通り雨みたいな恋だった

 あの人が近くにいない日が、続いた。

 一日だけじゃなくて、二日、三日。

 話しかけてくることもないし、帰り道で待ってることもない。

 教室にはいる。
 普通に笑ってるし、友達とも話してる。

 ただ、私には来ない。

 それだけ。

 それだけなのに——

(……なんで)

 落ち着かない。

 静かすぎる。

 前までは、それが普通だったはずなのに。

 何もなかった距離に戻っただけなのに。

 それが、変に感じる。

 授業中、ふと前を見る。

 あの人はいつも通り。

 ノートも適当で、先生に当てられても軽く流して。

 笑ってる。

 何も変わってない。

 変わったのは、こっちだけみたいだった。

 視線を外す。

 見てる意味なんてないのに。

 でも、見てしまう。

 そのたびに、少しだけ苦しくなる。

 理由は分かってる。

 でも、認めたくない。

 昼休み。

 友達が笑いながら言う。

「最近、あの人と話してなくない?」

 ドキッとする。

 そんなつもりはなかったのに。

 気づかれてると思わなかった。

「別に、もともと話してないし」

「えー、なんかよく絡まれてたじゃん」

「からかわれてただけ」

「あー、それね」

 軽く流される。

 それで終わるはずの会話なのに。

 なぜか、引っかかる。

 “からかわれてただけ”

 自分で言ったのに。

 それで納得できるはずなのに。

 胸の奥が、少しだけざわつく。

 放課後。

 今日は、少しだけ雨が降っていた。

 強くはない。
 でも、傘をささないと濡れるくらい。

 昇降口で立ち止まる。

 どうしようか考えていると、周りの人は当たり前みたいに傘を開いていく。

 私もカバンから傘を出す。

 そのとき。

 少しだけ視線を感じて、顔を上げた。

 あの人だった。

 少し離れた場所で、こっちを見ている。

 一瞬だけ、目が合う。

 でも、すぐに逸らされる。

 何も言わない。

 何もしてこない。

 ただ、それだけ。

(……なんで)

 話しかけてくればいいのに。

 前みたいに。

 近くに来ればいいのに。

 ——そう思った瞬間、自分で驚く。

 何を思ってるんだろう。

 関わりたくなかったはずなのに。

 避けたかったはずなのに。

 なのに、今は逆のことを考えてる。

 意味が分からない。

 外に出る。

 雨の音が、静かに広がっている。

 アスファルトに落ちる小さな音。

 少しだけ湿った空気。

 自転車置き場まで歩く。

 鍵を外して、ハンドルを握る。

 そのまま帰ろうとして——

 ほんの一瞬だけ、止まる。

 振り返りそうになる。

 でも、やめる。

(いいし)

 関係ないし。

 もう、気にしないって決めたし。

 そう思って、前を向く。

 ペダルに足をかける。

 そのとき——

 背中に、ほんの少しだけ気配を感じた。

 振り返る前に、それは消える。

 ただの気のせいかもしれない。

 そう思って、そのまま走り出す。

 雨の中を、少しだけ速く。

 逃げるみたいに。

 分からないままでいいと思っていた。

 理由も、距離も、気持ちも。

 全部、曖昧なままで。

 そのほうが楽だから。

 そのほうが、傷つかないから。

 でも——

 その曖昧さが、一番残るなんて。

 そのときの私は、まだ知らなかった。