君が忘れた物語

 はじめて感じる幸せが、心の隅々までもを満たしていた。距離は遠く、頻繁には会えない。
 
 けれど、この充足感は()せることなく幸福という気持ちを抱かせ続けてくれている。
 
 私と奏多の関係は、極めて順調だった。 

 抱き合った後、帰宅した私の両親に奏多はあらためて挨拶して、真っ直ぐに恋人だと名乗ってくれた。 

 身体の繋がりは、思っていた以上に心と直結していて、あの日以来、変に不安を抱くことはなくなった。 

 私ははじめてで、奏多もはじめてだった。その事実にホッとしつつ、私は自分から迫ったことを今さらのように思い出す。 

 奏多は明らかに迷っていた。私自身がそういう目で見るには魅力が足りないのか、とも考えたけど、キスを交わしただけで彼の身体は素直だった。だから、理由は私の症状のことを気にしているからだと、すぐに理解した。その気持ちを付き合ってから二年間も我慢 させていることが、健全な付き合いを育んでいく上でも、お互いの心を通わせる上でも、いい訳がなかった。

 私ではなく私の症状ばかり見られるのも嫌だったし、なにより私のことを大切にしてくれる余り、自分の気持ちを押し殺したり大切にできなくなる奏多を見るのが嫌だった。

 だから、夏目さんに相談したり、両親に都合をつけてもらってまで、奏多に断られないための場所を整えたりもした。

 残りやすい刺激的な記憶を気にするあまり、異性がいる場合は夏のプールですら避けていたから、好きな人の前で服を脱ぐなんて考えられるものですらなかった。なのに、その時の私の中に抵抗感なんて一切なかった。服の内側に入ってくる奏多の手が嬉しかったし、その場で脱ぐことも、触れ合うことも、すべてがそうするべき自然なことのように思えた。

 終えた後にする素肌同士での密着の心地よさと、(だる)さを引きずって結局手軽に作ったカップラーメンの美味しさが、やけに印象に残った。