恋愛ごっこ

「お前、またやられたのか?」

 三年になってからと云うもの、気がつくと星名があたしの隣に居る事が多くなっていた。

「別に平気」

 ぐしゃり。と乱暴に頭を撫で付けられ、突如浮かび上がってきた慨視感に、あたしは星名の手から慌てて離れる。

「平気。――って顔、してねぇだろ」

「うるさいな。平気なものは平気なの。自分が自分を一番良く判ってるんだからさ。放って置いてよ」

 強い口調に、星名は薄く笑い「可愛くねぇな」と手を下ろした。

 放課後のオレンジ色は駄目だ。
 あたしを弱気にさせる。
 万年帰宅部だったあたしは、如月の部活動が終るのを、こんなオレンジ色をした教室で待っていた。去年まで。
 あの頃は、彼に対して確かな恋心を持っていなかったけれど、彼に恋をしたと自覚した途端に、それらはあたしの中で、鮮やかな記憶として変化を遂げた。

「部活、行きなよ。部長サン。そろそろ引退間近なんだから青春してきて」

「そうだな」

 答えながらも星名が動く気配は一向に無い。
 あたしは窓の外に視線を流した星名の横顔が橙色に染め上げられるのを眺め、内心で溜息をひとつ落とした。

 星名を見ていると、嫌でも如月があたしの隣に居た事を思い出させる。
 それなら何故、あたしが星名がこうやって隣に来る事を拒絶しないのか、と問われると、彼が何も聞かないから。と答えるしかない。

 聞かれないから、答えなくても良い。
 付かず離れずの距離。
 案外、こういうスタンスも居心地が良いのかもしれない。

 そんな事を考えている時点で、如月と星名を比較していると云うのに。
 あたしはそういった事実を頭からすっかり追い遣やっていた。

 如月の事を、早く忘れたかったのだ。
 あたしたちの過去の時間を、捨ててしまいたかった。

「それ、早いトコ冷やねぇと、明日腫れるぜ」
「腫れたら、休む」

 不貞腐れた返答に、星名は喉奥で笑い、また「可愛くねぇ」と答える。

「どーせ……もー、早く行っちゃってよ部活。大会近いじゃない」

「良く知ってるな」

「だって皆騒いでるし。今年こそ全国制覇なんでしょう」

「ああ」

「がんばれー」

 ひらひらとやる気無く手を振ると、肩を竦められる。

「だって、泣くだろ」

「―――は?」

「俺が居なくなったら、お前一人で泣くだろ?」

 濃茶の双眸が、吸い込まれそうな程近い。

「な……」

「一人で、泣かせたくないしな」

 ゆっくりと腕が持ち上げられる。
 冷たい指先が、腫れた右頬を優しく撫でた。

 あたしは、

「変わり者」

 そう答えるのが、精一杯だった。