通り雨みたいな恋だった

それから。

 あの人と一緒に帰ることは、なくなった。

 放課後。

 チャイムが鳴る。

 前までは、その音が合図みたいだった。

 “帰り”が始まる合図。

 今は違う。

 ただの、終わりの音。

 教室を出る。

 まっすぐ歩く。

 振り返らない。

 後ろから声がかかることも、もうない。

 最初の数日は。

 それが少しだけ不自然だった。

 来ないはずなのに。

 来る気がしてしまう。

 足が少しだけ遅くなる。

 ほんの一瞬だけ、待ってしまう。

 でも。

 何も起きない。

(……当たり前)

 分かってる。

 自分で終わらせたんだから。

 それでも。

 体が覚えている。

 あの距離を。

 あのタイミングを。

 自転車置き場。

 鍵を外す。

 ハンドルを握る。

 一人で乗る。

 軽い。

 前よりも、ずっと軽い。

 なのに。

 少しだけ、不安定に感じる。

 走り出す。

 風が当たる。

 同じ道。

 同じスピード。

 でも。

 後ろには、誰もいない。

 その“いない”が。

 やけに大きい。

(こんなに静かだっけ)

 前からずっと、一人だったはずなのに。

 あの時間があったせいで。

 それが“普通”じゃなくなっていた。

 信号で止まる。

 赤。

 ふと、思う。

(ここで、なんか話してたな)

 くだらないこと。

 意味のない会話。

 思い出したくないのに。

 勝手に浮かぶ。

 笑った声。

 近かった距離。

(……やめて)

 頭の中で止める。

 でも、止まらない。

 青に変わる。

 また走り出す。

 少しだけスピードを上げる。

 振り切るみたいに。

 家に着く。

 玄関を開ける。

「ただいま」

 いつも通りの声。

 いつも通りの空気。

 何も変わらない。

 なのに。

 部屋に入ると、少しだけ静かに感じる。

 ベッドに座る。

 スマホを見る。

 連絡先、知らない。

 最初から。

 最後まで。

(……変なの)

 あんなに一緒にいたのに。

 あんなに近かったのに。

 何も知らない。

 名前と、顔と、声くらい。

 それだけ。

 それだけなのに。

 こんなに残ってる。

 目を閉じる。

 浮かぶのは。

 後ろに乗ったときの重み。

 風の音。

 「またな」って声。

(……なんで)

 嫌いになったはずなのに。

 全部、ちゃんと覚えてる。

 消えてくれない。

 次の日も。

 その次の日も。

 同じ。

 会話はない。

 距離もない。

 ただのクラスメイト。

 それなのに。

 廊下ですれ違うと、少しだけ呼吸が止まる。

 目が合いそうになる。

 でも、逸らす。

 あの人も、何も言わない。

 それでいい。

 それが正しい。

 なのに。

(ちょっとだけでいいから)

 思ってしまう。

 もう一回だけ。

 あの距離に戻れたらって。

 すぐに否定する。

(ありえない)

 そんなの、無理に決まってる。

 もう終わったんだから。

 全部。

 それでも。

 完全には消えない。

 あの時間は、確かにあって。

 ちゃんと存在していて。

 今も、ここに残っている。

 消そうとしても、消えないくらいに。

 それが。

 少しだけ、悔しかった。

 そして。

 少しだけ、大切だと思ってしまう自分がいることが。

 一番、いやだった。