冬の厳しい寒さがようやく緩み始め、風の中に微かに春の匂いが混じり始めた三月の上旬。
あたしの手の中にあるスマートフォンは、国立大学の合格発表サイトの画面を表示していた。
『サクラサク』なんて気の利いた電報が届く時代ではないけれど、画面に並んだゴシック体の『合格』の二文字を目にした瞬間、あたしは大きく息を吐き出して、そのまま予備校のロビーのソファに深く沈み込んだ。
第一志望、北海道の国立大学、合格。
この数ヶ月、何かに取り憑かれたように数学のテキストに向かい、逃げるように勉強に打ち込んしてきた日々が、ようやく一つの結実を迎えたのだ。
「――受かったか」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、いつものように涼しい顔をした星名が立っていた。
彼の手には、温かいミルクティーのペットボトルが二つ握られている。
「星名は?」
「当然だろ。俺を誰だと思ってんだ」
渡されたミルクティーを受け取ると、指先にじんわりと熱が伝わってきた。
星名も無事に、都内の難関私大に合格したらしい。
「おめでとう、星名。……あたしも、受かったよ」
「知ってる。お前の顔見りゃ一発でわかる」
星名はあたしの隣に腰を下ろすと、ふうっと長く息を吐いた。
「これで、お前ともお別れだな。春から、あんなクソ寒い北の大地に行くんだろ」
「クソ寒いは余計。美味しいものいっぱい食べてやるんだから」
軽口を叩き合いながらも、あたしの心の中には、確かな安堵と、そしてほんの少しの寂しさが入り混じっていた。
如月への想いを断ち切るために無我夢中で走り続けたこの一年間、星名という存在にはどれだけ救われたかわからない。
彼が適度な距離感であたしの隣にいてくれなかったら、あたしはもっと早くに心が折れて、立ち立ち止まってしまっていたかもしれない。
「ねえ、星名」
「ん」
「今まで、ありがとうね。なんか色々と……ボランティア、させちゃって」
あたしがからかうように言うと、星名はペットボトルを見つめていた視線をゆっくりとこちらに向けた。
その瞳の奥に、いつものような余裕のあるからかいの色はない。酷く真剣で、静かな、夜の海のような深さを持った目をしていた。
「……あのさ」
星名の声が、普段より一段低く響く。
ロビーの喧騒が、ふっと遠のいたような気がした。
「俺は、ボランティア精神で動くほど、お人好しじゃねぇよ」
「え……」
「一年間、隣にいて。お前が誰を見てるのか、誰を忘れようと必死になってるのか、ずっとわかってた。それでも、いつか俺の方を向くんじゃないかって、柄にもなく期待してた」
星名の手が伸びてきて、あたしの冷えた指先をそっと包み込んだ。
彼の手は、如月のようにゴツゴツとした大きな手ではなく、細くて長い、綺麗な手だった。
「俺にしとけよ」
それは、酷く真っ直ぐで、不器用で、だからこそ嘘偽りのない告白だった。
学年中の女子が憧れるような存在である星名が、初恋を持て余し、未練がましいあたしに向けてくれた、最大限の誠意。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
星名の手のひらから伝わる熱はとても温かくて、心地よくて。
この手を握り返せば、あたしはきっと、如月への叶わなかった想いも、惨めな後悔も、すべて忘れられるような気がした。
星名は絶対に、あたしを一人で泣かせたりしないだろう。
あたしの手の中にあるスマートフォンは、国立大学の合格発表サイトの画面を表示していた。
『サクラサク』なんて気の利いた電報が届く時代ではないけれど、画面に並んだゴシック体の『合格』の二文字を目にした瞬間、あたしは大きく息を吐き出して、そのまま予備校のロビーのソファに深く沈み込んだ。
第一志望、北海道の国立大学、合格。
この数ヶ月、何かに取り憑かれたように数学のテキストに向かい、逃げるように勉強に打ち込んしてきた日々が、ようやく一つの結実を迎えたのだ。
「――受かったか」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、いつものように涼しい顔をした星名が立っていた。
彼の手には、温かいミルクティーのペットボトルが二つ握られている。
「星名は?」
「当然だろ。俺を誰だと思ってんだ」
渡されたミルクティーを受け取ると、指先にじんわりと熱が伝わってきた。
星名も無事に、都内の難関私大に合格したらしい。
「おめでとう、星名。……あたしも、受かったよ」
「知ってる。お前の顔見りゃ一発でわかる」
星名はあたしの隣に腰を下ろすと、ふうっと長く息を吐いた。
「これで、お前ともお別れだな。春から、あんなクソ寒い北の大地に行くんだろ」
「クソ寒いは余計。美味しいものいっぱい食べてやるんだから」
軽口を叩き合いながらも、あたしの心の中には、確かな安堵と、そしてほんの少しの寂しさが入り混じっていた。
如月への想いを断ち切るために無我夢中で走り続けたこの一年間、星名という存在にはどれだけ救われたかわからない。
彼が適度な距離感であたしの隣にいてくれなかったら、あたしはもっと早くに心が折れて、立ち立ち止まってしまっていたかもしれない。
「ねえ、星名」
「ん」
「今まで、ありがとうね。なんか色々と……ボランティア、させちゃって」
あたしがからかうように言うと、星名はペットボトルを見つめていた視線をゆっくりとこちらに向けた。
その瞳の奥に、いつものような余裕のあるからかいの色はない。酷く真剣で、静かな、夜の海のような深さを持った目をしていた。
「……あのさ」
星名の声が、普段より一段低く響く。
ロビーの喧騒が、ふっと遠のいたような気がした。
「俺は、ボランティア精神で動くほど、お人好しじゃねぇよ」
「え……」
「一年間、隣にいて。お前が誰を見てるのか、誰を忘れようと必死になってるのか、ずっとわかってた。それでも、いつか俺の方を向くんじゃないかって、柄にもなく期待してた」
星名の手が伸びてきて、あたしの冷えた指先をそっと包み込んだ。
彼の手は、如月のようにゴツゴツとした大きな手ではなく、細くて長い、綺麗な手だった。
「俺にしとけよ」
それは、酷く真っ直ぐで、不器用で、だからこそ嘘偽りのない告白だった。
学年中の女子が憧れるような存在である星名が、初恋を持て余し、未練がましいあたしに向けてくれた、最大限の誠意。
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
星名の手のひらから伝わる熱はとても温かくて、心地よくて。
この手を握り返せば、あたしはきっと、如月への叶わなかった想いも、惨めな後悔も、すべて忘れられるような気がした。
星名は絶対に、あたしを一人で泣かせたりしないだろう。



