恋愛ごっこ

 あれから少し経ち、星名とあたしの距離は、傍目には奇妙なほど縮まっていた。
 二人とも外部受験組であるため、選択授業ほぼ重なっていたのだ。
 移動教室や、時には学食でも、知らないうちに、星名率いる野球部のあの目立つ集団の輪の端に、あたしが組み込まれている事があった。
 星名自身が面白がってあたしを巻き込んでいる節があり、如月の姿を探しては目を逸らすのに必死だったあたしは、その強引さに抗う気力もなく流されていた。

 だが、そんな状況を面白く思わない人間がいるのは、火を見るより明らか。

「ちょっと、いい?」

 昼休み、予備校のテキストを開いていたあたしの机をコンコンと叩いたのは、派手なグループの女子三人組だった。
 星名の熱狂的なファンとして、学年でも有名な取り巻き達だ。
 連れてこられたのは、旧校舎の裏手。
 普段は誰も立ち入らない、じめじめとした場所。
 ものすごくわかりやすいシチュエーションに思わず笑ってしまう。

「最近、星名くんに馴れ馴れしいんじゃない?」

 リーダー格の、綺麗に巻かれた髪を揺らす女子が腕を組んであたしを睨みつける。

「別に。向こうが勝手に話しかけてくるだけだけど」

「はっ、調子乗ってんじゃないわよ。如月くんに振られたからって、今度は星名くんに色目使ってるわけ?」

 如月、という名前に、心臓が嫌な音を立てた。
 かさぶたを無理やり剥がされたような痛みが走る。
 けれど、ここで弱みを見せる気は毛頭なかった。

「色目? あたしが? 冗談はやめてよ。あんたたちみたいに、四六時中男のことで頭がいっぱいなわけじゃないの」

「なっ……!」

「大体、文句があるなら星名本人に言えばいいじゃない。『あたし以外の女に話しかけないで』って。言えないからって、こっちに八つ当たりしないでくれる?」

 真っ直ぐに見据えて言い返すと、彼女たちの顔が怒りで赤く染まるのがわかった。

「外部受験するからって、自分は特別だとでも思ってんの?」

「えっと、あたしの話し、聞いてるの?」

「聞いてるけど……」

 冷ややかな視線で彼女たちをぐるりと見渡した。
 馬鹿馬鹿しい。
 こんな不毛な嫉妬に付き合っているくらいなら、数学の公式を一つでも多く覚える方がよほど有意義だ。

「――恋愛云々でごちゃごちゃ言うほど暇じゃないの。あんたたちと違ってね」

 言い放った瞬間、張り手が飛ばされた。

 パァン、と乾いた音が響き、視界がぐらりと揺れる。
 火がついたような痛みが頬を駆け抜ける。

「……っ」

「あんたみたいな女、一番ムカつくのよ。次、星名くんに近づいたら、ただじゃおかないから!」

 吐き捨てるようにそう言い残し、彼女たちは足早に去っていった。

 一人残された裏庭で、あたしはジンジンと熱を持つ頬を押さえる。
 胸ぐらを掴んでやり返してやろうかとも思ったが、それすらひどく億劫だった。