隣の席のあいつには、見えないものが見えているらしい



 柔らかな風が窓から吹き込んでくる。瑞々しい緑の香りをふくんだぬるい春の風に、矢野奏汰(やのかなた)は眠りを誘われていた。
 5時限目の国語の授業は、食後のせいもあってより一層眠い。古文の活用も、先生の抑揚の無い説明も、全てが。

 ――ダメだダメだ、寝ちゃダメだ!

 慌てて目をぎゅっと瞑って大きく開く。てのひらのツボをぐいぐい押して覚醒をはかる。
 ちらっと右を見ると、机に左肘をついて顎を乗せ、目を閉じているクラスメイト・高城陽翔(たかぎはると)の姿が見えた。

 長めのさらりとした前髪が目を隠している。高い鼻の形はきれいで、閉じた目を彩るまつげは長い。デッサンのモデルになりそうだな、と奏汰は思った。

 美しいけれど骨太な美しさは、繊細な線よりはしっかりした線で描き出す方がいいだろう。骨張った大きな手とか、広い肩幅とかを描くには、鉛筆の芯は柔らかめがよさそうだ。思わずシャーペンでノートに落書きをしようとしていると……。

「……矢野、この文章を訳してみなさい」

「はひっ!?」

 急に名指しされ、奏汰は飛び上がりそうに驚いた。思わず声が裏返ってしまい、それに気付いた生徒たちがくすくすと笑う。
 50過ぎくらいの男性教師はにやりと笑い、「みんなも、気を抜かないようにな」と言った。

 どことなく弛緩した教室の雰囲気が、少しだけ引き締まる。けれど窓際の眠り王子が目覚めることはなかった。