君が忘れた物語

 転校初日から、彼の周りには人集(ひとだか)りができて身動きが取れなさそうだった。……なのに、それでも放課後にはなぜか「春木さん、また明日」なんて声をかけてきたり――しかも、席だって廊下側と窓際とかなり離れていて、意図しないと話す機会なんてない距離感なのに――二日目からは、彼が誰かと話している最中だとしても、私の姿を見つけるや、何かしらの言葉をかけてきたのだった。

 彼が転校早々からクラス内での立場を確立していたこともあって、教室の隅でじっとしているような私に対してそんな態度を取ってくるのは何かの嫌がらせか、もしくはあの目元の大アザに対する復讐(ふくしゅう)なのかとも思った。
 
 けど、何日か()った時に、こんな言葉が耳に入ってきた。

 『奏多ってよく春木さんに話しかけてるけど、元からの知り合いなの?』

 『俺は、あの子と純粋に仲良くなりたいんだ』

 先天的な持病のせいで必要以上に人と関わろうとしない私を、根暗だの、怖いだの、インキャだの言ってくる人は今まで何人もいたけど、彼は不思議だった。

 『うーん、俺からしたら春木さんの印象は、深窓の令嬢って感じ。きっとみんなと仲良くしたいけど、何か理由があってしづらいだけって見えるんだよなあ』

 そういう印象を抱かれたのははじめてだった。私なんてただの地味なだけの女なのに、彼は大袈裟(おおげさ)すぎる。

 ほとんど関わりはなく、ただのクラスメイトというだけなのに。少し初対面が印象的すぎただけだと言うのに。どうして私にそんな印象を抱いてくれるのだろう。

 彼のかける言葉に対して、彼が転校してきてからの二週間ほど、すべてを会釈で流していた私だったけど、今日はそうしなかった。気まぐれと言うには意識している自覚があって、だからきっと私は彼に対して興味を抱いているんだろう。

 「また明日ね!」
 
 爽やかな笑顔でそう言う彼。私とは住む世界の違う、キラキラと(まぶ)しいものだとは思うけど、返してみたくなったのだ。

 「うん、また明日ね」

 「……えっ? ああ、え? あっ、ありがとう!」

 ただの挨拶に対して、ありがとうなんて返答はおかしいだろうと、少し笑ってしまう。

 「返事、返ってきたな……」

 「俺、春木さんが笑ったのはじめて見たぞ」

 「春木さん……アリかも」

 彼の周りにいる男子たちがザワザワと口々に言っていたけど、気にしない。私の興味は彼にあったから。
 
 大層(うれ)しそうに破顔する彼がいて、なんだかその彼の姿が心地の良いものに思えて。

 だから、それからはちゃんと返事をするようになったのだった。