たった二文字の香りと重さ

 よねとちゃこ、真ちゃんと私、四人の休み時間の会話は、教室の私達部分だけが、スポットライトを浴びているような、別世界であった。真ちゃんと二人きりで、向き合って話すことも増えて、私は一歩、また、一歩距離を縮めて……限界距離まで詰め寄っていた。

 誰が、見ても、公認状態という状況で、入り込む余地が無いと、特殊な空間が出来上がっていた。クラスの女子達も、真ちゃんの事は諦めた様子であり、私は、毎日が楽しかった。ドキドキしていた。
 どうでもよい話を、面白おかしく、話が弾む。それだけで、楽しかった。時に、ちゃこが、私達に指をさして、
「あれは、付き合っているというより、新婚さんだな」
 クラス全体、大笑い。大注目されている。私は顔が赤くなり、それに突っ込む
「顔が赤いな、自然に化粧は、出来るものなのか?」
 まったくもって、意地悪な一言の真ちゃん。学校がこんなにも楽しい場所だなんて、思いもしなかった。
 
 とある日の、午後の授業――。教室の緊張感を、一気に崩した、大きな音がした。『グルルル』全員が後ろをみて、私に視線がささった、私は左手を左右に振って、違うと訴えた。
「腹減った、先生、購買に行って、パン買ってきて良いですかね? これ重病だとおもうのですよ?」
 みんなは大笑い。
「山下、お腹がすいているのは、わかるが、お昼時間は過ぎている。パン屋はもう、帰っているぞ、学校が終わるまで、我慢しろ」
「はーい、すいません。ところで、お腹が空いて、救急車を呼ぶこともできるのですか?」
「山下、廊下に立っていたいのか?」
 先生の追撃で、皆は大笑い、沈黙していた授業は、収集がつかなくなっていた。
「よくお腹すくよね? お昼男子たちと食べていたでしょうに」
 よねが、振り返りながら、真ちゃんに話しかけていた。
「うち、共働きだから、菓子パンを買うのだけれど、今日は激戦で、買いそびれてだな……。そうか、小、中学校の運動会、パン食い競争は、この熾烈な戦い勝ち抜くための、予行練習だったのか……気が付かなかった」
 教室は大爆笑で、授業は全く進まない。

 下校時刻になり、私はノート、教科書を、カバンに入れていると、声が聞こえた。
「誰か、弁当作ってくれないかな?」
 私の机の前に、腰を下ろし、机に両腕で顎を乗せて、言っていた。え? 私?
「私に言っているの?」
「俺の目の前に、他の誰が居るのだ?」
 えー! 考えたこともなかった、想定外の発言に、立ち上がって、大声がでてしまった。
「えー! わたし?」
 帰ろうとしていた、他の生徒にも振り返られて、視線の矢が、体中に刺さったきがした。

 急いで帰って、お姉ちゃんと買い物に駅のデパートに向かった。お姉ちゃんのアドバイスで買い物を済ませ、帰ろうとした時、通り過ぎた本屋さんに立ち読みしている、大きいからだが視界に入った。
「真ちゃん」
「彼が、お弁当の、ふーん」
 お姉ちゃん、手を、ふらないでよ、気が付かれちゃうでしょう。
 私は、お姉ちゃんの背中の後ろに、下がろうとしたとき、気が付いて、手を振ってくれた。もういいからと、お姉ちゃんの腕を引っ張って、お店から出た。
 帰り道――。

「嘉織里と同い年だよね? 凄いな」
「身長でしょう、大きいよね?」
「違う、彼が手にしていたの、赤本」
「赤本? エッチな本?」
「……大学試験の過去問題集」
「嘉織里、頑張らないと、釣り合わないぞ」
「え!」

 家に帰り、お姉ちゃんに作り方を教えてもらい、朝五時に起きることにした。手伝ってくれるみたいで、助かった。
 美味しく、作れるのかな? お弁当、初めて作る。眠る事が出来ず、今日は珍しく、電話も来なかった。ジリリリーンと目覚まし時計がなり、飛び起きて、台所に向かった。

 既に、お母さんと、お姉ちゃん、朝早起きして、お弁当を作り始めていた。
「彼、どれくらい食べるのかな?」
「彼? 誰の事? だから、彼氏じゃないって」
「とんかつ屋でね、キャベツのお替り十回もしてるの、動物さんなのかな?」
「それは、ヤギだろう、紙食べるの」
「そうなの?」
 あ! 痛い、指切っちゃった、バンドエイド。
「そこで、これよね」
「お姉ちゃん、なにしているの?」
「ひらがなは難しいから、カタカナで、スキ。ノリをきって、こうすると、ほら、かわいい。愛妻弁当じゃない」
「だから、違うって」
「それ、お姉ちゃんもっていてね。私は、こっち、普通のお弁当」

