彼女の言葉を耳にし、いつか聞いたことわざを思い出す。
母親がいつも言っていたこと。
「困っている人がいれば、できる限り力になりなさい。情けは人の為ならずってね」
それを聞いて思わず訊ねた。
「人の為にならないって、迂闊に手伝うとその人のためにならないってことじゃないの?自主性を養うためにも、自分の力でどうにかしなさいって」
母親は笑いながら首を横に振った。
「そんな健全な思考ではないんだよね。これは、他人に親切にすれば、廻り回って自分に返ってくるという意味」
「打算的過ぎる・・・」
そう言いながらも、母親は困った人が見過ごせない人だから、困っている人がいれば100パーセント手を差し伸べる。今も昔も、それは変わらない。
「―――――で、こうして息子に返ってきたってことなんだな」
思わず苦笑いしながら漏らした言葉に、彼女が反応する。
「え、どうかしましたか?」
「あ、いえ。ありがとうございます。大事に使わせて頂きますね」
そう答えると、彼女は満面の笑みで頷いた。
今、こうして受けた親切は、他の誰かを助けることで返そう。そうしているうちに、彼女の元に返るだろう。
南の空を見ると、徐々に雨雲が近くなっていた。迷走期間が終わり、北に向かって速度が上がったのかも知れない。
手渡された合羽に着替え、バイクの元に移動する。彼女の父親と同程度の体格なのか、合羽はちょうど良い具合だった。シートに跨り、キックスターターに足を乗せる。かぶってエンジンが掛からないという結果だけは避けたいところだ。
1回目のキックではエンジンが掛からなかった。
2回目のキックでもブルルンという湿った音がしただけ。
3回目のキックは体重を乗せ、思い切り踏み込む。小気味良い振動が身体を震わせる、派手に転げたものの、問題なく走れそうだ。
黒雲と雷鳴を背にし、ヘルメットを被ると再度彼女に頭を下げた。
「お世話になりました」
晴れの方向に向かって走り出す。別に晴れを追い掛けている訳ではないが、偶然にも台風の向かう方向が同じなのだ。まだまだ、時速40キロ以上で走れば、まだ追い付かれることはないはずだ。
バックミラーで後方を確認すると、彼女が振り返りもしないのに手を振っていた。それが見えた瞬間、反射的に大きく左手を振った。
変わらず、道路の状態は最悪だった。
台風の目の中にいるということは、ついさっきまで最強の暴風雨に晒されていたとうことだ。台風情報で流れている瞬間最大風速以上の暴風が吹き荒れ、本当の意味での横殴りの豪雨が降り続いていたのだ。電柱が斜めになり、至る所の街路樹が折れた枝を撒き散らしているのも仕方が無いと言える。
ただ、バイク乗りにとっては危険がいっぱいだ。また派手に転ぶと、さすげにもう助けてくれる人はいないと思う。
現在走っている峠道を越えると隣街に到着する。そこま辿り着けば、目標の半分ほどを走破したことになる。峠道の頂上付近でバイクを停めて振り返ると、思ったほど境界線が遠ざかっていないことに気付いた。
合羽のファスナーを下ろし、懐からスマートフォンを取り出す。天気予報を確認しておく必要があるからだ。
当たり前のことであるが、いつまでも台風と進行方向が同じという可能性は低い。それに、台風は一定の緯度を過ぎた瞬間、偏西風に乗って速度を増すことが多い。同時に、どこかに上陸した台風は一気に勢力が衰える傾向がある。その場合、勢力の強さによってできる台風の目は消滅してしまう。
一度雲の切れ目を確認し、スマートフォンの画面に視線を落とした。
雨雲レーダーを見ると、まだ台風の目はハッキリと確認できた。しかも、現在位置はバッチリ目の中だった。しかも、予想進路はまっすぐに目的地を通過している。
「よし!!」
台風が直撃するなど災害以外の何ものでもないが、不謹慎にもガッツポーズをしてしまう。
しかし、嬉しい情報ばかりではなかった。数時間前に確認したときよりも、中心付近の気圧が970ヘクトパスカル、瞬間最大風速30メートルと急激に勢力を落としている、しかも、移動速度も時速30キロとかなり速くなっていた。しかも、気象衛星からの映像を見ると、台風自体の雲も崩れ始めていて、中心付近も周囲の雲と混ざっているように見えた。
スマートフォンを元に戻し、合羽のファスナーを上げる。
そして、同時に天を仰いだ。
出発した頃の快晴ではなく、あきらかに雲が増えている。
円の輪郭が曖昧になった気がする。
強めの風が吹き、どこからか雨粒を運んできた。
「はあ・・・」
大きく息を吐き出す。
坂の下に見える街には、連絡をしてきた姉が住んでいる。もし、まだ自宅にいるようであれば、合流することも考えた方が良いかも知れない。姉はバイクではなく軽自動車に乗っているため、少々の雨であれば問題ない。
前傾姿勢になるとスロットルを回す。
とにかく、今のうちに先に進む。
道路に横たわる倒木を避け、1メートルほどの高さまで折れ曲がった竹を屈んでやり過ごし、激流になった道路を慎重に進んで峠道を下り切る。
目の前に閑散とした街並みが広がった。
母親がいつも言っていたこと。
「困っている人がいれば、できる限り力になりなさい。情けは人の為ならずってね」
それを聞いて思わず訊ねた。
「人の為にならないって、迂闊に手伝うとその人のためにならないってことじゃないの?自主性を養うためにも、自分の力でどうにかしなさいって」
母親は笑いながら首を横に振った。
「そんな健全な思考ではないんだよね。これは、他人に親切にすれば、廻り回って自分に返ってくるという意味」
「打算的過ぎる・・・」
そう言いながらも、母親は困った人が見過ごせない人だから、困っている人がいれば100パーセント手を差し伸べる。今も昔も、それは変わらない。
「―――――で、こうして息子に返ってきたってことなんだな」
思わず苦笑いしながら漏らした言葉に、彼女が反応する。
「え、どうかしましたか?」
「あ、いえ。ありがとうございます。大事に使わせて頂きますね」
そう答えると、彼女は満面の笑みで頷いた。
今、こうして受けた親切は、他の誰かを助けることで返そう。そうしているうちに、彼女の元に返るだろう。
南の空を見ると、徐々に雨雲が近くなっていた。迷走期間が終わり、北に向かって速度が上がったのかも知れない。
手渡された合羽に着替え、バイクの元に移動する。彼女の父親と同程度の体格なのか、合羽はちょうど良い具合だった。シートに跨り、キックスターターに足を乗せる。かぶってエンジンが掛からないという結果だけは避けたいところだ。
1回目のキックではエンジンが掛からなかった。
2回目のキックでもブルルンという湿った音がしただけ。
3回目のキックは体重を乗せ、思い切り踏み込む。小気味良い振動が身体を震わせる、派手に転げたものの、問題なく走れそうだ。
黒雲と雷鳴を背にし、ヘルメットを被ると再度彼女に頭を下げた。
「お世話になりました」
晴れの方向に向かって走り出す。別に晴れを追い掛けている訳ではないが、偶然にも台風の向かう方向が同じなのだ。まだまだ、時速40キロ以上で走れば、まだ追い付かれることはないはずだ。
バックミラーで後方を確認すると、彼女が振り返りもしないのに手を振っていた。それが見えた瞬間、反射的に大きく左手を振った。
変わらず、道路の状態は最悪だった。
台風の目の中にいるということは、ついさっきまで最強の暴風雨に晒されていたとうことだ。台風情報で流れている瞬間最大風速以上の暴風が吹き荒れ、本当の意味での横殴りの豪雨が降り続いていたのだ。電柱が斜めになり、至る所の街路樹が折れた枝を撒き散らしているのも仕方が無いと言える。
ただ、バイク乗りにとっては危険がいっぱいだ。また派手に転ぶと、さすげにもう助けてくれる人はいないと思う。
現在走っている峠道を越えると隣街に到着する。そこま辿り着けば、目標の半分ほどを走破したことになる。峠道の頂上付近でバイクを停めて振り返ると、思ったほど境界線が遠ざかっていないことに気付いた。
合羽のファスナーを下ろし、懐からスマートフォンを取り出す。天気予報を確認しておく必要があるからだ。
当たり前のことであるが、いつまでも台風と進行方向が同じという可能性は低い。それに、台風は一定の緯度を過ぎた瞬間、偏西風に乗って速度を増すことが多い。同時に、どこかに上陸した台風は一気に勢力が衰える傾向がある。その場合、勢力の強さによってできる台風の目は消滅してしまう。
一度雲の切れ目を確認し、スマートフォンの画面に視線を落とした。
雨雲レーダーを見ると、まだ台風の目はハッキリと確認できた。しかも、現在位置はバッチリ目の中だった。しかも、予想進路はまっすぐに目的地を通過している。
「よし!!」
台風が直撃するなど災害以外の何ものでもないが、不謹慎にもガッツポーズをしてしまう。
しかし、嬉しい情報ばかりではなかった。数時間前に確認したときよりも、中心付近の気圧が970ヘクトパスカル、瞬間最大風速30メートルと急激に勢力を落としている、しかも、移動速度も時速30キロとかなり速くなっていた。しかも、気象衛星からの映像を見ると、台風自体の雲も崩れ始めていて、中心付近も周囲の雲と混ざっているように見えた。
スマートフォンを元に戻し、合羽のファスナーを上げる。
そして、同時に天を仰いだ。
出発した頃の快晴ではなく、あきらかに雲が増えている。
円の輪郭が曖昧になった気がする。
強めの風が吹き、どこからか雨粒を運んできた。
「はあ・・・」
大きく息を吐き出す。
坂の下に見える街には、連絡をしてきた姉が住んでいる。もし、まだ自宅にいるようであれば、合流することも考えた方が良いかも知れない。姉はバイクではなく軽自動車に乗っているため、少々の雨であれば問題ない。
前傾姿勢になるとスロットルを回す。
とにかく、今のうちに先に進む。
道路に横たわる倒木を避け、1メートルほどの高さまで折れ曲がった竹を屈んでやり過ごし、激流になった道路を慎重に進んで峠道を下り切る。
目の前に閑散とした街並みが広がった。



