恋愛ごっこ

 誕生日を迎え、一つ歳を重ねて、あたしは嫌いな物が多くなった。
 放課後の色合いも嫌いだし、空調の効きすぎた部屋も嫌いだし、誰かの視線を意識する事も。

 ホームルームを終えた教室から押し出されるように廊下に出ると、散り始めた銀杏が目に飛び込んでくる。
 もうすぐ、一番嫌いな季節がやってくる。

「図書館寄らないのか」

 当たり前の様に掛けられた声に、あたしは首を横に振った。
 冬枯れの図書館前なんて、鬼門だ。

「そういう気分じゃない」

「ふうん」

 並んだ星名は考え込むように顎に手を当てる。

「じゃあさ」

 俺の家来いよ。

「やだ」

「即答するなよ」

「誤解されたら困るし」

「馬鹿だな、お前」

 瞳の奥に笑いを滲ませた星名の声は、呆れたようだった。

「そういう関係じゃ無ぇだろうが」

 思った以上に星名の声は、辺りに響いた。
 あたしたちの方を見て、何事かを囁きあっていた集団が、ぴたりとその口を閉じる。

「お前と俺」

 星名がなんでそんな台詞を吐いたのか、判ってしまった。
 尾鰭を付けて流れ始めた噂に、はっきりと答えを出してくれたのだ。

「うっわ、ボランティア精神旺盛」

 あたしの言葉に星名は軽く肩を竦めただけだった。

「相互扶助ってやつだろ。俺は数学を教える。お前は古典を教える。だいだい、俺たち受験生」

「たしかにね、立派な受験生です」

 あたしの呆れたような、でも少しだけ安堵の混じったからかいに、星名は軽く肩を竦めた。

「言ってろ。俺のボランティアは超高級だからな。高くつくぞ」

「はいはい。じゃあ駅前の自販機で、あったかいお茶でも奢りますよ」

「……缶コーヒーの微糖な」

「我儘だなぁ」

 クスクスと笑いながら並んで歩き出すと、さっきまで背中に突き刺さっていた周囲の好奇の視線は、もう嘘みたいに気にならなくなっていた。
 校舎の昇降口を抜けると、冷たい風が銀杏の匂いを運んでくる。
 一番嫌いな季節の気配なのに、隣を歩く星名のせいで、今日は少しだけ息がしやすかった。

 ポケットに手を突っ込んだまま歩く星名は、いつもより歩幅を狭めて、あたしの速度に合わせてくれている。
 何も聞かず、ただ隣にいて、雨が降れば当たり前のように、傘を差し出してくれる。

 この心地よい距離感に甘え続けてはいけないと、頭の片隅で小さな警鐘が鳴っていた。

 いつかちゃんと、彼とは向き合わなければならない日が来る。
 けれど、すっかり心の奥底まで、冷え切ってしまった今のあたしには、その温かい傘を突き返すだけの強さは、まだ残っていなかった。