たった二文字の香りと重さ

 朝学校に行くのが、楽しくなった。夜も寝るのが、怖くなくなった。毎日が楽しい。

 休み時間に、真ちゃんの席に集まって、よねが、ストレートな質問を、ぶつけてくれた。
「今、彼女居ないの?」
「もちろん、居ない。好きと自分から言ったことが、無い。いや、フラれるのが、怖いじゃん」
 私は、真ちゃんの手首に顔を近づけて、
「この香り、好きだよ」
「ありがとう。まず持っている人は、いないからな、俺らしさが、出ているだろう?」
 ちゃこが、顎に右手をあてて、少し首を傾け……。
「私で練習してみる? 好きって……言ってみて? はい、どうぞ」
 私は、少し、ちゃこに、ムっとしてしまい、眉を細めた。
「わりー、無理。好きでもないのに、好きとは、言えない」
「酷い、少しだけ期待したのがバカだった。ちょっと。ショック……良いのだけどね、彼氏いるから。もう少し、言い方を、オブラートに包むとか考えないわけ?」
 よねと私も大笑い、ちゃこの、追撃は続いていった。
「聞いていい? 好きな人いるの?」
 私達は、真ちゃんを見ているが、答える様子がなかった。席を通り過ぎて行った、他の男子が耳に入ったらしく……。
「居るにきまってるだろう。一見パーフェクトだけど、ビビリなんだよ」
 そういって通り過ぎて行った。
「違うって、言葉の重み。この二文字、歌詞で伝えるのと、直接伝えるのは、意味合いが違う。二文字は、本気になった人に、一生に一度」
 ちゃこは、前のめりに、真ちゃんに顔を突き出して……。
「質問が遠い、居るの居ないの?」
「居ないように、見えるのか?」
「うわ、めんどくさい、この人」
 私達は、お腹を抱えて、大笑いしていた。ちゃこの、機関銃は止まらない。
「真ちゃん、沢山の女性と、やりまくっていたと聞いたよ?」
「は? なんだ、それ? 大体どこで、何をするの?」
「先輩達との、噂が」
「もしかして、チェリー?」
「悪いか? え? 逆に聞いていい、皆違うの? うわー。すげーな。俺は、一人生涯を共にできれば良い。その一人だけ」
「やっぱり、好きな人いるじゃん」
「言ってない」
「意中の人とは、話したりするの?」
「カラオケは行った。天城越え、一緒に歌った」
「渋い選曲」
「誰? 誰?」
「知るか?」
「凄い熱量の歌唱力で、歌ってくれた。二人で、もう一度、歌ったね」
「えー? 誰、私も知りたい」
「女性とは、言ってないだろう」
「え? ホモなの?」
「男性とも、言っていないが?」
「めんどくさい、この人!」
 よね、ちゃこは、大笑いしていて、相変わらずというべきか、注目されていた。そう、真ちゃんが……。
 私は、瞬きが止まってしまった。一緒に歌った……。私の事? 私の事だよね。
 
 明るく帰宅、楽しかった。ベッドに飛び込んで、天城越え を流し、CDの歌詞のページを開いて、ベッドで体を左右に動かして、もう、わかっているのなら、答えを頂戴と、にやけていた。


 真ちゃんと長電話、楽しい、相変わらず、話がぶっ飛んでいるのだけれど、楽しい。
「五〇音を斜め読みして、交互に言いあうと、面白い」
「あき、その反対は」
「きあ」
「その感じで行くよ、やってみるか?」
 相変わらず、どうでもよい事の話、楽しい電話。
「かし」
「しか」
「さち」
「ちさ」
 ――
「いく」
「くい」
 ――

「きす」

 え? それって

「どうした?」

 どうしたって、どうしたのよ、ちょっと待ってよ。言えないよ。やられた。完全に……どうしよう。電話のコードに指を絡ませて、ぐりぐり回して、心臓が天城峠を超える寸前。
「あ、キャッチだ、またかける」
 えー! なんで、キャッチ、電話切れちゃった。両足が震えている。再び、子機のライトが光った。

「ところで、何の話だったか?」
「思い出した」
 思い出さないで、忘れて、お願い、忘れて……。
「大事な事だから」
 ダメ、ダメ、ダメ、忘れて……。天城山を超えてしまうから……。
「嘉織里、下着を貸してくれ?」
 はあ? ……私のドキドキを、返せ、この、馬鹿!
「は? 変態!」
「違うって、文化祭の前夜祭に、ヒップホップを、踊る。面白くするために、女装で! どうよ?」
「下着丸見えで、踊る! 絶対に、掴める」
「いいけど、明日持って行くの? 下着付けて寝るの?」
「は? それこそ、変態だろう?」
 二人して大笑い


 前夜祭、体育館の袖の裏に、二人きりで、誰にも見つからない、言いたい、今なら……。
「着けてくれ、嘉織里」
「え?」
 広い背中……。
「恥ずかしいな、プール以外で、裸は、初」
「え?」
 私は、手を回して、近い、体が、
「俺の肌に、直接触れたのは、嘉織里が、初めてだ」
 甘い香り、顔が真っ赤になった。自分でもわかる、肌に触れたのが、私が、初めて? ……ドキドキが止まらない。
「下は、自分で、はいてよね。何度も洗濯したから」
「臭いかぐなー!」

 独壇場、ライブは、前夜祭を引き継いで、大盛り上がり、全校生徒が真ちゃんに注目、入りきれない体育館。
 アンコールが鳴りやまない――。
「アンコール」
「アンコール」
「アンコール」
 再び、真ちゃんが、姿を現すと、会場は大盛り上がり、左手を高く上げ、パーからグーに。静まり返った、体育館。聞きなれたイントロ あれ? これって、天城越え。真ちゃんはサビの部分で、私に手を伸ばし、ずっと私だけを見ながら、熱唱していた。私も、視線を逸らすことなど出来るはずもない。
 一緒になって、声に出して歌った。想いを届けと、泣きながら、大声で歌った……。
 ライブが、終わった後で、ちゃこと、よねが……目を真っ赤にさせながら……。

「嘉織里、そろそろ、白黒、はっきりしないと」

 私は、ちゃこと、よねと、肩を寄せ合って、声に出して泣いた……。


 真ちゃんは、その後、殆ど学校には来なかった。……受験対策らしい。たった、一人が、いない、教室。学校全体が、毎日、静まり返っていた――。