「こんにちは、禍津原署捜査一課。刑事の新島大斗です」
「聡一郎さんの事でお話よろしいですか?」
「………はい」
話慣れていないせいか、若干言葉に詰まっているようだ。それでも無言でやり過ごさなくなっているのは成長だ。
「白川聡一郎さんが、逮捕されたとき君はどこにいたのかな?」
「えっと、部屋で寝てました」
「…寝てた」
「……そう。そういえば早頭君」
「君は確か、この事件の通報者だよね」
「君はどこで何をしていたのかな?」
「早朝から、遊びに出かける予定でした」
「どこへ?」
「…遊園地ですかね、隣の町の所です」
「…そう、凛人くんのこと起こしに行ったのかな?」
「そうですね、凛人は朝弱いので」
「…友達思いなんだね」
「……けど、あの遊園地は確か、その日だと休園だった気がするけど」
「時間が変わったのかな?」
「…そうでしたか。知らないうちに変わってたんですね」
「小さい頃は休園じゃなかったと思うんですが…」
「時間が早いと感じるのは、変化がないかららしいけど」
「今の君はどうなのかな?」
新島大斗が言うように、確かにあの退屈な日々よりも時間の流れが遅い。この時間が永遠に続いてくれればいいけれど。
「それと…」
「…聡一郎さんが言っていたんだけどね、動画って何のことか知っているかな」
養父が動画の件を言うと予測して、あの動画のデータは全て消去してどこにも残さないようにしている。知らないと言えば、何も調査はできないだろう。
「いえ、分かりません」
「……凛人くんは何か知ってるかな?」
「分かんないです」
「そうか…………………」
顔は一切納得していない様子だ。屋敷の内装を細かく観察して、深い呼吸で部屋の匂いを嗅いでいるようだ。顔に殆ど出ていないが、あの新島斗真と同じ冷徹な猟犬…いや狩人の気配を感じた。
「一つ、私的な質問をしてもいいかな?」
「…どうぞ」
「君たちの通ってる学校に…」
「私の息子の新島斗真っていう子がいるんだけど」
「君達は、うちの息子と仲良くやってると聞いてるんだ」
「斗真がどこに行ったか知らないかな?」
この男も行方を知らないと言うか、新島斗真はあの口論の後からは、街ですれ違ったりしてもいない。一切姿を見ていない、神に誘拐でもされたか。はたまた人間に誘拐されたか。
「転校したと聞きましたが…違うんですか?」
「…正式には行方不明」
あのアホは本当に消えたのか。なら、好都合か。
「先々週辺りから、帰ってこずに連絡も一切なかった」
「そうですか…」
「残念ですが、俺達は分かりません」
新島大斗が静かに凛人の顔を見ると、凛人は無言で頷く。
「斗真、最後に会ったとき何か言っていなかったかな?」
「……いえ、そんな素振りはなかったですね」
「……そうか………」
「ご協力ありがとう」
捜索は意外と早く終わりそうだ。それはそうだ、この屋敷の悪は食いつくされて、今まさに創世のタイミングだ。完全に0の状態では掛けても足したとしても意味はないだろう。
「…今は、凛人くん一人みたいだけど、修君がこうして来ているのかな?」
「あぁ、はい」
「良い友達を持ったもんだ。お母さんもお父さんも、きっと安心するだろうね」
凛人の綺麗な白い顔がほんのちょっと灰色に曇った気がしたが、それすらも白で圧倒してしまう。
「どうも…」
「最後に一つだけ」
「地下室の死体について、知っていることはあるかな?」
「俺は何も」
凛人の白色で誤魔化された曇り顔は、冷静な気高き完璧な白色になって新島大斗に応対する。
「僕も分かりません。でも養父さんのことだから」
「ああいう実験をしていたのかもしれませんね」
微かに聞こえたため息の音は白い屋敷に吸い込まれ、新島大斗は屋敷を後にする。
「時間を取らせてすまなかったね」
「いえ、斗真くんが見つかるといいですね」
爽やかで、優等生の、目すらも完璧に笑っている表情で告げる。一切そんなこと思っていないし、なんなら見つかってほしくないとまで思っている。
「どうも」
玄関を閉め、俺は窓を開け換気する。タバコやコーヒーの匂いを早急に消したいからだ。この屋敷にそんな苦い香りはいらない。
「凛人。匂い付いてないか?」
「大丈夫、このくらいなら消せるよ」
「…駄目。シャワー浴びてきて」
「…修も一緒に入る?」
俺の脳が莫大な情報を摂取したことで、脳がストップしてしまい体が硬直を始めてしまったが、そのセリフはしっかりと脳内メモリに刻まれた。
「…………一人で、はいって、きなさい」
「は〜い…」
ムスッとした顔をした後、シャワー室へと向かっていく。稼働を始めた脳で良からぬ事を複数パターン考えてしまったが、こんな俺を罰さないで欲しい。
距離が開いても分かる白い背中は、汚れから解き放たれて一層輝きを増している。宝石みたいという言葉すらも安っぽい感想になってしまう。
凛人がシャワーに入っている間、俺は料理を再開するが、ふと過去の出来事を思い出した。今でこそ普通にご飯は食べているが、昔は食べるしてもサプリやら、ファミレスにいきたがらなかったり、コーヒーを飲むのを嫌がっていたりしていたのに、一体どういう心境の変化だろうか。養父に食事制限でも命令されていて、普通にご飯は食べられるのか…。
やはり、養父は悪しき存在で、この屋敷がどれだけ汚されていたか改めて認識できる。
本当、消して良かった。