たった二文字の香りと重さ

 あれから、学校生活は、たいした事がないのに、山下君の独壇場であった。休み時間になると、男性陣は山下君を取り囲み、私もお話がしたいのだけれど、割り込むことは、出来なかった。時折、私に視線を向けているように思えた。視線が合うと、山下君は軽く頷いていた。どういうことなのだろう?

 学校行事の説明があり、班分けがあった。修学旅行である。宿泊学習というのが正しいと、山下君が話しているのが、耳に入ってきた。一泊二日、班行動は、私と、ちゃこ、よね、山下君、男子二名。同じ班になった。決して選んだわけではなく、山下君の取り合いで決まらなかったので、名前の順で班分けと先生が、呆れかえっている様に見えた。

 帰宅し、部屋に入り着替えを済ませて、CDプレイヤーから邦楽を流す。とんかつの歌は、探してもない。思い出すと一人で笑ってしまった。すると、お母さんの声が聞こえた、私はベッドから起き上がると、子機のランプがついていた。

「はい、もしもし?」
「あ、俺、嘉織里、今電話して大丈夫か?」
 山下君から、電話だ。少しだけ、ドキドキした。何かあったのかな?
「うん、どうしたの? 何かあった? 宿泊学習の事?」
「そう、良く分かったな。とりあえず、その話は、後にして……」
 意味がわからない。何の用事で電話してきたのだろう? 受話器を耳から、離して、睨みつけた。声が聞こえる。
「聞いてるか?」
「うん、聞こえている」
「トランプは、どうして一三枚なのか、考えたことがあるかい?」
 この人、いったい、何を言っているのかしら? 修学旅行の話が、トランプ、一三枚。また、耳から受話器を外して、何かが聞こえてきた。
「おっと、電話切るな、切ろうとしただろう?」
 どうして、バレたのだろう。
「一三枚についてだ」
 私は頭の中で、一からキングまでの一三枚を描き、
「兵隊さんなのかな? 一が先頭で、一三のキングというくらいだから、王様」
「そう、その線は、間違っていない、ところがだ」
 間違っていないなら、話は終わるよね、電話切っちゃおうかな? 受話器から音が聞こえていた。
「だから、切るなよ、それでな、トランプというのを、正面からとらえず、どうして存在するのか、考えた事があるかい?」
「あるわけないでしょう。トランプはゲームするためでしょう」
 私は、意味不明な一方的な、話に、少しイライラしていた。
「一三掛ける、四はいくつだ?」
「ちょっと待って、電卓を取ってくる」
「は? 暗算だろうに」
 ……指折り、数えながら、あ、わかった。
「五二!」
「遅い」
「電話切るわよ」
「まて、まて、トランプは、五二週、一年を現している、一から一三までの合計は、九十一。四種類あるよね、トランプ、スペード、クローバー、ダイヤ」
 私は、唐突に。
「ハート」
「そう、その通り、九十一枚のトランプが四種類つまり、三六四になるわけ」
 電卓を取ってこようかしら、いったい何の話をしているの?
「そこにジョーカーが一枚、足すと、どうよ?」
「三六五」
「正解、気が付かないか? 嘉織里」
 三六五、何のことだろう?
「わからないよ」
「つまり、トランプは一年、三六五日を現しているのだ」
「えー! 本当だ、知らなかった。トランプは、ゲームするものだとしか、考えたことが無かった」
 あれだ、とんかつの詩と一緒で、凄い発想、面白い、山下君
「それで、トランプの詩を作るの?」
「良いね、その発想、トランプは、どこにいっても、一から一三、ずっとついて回るもの、一年も、大晦日をすぎると?」
「新年!」
「そう、振りだしに戻っても、また、一から会える」
「すごい、そういう発想はなかった、トランプ、見方が変わっちゃったよ」
「だろ、それで、本題だ」
「え? トランプの話じゃないの?」
「誰が、トランプの話をするといった? 宿泊学習で、頼みがあって」
「頼みとは? 何? トランプ持ってきて、ということ?」
「それも、そうなのだが、嘉織里、修学旅行のバス、俺の隣に座ってくれないか?」
 どういうこと、え? 私で良いの? 席となり。ずっと隣なのよ、どうしてだろう、ドキドキしてきた。
「俺バス酔いするのだよ、嘉織里となら、楽しく話せるから、大丈夫」
 バス酔い、なんだ、私はてっきり、電話線を指で、くねくねさせていた……。
「一つ聞きたいのだけど、良いかしら?」
「バス酔いのことか、どっちが窓際に座るか、じゃんけんするか?」
 違う、私は、噴き出してしまった。
「山下君は、女子と長電話するの?」
「いや、嘉織里だけだよ。電話自体、しないな。嘉織里と話すと、楽しいから」
 私と話すと、楽しい? 私も、今、楽しい、一緒だ。
「わかった、バス、了解、トランプも持って行くね」
「ありがとう、おやすみ」
 受話器を置くと、なんだろう、楽しい、トランプを探さなくちゃ、私一人で、山下君を独占しちゃった。ちゃこ、よねには、内緒にしておこうかな?