 行ってきます! 今日に限って、学校に来ないとかは、無いよね? 昨日電話かかってこなかった……。お弁当持ってきていたら、頭をスパーンと引っぱ叩いてやろう。

 教室に入ると、真ちゃんが席に座って両腕を机に伸ばし、前のめりになっていた。ちょっとムカついたので、息を吸い込んで、大声で――。
「おはよう、どうして昨日電話してくれなかったの?」
 一斉に、教室の生徒が、私に振り向く……しまった、電話を、していることが、バレちゃうじゃないの。
「おはよう、嘉織里、昨夜試験勉強していたら、そのまま寝ちゃって」
「テスト勉強?」
「……受験勉強」
 私の頭の中に、いくつものはてなマークが出来ていた……。
「ところで、お弁当作ってきたのだけれど、まさか、持ってきてないよね?」
「助かる、女神様、お昼一緒に食べよう」

 ムフフ、女神ですって、やっと私の事が、わかったようですね。――午前中の授業が終わり、お昼休みなった。よねと、ちゃこの姿が無い。テーブル一つに、椅子を向かい合わせて……。
「じゃー!」
「すげー! 頂きます!」
「ほれ、あーん して?」
 はい? 何言っているのこの人……。言われるがまま、口を開けると、ウィンナーをパク。
「はい、交代」
 大きな口を開けてまっている、玉子焼きを、右手箸でつかもうとするが、どうしてだろうか、指先が震えて、掴めない。
「手で良いぞ」
 え! 左手で玉子焼きをつかんで、真ちゃんのお口に、パクリと、指まで食べられてしまった。
「旨い!」
 ウフフ、褒められちゃった。お姉ちゃんありがとう。あれ、わたしの指、真ちゃんのお口のままだ、え! ドキドキしてしまった。真ちゃんは口をあけて、私の手をとり……。
「痛かったか?」
「噛まれてないわよ?」
「違うよ」
「左手を広げてみて、一つずつ、かぞえて、バンドエイド三つ、頑張ったのだね、ありがとう」
 私は、少しだけ、ほんの少しだけ、目の奥がじわりとした。真ちゃんの視線は、私の目ではなく、左手のままであった。
「小さい手が……俺の手、でかいぞ」
 言い終わると、私の左手と、彼の右手がかさなり
「本当だ、関節、一つ違う、それ以上に、大きい」
 この大きい手の中で、かくれんぼして、抱きしめられていた事を思い出すと、心臓の音は、左手をつたって、真ちゃんに届いてしまうのでは……。
 そこに、よねと、ちゃこがやってきて
「なになに、お二人さん、お熱い事で」
「ちゃこ! 真ちゃんの手大きいよね。すごいよね」
「確かに大きいね」
「真ちゃん、嘉織里の愛妻弁当のお味はどうだった?」
「最高、良いお嫁さんになれるよ、左側の指定席は、開けておく」
「恥ずかしい事を、堂々と言うわね、イケメンさん」
「……指定席は、切符がいるの? ちゃこ?」
「そう、オレンジカードで ってそんな事あるかーい?」
 ちゃこと、よねは、大笑い
「ところで、いつまで、そうやって、手を、つないでいるの?」
 周りの生徒からも、注目されて、今更だが、気が付いて顔が真っ赤になった。周りは大笑いし、新婚さん、夫婦等、冷やかされていた。
「そろそろ、私達もお昼食べてよいかしら?」
「ごめん、そうだよね、よねと、ちゃこが、いなかったから、どこかに行っちゃったのかと」
「確かに、行ってきたよ、パンを買いに、戻ってきたら、この空間に、踏み入れるわけには、いかないじゃないの?」
 二人とも大笑い。楽しいお昼休みは終わった。


 私と真ちゃんは常に一緒。次第に一日の電話回数も増えて、家に帰るのも、学校に行くのも、楽しくてしょうがない。ベッドの上で、子機をもって、ゴロゴロしながら、まだかな? 私かから、かけようかな?
 ランプが光った、きた、電話。どうでもよい、話で、三時間。幸せな日々が続いた。

 一方で、私に対する、陰口が、上級生の女子から聞こえるようになり、上履きに画びょう、机の椅子に、画びょう
 廊下ですれ違うだけで、上級生からも冷たい視線をあびるようになった。
 下駄箱に、張り紙、『山下君は、お前のものじゃない』嫌がらせは、エスカレートしていった。
 他のクラスの同級生が、黒板けしを、教室の窓枠に挟んで、私が教室に入る寸前に設置していったのが、見えた。
 しかし、これは、真ちゃんが阻止し、他のクラスに行き、真ちゃんの威圧力に、別の、クラスの女子は、謝りながら、泣き出してしまった。
 私に対する、いやがらせは、さらにエスカレートしていき、机の中にあったものが、紛失したり、ロッカーにゴミが入っていたり――。
 学校中の人気者と一緒にいるのだから、しょうがない事だよね、このことは真ちゃんには、黙っておこう。