たった二文字の香りと重さ

 『好き』たった二文字の言葉の香り、重さを今でも苦しいほど、覚えている。


 桜の花びらは、待ってくれなかった。今日は入学式、アスファルトに散った花びらが、用務員の先生であろうか、掃除をしていた。ここ数日の大雨と風で、今日という日の天候を気にしていたが、風は強い物の、見上げると、御日様が祝ってくれているように思えた。

 彼との出会いは、廊下に整列した時であった。何やら騒がしく、カッコイイ、大きい、背が高い、モデルさんなどの声が聞こえている。何事? 後ろに振り返ると、両手を振って、笑顔を振りまきながら、私の目の前で止まった。

 「諸君、入学おめでとう、俺、山下 真一(やました しんいち)。将来の夢は、小さい前ならえを、すること。出来ないのだよね、名前の順だと、最後の方だし、背の順は、みてのとおり、 ところで、名前は?」

 「吉田 嘉織里(よしだ かおり)。です」
 「嘉織里(かおり)、良い名前だ、では、諸君、入学式いこう。嘉織里、行くぞ」
 え? 呼び捨て、背が、大きいな、一八〇センチくらいあるのかな、何かスポーツとかやっているのかな、諸君なんて、言わないよね? 面白い人。 廊下を歩きながら、前後から声が私に、

 「私は、米、『よね』って読んでね。こめじゃないわよ、よね」
 「私は、福井ひさこだから、『ちゃこ』って呼ばれているね」

 「よねさん、ちゃこさんは、お知り合いなのですか?」
 「さんは、いらない。駅が一緒なの、今日知り合って電車で話をしていた、さっきの大きい人も、同じ駅だったよ。中学校は違う、よねと一緒?」
 「いや、うちの中学では無い、朝駅のホームにいたのは間違いないけど」

 「つまり、二人ともさっきの変な人の事は、知らないということ?」
 「変? かっこいいじゃない、彼女居るのかな? 気にならないの? 嘉織里」
 「気になる!」
 「よねには、聞いていない、嘉織里に聞いているの!」

 私は、二人のテンションにつられて、大声で笑いながら、歩いていると、先生から、怒鳴り声が廊下を駆け巡っていた。私達三人は、しょんぼりと下を向きながら、体育館に向かって行った。大きな体育館に、椅子がずらりと並んでいる。一組の私達は、前の方であった。男子が一番前から着席し、そのあとに女子。全員着席が済んだ。

 「見た? 嘉織里、女子生徒のほうが圧倒的に多いね。半分以上女子だよ」
 「よね、それだと半分なのか、半分以上か、わからないでしょう。七割が女子という感じね」
 私は、後ろを振り返りながらも、確かに半分以上という表現が、ツボに入ってしまい、声を出して笑ってしまった。入学生一同が、私に注目してしまった。恥ずかしい。

 「それにしても、彼大きいね、山下じゃなく、山上とか、山登のほうが、あっているのでは、頭一つ、目立つ、あれ? 姿勢が正しいね」
 「よね、声が大きい、聞こえちゃうよ」

 よね、ちゃこの言う通りで、大きいというより、凛々しいと私は、感じていた。
 入学式が始まり、お決まりのお話が続いていくと、だんだんと眠くなってしまい、私は頭をかくかくさせながら、寝てはいけないと、両手を強く握った。いつの間にか眠ってしまったらしい。

 「嘉織里、重い」
 「ごめんなさい。寝ちゃった、つまらないから」

 突然、前から立ち上がり、ゆっくりと、歩き、私と、視線が合ったような気がした。山下君は、そのまま、先生に一礼をしてから、壇上にあがった。入学生一同が、ざわついていた。特に男子の声が、聞こえてきていた。

 山下君は、壇上の前に移動して、左右をゆっくりと見渡していた。

 「諸君、入学おめでとう。忘れられない三年間にするぞ」

 声を張り上げて言うと、ざわついていた男子が、立ち上がり、大声だった。

 「今月号のホットメンズに、載っているモデル」

 私は何のことかわからず、よねに聞いたが、右手を振っていた。ちゃこも同じであった。

 「おい、山下。勝手な事をするな、忘れなれない三年間ではなく、今日で終わりにしても良いのだぞ」

 男子生徒は大笑い。山下君も手を振り、笑いながら、壇上を降り、入学式が終わり、教室に戻った。男女とも話題は、山下君一点。教室に入り、席に着いた。名前の順で、男女一列ずつ。私達は、一番後ろの窓際であった。


 先生の話が始まり、教室は静かさを取り戻した。静けさが別の音を捉えてくる、オートバイの音、それも複数。暴走族が、校庭に侵入してきたのだ。校庭をぐるぐると回るオートバイ。何かを振り回していた。男の先生数名が、木の棒をもって走っていくのが目に入った。

 一人の先生が、倒れこんだ、同時に、私達も窓際に立って、校庭を覗く。私は怖かった。怖いのは私だけでなく、よねも、ちゃこも一緒であり、三人とも足が震えていながら、窓に手を添えていた。


 「しょうがないな」


 山下君は、立ち上がって、窓の方にやってきて、私を見ていた。ブレザーのボタンを、一つずつ外して、私に手渡した。

 「嘉織里、これ、持ってろ、行ってくる」

 え? また、呼び捨て、行ってくる? 窓を開けて、片足を枠に乗せて、飛び上がった。


 「え? ここ二階」


 山下君は、専門入り口の屋根の上に飛び降りて、さらに、飛び降り校庭に走って行った。倒れこんでいる先生に手をのばし、何か話して居るように見え、先生が頷いていた。落ちていた、木の棒を拾い上げて、暴走族たちに向かっていた。私は怖さと、何とも言えない、震えと、ドキドキしているのが、わかった。教室は、誰一人として、声が出ない。

 振り回されてる何かを、かわしているようで、入れ替わりで、木の棒が、暴走族を遠くに飛ばした。次々に、倒れこんでいく。オートバイは、校庭に倒れたままであった。さらに先生たちが増えて、暴走族はオートバイを、手で押して、校庭から出て行った。山下君と先生たちが話し合っているように見えた。倒れていた、先生を山下君はおんぶして、先生たちと、私の視界から消えて行った。

 担任の先生が、教室を出て行き、私達もはじめて、声が出ていない事に気が付いた。


 「怖かった、でも、凄いよね、一人で暴走族を退治しちゃった、山下君」
 「よねも、怖かったのね、一人でいくかね、普通?」


 私は、よねと、ちゃこに答えることができず、まだ、震えは止まらない。

 「嘉織里、大丈夫だよ、もう安心」

 ちゃこの声で、視線を上げることが出来、深呼吸をして落ち着いた。

 教室に、先生と、山下君が帰ってきた。男子生徒が拍手をしている。


 「俺がいる間は、何が起きても、大丈夫だ、安心しろ」


 山下君の声は、私に向けているように、思えた。