 それから、宿泊学習当日を迎えた。私服である、かっこいい、えー! ファッション雑誌買ったら、載ってたよ。黄色い声が、流星群のように、山下君に向けられていた。
「おはよう、嘉織里、一緒に乗ろう」
 えー! ズルイとか、羨ましいとか、声が機関銃のように私の背中に突き刺さった。ちゃこと、よねも、私の肩を叩いて。
「あとで、ちゃんと説明してもらうじゃないの?」
 えー! 何故か、顔が真っ赤になってしまった。私が窓側に座り、隣が山下君。バス酔いするのなら、窓側の方が良いのに、どうしてだろう、私を窓側に座らせて。バスが高速道路のランプに入ると、私はバランスを崩して、山下君の胸に激突しそうになると、私の肩を両腕で受け止めてくれた。
 ポカーンと口をあけて、ゆっくりと視線をあげると、山下君は、ずっと私の肩から両手を離さない、あの甘い香りが体中を駆け巡って、ドキドキしてしまった。

 初めの、見学場所について、バスを降りると、ちゃこ、よねが私に話しかけてきて
「見てたぞ、狙ってたな!」
 大笑い、羨ましいと、言われた。違うのに、事故なのに……声に出せなかった。
 見学が終わり、菜の花畑を見ていると、ちゃこ、よねが手を振って呼んでいた。私は両腕を振りながら、走るそぶりをみせて、ゆっくりと向かった。

 綺麗な菜の花がずらりと、咲いていた。よねが、指さしているところは、菜の花ではなく、それよりもっと、手前の、足元付近だった。
「四つ葉のクローバー探そうよ」
 視線を下に向けると、緑の葉っぱがいくつもあり、私も腰を落として、手探りで、探してみる。なかなか、見つからない。どれくらい低姿勢で歩いたのか、すると、いきなり、大きな影が、私の視界を塞いだ。
「これか? 探しているのは? 手を広げて、あげるよ」
 私が左手を広げると、四つ葉のクローバーが、一つ。手のひらに置かれた。視線は、手のひらに向いていた。じっと見つめて、本当にあるのだ、四つ葉のクローバー。気がつくと、山下君の姿は無かった。私は、四つ葉のクローバーをバッグにいれて、バスに乗り込んだ。

 宿泊先の旅館に到着し、お風呂を済ませてから、食事をし、その後大広間に移動して、カラオケ大会が行われた。だが、誰も歌おうとはしない、一人を除いては……。
「おいおい、なんだ、入試のような静けさは、では、リクエストは? なんでも、歌うぞ」
 マイクを持って、前に出てきたのは、山下君。男子がリクエストをした歌謡曲を、歌い、皆は、拍手とともに、うまい、プロ。女子からもリクエストがあり、女性ボーカルの曲も上手に歌い、マイクを離すことはなかった。
「俺一人、歌っていても、歌いたい人、どんどん来て」
 また、静かになってしまった。それは、そうだ、あんなに男性、女性の両方を綺麗に歌われたら、恥ずかしくて、歌えない。
「俺が、カバーするから、マイク一本追加」
 担任の先生が歌いだしたのだが、音が外れていて、さらには、カラオケの歌詞の文字にあっていない。すると、山下君がカラオケの機械を操作し、カバーに入って、先生の声をじゃましないように、音程を保って、リズムを取り戻した。
 この場にいる全員から、歓喜の声が、一斉におこり、次々に手をあげて、歌い始めた。臨機応変、男性、女性の曲、なんでも合わせていった。私は、ずっと、山下君一人を見つめていた。手があがらなくなった。静けさが、数秒できた。
「よし、ここからは、笑わせてやる」
 山下君が、カラオケの機械をいじりながら、歌物まねのオンパレードが始まった。そっくりというか、本物なのでは、そればかりでなく、替え歌や、振付がふざけていて、私は顔を両手で覆いながら、両端をバタバタと動かしていた、恥ずかしいけど、うまいし、楽しい。

 先生が時間になったので、各自部屋で消灯と案内された。そんなことは、お構いなしに、皆、山下君の部屋にやってきた。入りきらない。通路に生徒が渋滞していた。そこに、山下君が出てきて、小声で。
「ほかのお客さんもいるのだから、班で、それぞれ、部屋に散って」
 えー! やだー! と声が出ながら、それぞれの部屋に。私は班? え! 私は、中に、入って良いのだ。

