通り雨みたいな恋だった

それから。

 少しずつ、変わっていった。

 何が、って聞かれたらうまく言えないけど。

 距離とか。
 空気とか。
 言葉の温度とか。

 全部が、ほんの少しだけ。

 放課後。

 教室を出るとき、自然と目があの人を探す。

 もう隠す気もないくらい、当たり前に。

 見つけると、安心する。

 いないと、少しだけ不安になる。

 それが普通になっていることに、自分で驚く。

「帰る?」

 声をかけられる前に、先に言われる。

「……帰る」

「じゃあ行こ」

 やっぱり、当たり前みたいに。

 その一言だけで、全部決まる。

 自転車置き場。

 何も言わなくても、後ろに乗る。

 それを止めることも、もうしない。

 しなくなった。

 理由は、考えないようにしている。

 走り出す。

 風が少しだけ暖かくなってきている。

 季節が変わり始めているのが分かる。

 その変化と同じくらい。

 この距離も、変わっている気がした。

「今日さ」

 後ろから声。

「なに」

「なんか機嫌よくない?」

「普通」

「嘘」

 即答される。

「分かりやすい」

「分かりやすくない」

「分かりやすいって」

 少しだけ笑う気配。

 それが背中越しに伝わる。

 近い。

 前よりも、ずっと。

「なんで機嫌いいの」

「よくないって言ってる」

「じゃあなんでそんな速いの」

「別に」

 自分でも分かってる。

 少しだけ、楽しいと思っていること。

 この時間が、嫌じゃないどころか。

 ちゃんと好きになりかけていること。

 信号で止まる。

 赤。

 ゆっくりとブレーキをかける。

 静止した瞬間、後ろの気配がはっきりする。

 動いているときよりも、ずっと近い。

 息がかかりそうな距離。

 でも、触れない。

 そのギリギリ。

「なあ」

 少しだけ低い声。

「なに」

「ほんとに嫌じゃない?」

 一瞬、時間が止まる。

 何を聞かれているのか、分かっているのに。

 すぐに答えられない。

(嫌じゃない)

 本当は。

 むしろ——

 そう思っているのに。

 言えない。

「……別に」

 曖昧に返す。

 逃げるみたいに。

 でも。

「ふーん」

 短い返事のあと。

 ほんの少しだけ。

 距離が近くなった気がした。

 触れてはいない。

 でも、確実に近い。

 信号が変わる。

 また走り出す。

 心臓の音がうるさい。

 さっきの言葉が、ずっと残っている。

(嫌じゃないよ)

 言えなかった言葉。

 本当は、ちゃんとあったのに。

 飲み込んでしまった言葉。

 そのまま、いつもの場所まで走る。

「ここでいい」

 止まる。

 後ろの重みが消える。

 軽くなる。

 でも。

 少しだけ、戻りたくなる。

 さっきの距離に。

「ありがと」

「……うん」

「またな」

 いつものやり取り。

 でも今日は、少しだけ違う。

 さっきの会話のせいで。

 一人になる。

 走り出す。

 風が頬に当たる。

 少しだけ暖かい。

(……勘違いでもいい)

 ふと、そう思ってしまう。

 本当じゃなくてもいい。

 ただの気まぐれでもいい。

 意味なんてなくてもいい。

 この時間が、少しでも特別なら。

 それでいいって。

 その考えが、一番危ないって。

 あとで気づくことになるのに。