通り雨みたいな恋だった

あの人との距離は、相変わらずよく分からない。

 近いときは、やけに近いのに。
 離れるときは、びっくりするくらいあっさり離れる。

 それが普通みたいに繰り返される。

 意味なんて、たぶんない。

 ただ、そのときの気分で動いてるだけ。

 ——そう思ってるのに。

 どうしても、引っかかる。

「おはよ」

 朝、教室に入ると、先に来ていたあの人が軽く手を上げた。

 一瞬、誰に言ってるのか分からなかった。

 だって、今までこんなことなかったから。

「……え?」

「何その反応」

「いや、誰に言ってるのかと思って」

「お前に決まってるだろ」

 当たり前みたいに言われて、言葉が止まる。

 そのまま、何も返せなくなる。

「無視かよ」

「無視じゃない」

「じゃあ何」

「びっくりしただけ」

「そんなことで?」

「そんなことだから」

 自分でもよく分からない言い訳をして、席に座る。

 心臓が少しだけうるさい。

 たった一言なのに。

 それだけで、なんでこんなに引っかかるんだろう。

 授業中も、なんとなく意識してしまう。

 前の席にいる背中。

 時々、振り返りそうになる気配。

 実際には振り返らないのに、なんとなく分かる。

 そういうのが、少しずつ増えている気がする。

 気のせいかもしれないけど。

 でも。

 全部を“気のせい”で片付けるには、ちょっと多すぎる。

 昼休み。

 友達と話していると、後ろから椅子を軽く蹴られた。

「なに」

 振り返ると、あの人が立っている。

「これ、落とした」

 差し出されたのは、私の消しゴム。

「……ありがとう」

「さっきから足元にあった」

「気づかなかった」

「だろうな」

 それだけ言って、戻っていく。

 すぐに、何事もなかったみたいに友達と話し始める。

 特別なことなんて、何もない。

 ただ拾っただけ。

 それだけ。

 なのに。

 なぜか、その消しゴムをしばらく使えなかった。

 なんとなく、変な感じがして。

(私だけなのかな)

 ふと、そんなことを思う。

 こうやって話しかけてくるのも。
 距離が近いのも。
 目が合うのも。

 全部、私だけなのか。

 それとも、他の人にも同じなのか。

 分からない。

 確かめるのが、ちょっと怖い。

 放課後。

 今日は、あの人は来なかった。

「一緒に帰る?」も、「途中まで」も、何もない。

 あっさりとした放課後。

 それが、普通のはずなのに。

(……こんな感じだったっけ)

 少しだけ、違和感が残る。

 静かすぎる帰り道。

 昨日まであった気配が、急に消えたみたいで。

 それが、少しだけ気になる。

 自転車を押しながら、いつもよりゆっくり歩く。

 空は今日も曇っている。

 でも、雨は降っていない。

 中途半端な天気。

 はっきりしない感じが、少し似ていると思った。

 あの人との距離みたいで。

(別にいいのに)

 関係ないし。

 いなくても困らないし。

 むしろ、そのほうが楽なはずなのに。

 なのに。

 少しだけ、物足りないと思ってしまう。

 その感情に気づいて、すぐに目を逸らす。

 考えないようにする。

 考えたら、きっと面倒なことになるから。

 そのときはまだ、分かっていなかった。

 この“少しだけ”が、あとでどんどん大きくなることを。

 戻れなくなるくらいに、積み重なっていくことを。

 そして——

 あの人が、何の前触れもなく、私の後ろに乗ってくる日が来ることを。