「やっと、静かになったな、じゃ、寝るわ、おやすみ」
 そう、いうと、ちゃこが、枕を持ち出して、山下君にぶつけて
「ちがうでしょうに!」
 私は、笑いながら、乱暴な……とおもいつつも、これはネタなのだと、理解した。ほかの男子生徒から、かくれんぼするぞと、提案があり、じゃんけんで、鬼を決めた。ちゃこ、男子生徒が鬼で、隠れるのは三分。館内からの脱出禁止。捕まった場合は、外に出て、旅館の外に遠くに見える、別の旅館の名前を覚えて帰ってくる。というルールだ。

 これは、捕まるわけにはいかない。怖いもの。スタートという声で、ちゃこ、男子生徒は、部屋から出て行った。私は、どうしたらよいのだろうと、首を、動かしながら、周りを見たが、隠れる場所はない。右斜め上をみると、山下君。
「一人で、あっちの旅館の名前覚えてくるか?」
 いやよ、怖いじゃない、夜の海の波の音さえ、聞こえてきて、怖いのに、私は、山下君の袖をつかんで、見上げた。
「これしか、ないな、潜れ」
 山下君は、布団をめくりあげて、私をみてから、右手の人差し指が、布団に向いていた。時間が無い。私が、布団に横になると、山下君が電気を消して、布団に入ってきた。え? 布団の枕付近から、薄っすらと微かな明かりが、差し込んでいた。
 え! 私、山下君と同じ布団に、それも密接……。私の心臓の音は、窓の外の海の波の音より、大きいのでは、聞こえちゃう、ドキドキしている鼓動が……。顔を上にあげると、山下君の顔が薄っすらと見えて、山下君は小声を、耳元で。
「捕まれ」
 その言葉の息が、私の耳をくすぐり、両腕で山下君を抱きしめてしまった。私何しているの? ドキドキが止まらない。私は、もぞもぞしていると、小声を耳元で。
「動くな、バレるだろう?」
 山下君の両腕は、私を抱きしめて、小さく丸まっていた。山下君の胸の音が聞こえる。私の顔は山下君の胸の中にあった。甘い香りが、鼻をくすぐり、もう、このまま、誰も見つけないで欲しいと、心の中で、思った。私の胸のドキドキは、山下君に聞こえてしまっているのだろうか? はじめて、男の人の胸に……。
 顔を少しだけ、上にあげると、山下君の唇が目に入って、ドキドキが、大砲のようになってしまった。山下君の唇まであと数センチ……。お願い、このまま時間が止まって。いったん瞳を閉じて願い、あけると、唇は小指一本くらいの距離。ドキドキは私を応援しているようで、いけーという心の叫び――。

 電気がついた、え? 誰か入ってきた、声がする。私はこのままでいたい……。バサッと、布団をまくり上げられて。
「あんたら、何してるの?」
 大笑いと、羨ましいとの声が……。見つかってしまった。見つかってしまったのに、私は、山下君から離れず、両腕で抱き着いたままであった。そこに、よね達も戻って来たらしい。私の視線は、山下君の唇。
「嘉織里すげー、大胆だ、羨ましい」
 覗き込むような、影が四つ。見つかってしまったのだが、私は山下君から離れようとはしなかった。パンと手を叩く音に、びっくりして、顔をあげると、痛い。山下君の顔にぶつかってしまい。
「これ、見つけない方が、良かったのでは?」
「いや、見つからなかったら、俺らどこで、寝るんだ?」
 大笑いされ、山下君は、
「それじゃ、罰ゲームいってくる」
 そういって、立ち上がると……。ちゃこが、
「罰ゲームじゃなく、ご褒美になっちゃったね、ムカつく」
 四人は大笑いしていた。ドキドキしながら、外に出ようとすると、先生にどこに行くんだ! と、怒られて、二人して、背中を丸めて、それぞれの部屋に戻った。

 私は、部屋に戻ると、質問攻めであった。
「ずるい! それで、進展は?」
「キスしたの?」
 その言葉で、目の前にいないはずの、山下君が現れていた――。私は、身動きができずに、天井を見上げていた。
「だめだ、こりゃ、寝るよ」
 よねの声で、視線を下にむけて、え? 何かあったの? 首をかしげていると
「寝るの! 布団にはいって、ほら、早く、おやすみ」

 私は、言われるままに、布団に入ったのだが、ドキドキが収まらず……。え? もしかして、私、山下君の事……。
 ――宿泊学習は、終わりを告げた。