君が忘れた物語


 「奏多くん、でいいかしら? いらっしゃい!」

 緊張の募る約一時間のドライブを終えると、次には瑚子のお母さんが満面の笑みを(たた)えてそう出迎えてくれた。

 造形は瑚子に似て綺麗で、その上とても明るい印象を覚える若々しいお母さんだった。

 「いきなりお邪魔してしまってすみません。お誘いありがとうございます」

 お父さんの圧を感じる無言の長かった車の中で必死に考えていた言葉を、言い間違えないよう気をつけながら口にした。

 「あらあら、しっかりしてるのねぇ」

 そのお母さんの反応に、変なことを言ったわけではないのだと安心しつつ、招きに応じて家へとお邪魔する。車が二台駐車されている大きな庭と、敷地の広い二階建ては、田舎ならではの一軒家であり、内装も木目が活かされている温かなものだ。リビングには腹の虫を刺激するカレーの匂いが漂っていて、眩しすぎないオレンジ色の照明が心地の良い空間を支えていた。

 これこそ、俺の思い描く理想の家庭像だった。

 「奏多くん、車ではお父さんも瑚子も黙りこけてたんだってー? ごめんね、ふたりとも緊張しちゃってたみたいで」

 そんなことを言いつつ、お母さんはお父さんと瑚子、それぞれから送られてきていたメッセージを見せてくれた。

 【赤信号で止まると余計になにを話せばいいのかわからなくなる。そもそも瑚子の恋人なのだろうか。なにか空気が軽くなる話題とかないだろうか……】

 【お父さんが機嫌悪いのか緊張してるのか、全然喋らなくて気まずいんだけど、どうしよう!?】

 ふふふ、と微笑むお母さんとは対照的に、メッセージを見せられて動揺している瑚子とお父さんは、同じようにそっぽを向いて誤魔化しているみたいだった。

 あぁ、これが家族なんだな。

 そんなことを思いつつ、お母さんが主導権を握ったことで柔らかくなった空気の中で、「俺もめっちゃ緊張しましたよ!」なんて言って笑った。