君が忘れた物語

 先週と同じカフェでミルクティーを啜りながら、私が(いぶか)し気な視線を向けると、申し訳なさそうにしつつもどうしてか目を合わせてくれない。いつも話す時は真っ直ぐ目を向いて話してくれるような誠実な人なのに。

 そして、いくら自由人といっても、自分の仕事に対してそこまで自分勝手になるなんてことはないのではないかと思ってしまう。それこそ、俊くんが慕って尊敬しているくらいのお姉さんなのだから。

 「もしかして、俊くん(うそ)ついてる?」

 「……いや、なにを」

 「目が泳いでるよ。いつもの笑顔もぎこちないし、正直ちょっと変」

 「…………」

 観念したように項垂(うなだ)れて黙ってしまった。

 「なんというか、誘ってくれれば俊くんとの時間は作るよ?」

 自惚(うぬぼ)れているようなことを言っている自覚はあるが、私にはそうとしか考えられなかった。私との時間を増やすために、わざわざお姉さんの存在を出して、予約していた時間分を一緒に過ごそうとしているのではないかと邪推したのだ。

 「へ……?」

 爽やか、誠実、そんな言葉が似合う彼にしては間の抜けた声が出た。

 「え? 私との時間を作るために、変な嘘をついてるんじゃないの?」

 「あ、そう、か、そう見えるのか……、なるほど、はは、そうだよね」

 苦虫を噛み潰しながらも無理をして笑おうとしているような、不器用な笑みを浮かべながら、彼は続ける。

 「俺と、聖地に行く旅行は、やっぱりまだ抵抗ある?」

 どうして今その話を持ってくるのだろう。そうは思ったものの、やはり真剣さは伝わってくるその瞳に素直に返答する。

 「そう、だね。行ってみたい気持ちがあるのは間違いないんだけど、まだはっきりと一緒に行こうとは言えない、かな」

 申し訳なさと傷つけたくない気持ちが相まって、またも少し曖昧に返答してしまう。

 でも、俊くんは私の言葉を聞くと、むしろ表情を軽やかなものにしていた。これは、なにかを諦めた人の表情だと、私は知っている。鏡の前で何度だって見た表情だった。

 「そっか。……ごめんね、瑚子さんに嘘ついているって指摘はその通りだよ」

 「え……」

 「大丈夫、ちゃんとカウンセリングの予約はしているんだ、ただ俺のわがままで行かせたくないだけだった。でも、それじゃだめだってわかったから」

 「どういう……?」

 「だから、今から一緒に姉貴のところに行こう」

 彼の言葉の真意が汲み取れなくて、ただ彼についていくしかなかった。

 電車を乗り継ぎ、都内の病院に辿り着く。お姉さんは、学校の非常勤カウンセラーと病院での勤務を両立しているらしかった。

 時刻は十六時五三分。予定の時間にギリギリ間に合った。

 俊くんはよく来ているのか、顔見知りの看護師さんやカウンセラーさんがいるらしくて挨拶をしている。受付をし終えた私はじっと待合所の椅子に腰を下ろして佇んでいた。

 ――その時だった。

 病院の奥からゆっくりと歩いてきて、自動販売機で飲み物を買っている人に、自然と視線が逸れる。

 「…………っ!!」

 その人物を見て、衝動的に立ち上がり、手を伸ばしてしまう。気づけば口をパクパクと開閉を繰り返している。

 言葉が出なかった。

 いきなりのことに脳の処理が追いついていないようだった。

 私の視界には、いや世界には、もう他のものなんて映っていなかった。

 目の前の情報だけ、ようやく飲み込んで理解する。

 そして、ゆっくりとあらためて口を開いて、その名前を呼んだ。


 「――――奏多?」