通り雨みたいな恋だった

好きになりかけている。

 そう思った日から、少しだけ世界が変わった。

 同じ景色なのに、少しだけ違って見える。

 同じ会話なのに、少しだけ意味が変わる。

 放課後。

 いつも通り、あの人を探す。

 見つける。

 少しだけ安心する。

(今日も、ある)

 この時間。

 この距離。

「帰る?」

 声がする。

 振り返る。

 いつもの顔。

「……帰る」

 少しだけ、柔らかく返す。

 前よりも、自然に。

 自転車置き場。

 鍵を外す。

 何も言わなくても、後ろに乗る。

 もう、それが普通。

 走り出す。

 風が少し暖かい。

 夕方の空が、やけにきれいに見える。

「今日さ」

 後ろから声。

「なに」

「なんか嬉しそう」

「別に」

「嘘」

 すぐに言われる。

 前と同じやり取り。

 でも。

 今日は、少しだけ違う。

「なんかあった?」

 軽く聞いてくる。

 いつもみたいに。

「……別に」

 そう返す。

 本当は言える。

 理由も分かってる。

(あんたのせい)

 って。

 でも、言わない。

 言えない。

 そのとき。

「今日さ、あいつとまた話した」

 一瞬、息が止まる。

「……へえ」

 なんとか返す。

 平然を装う。

「なんかさ、あいつ面白いよな」

 軽い声。

 楽しそうに。

 頭の中が、少しずつ冷えていく。

(……なんで)

 その話をするのか。

 わざわざ。

 今、この距離で。

「そうなんだ」

 それだけ返す。

 それ以上は何も言えない。

「お前とも、あいつとも、なんか楽だわ」

 その一言で。

 全部、分かってしまった。

(……同じなんだ)

 私も。

 あの子も。

 同じ。

 特別じゃない。

 何も違わない。

 ただ、たまたま近くにいるだけ。

 それだけ。

 心臓の音が、少しだけ変わる。

 さっきまでの速さじゃなくて。

 少し重くて、鈍い音。

 風が、急に冷たく感じる。

「なあ」

 後ろから声。

「ほんとに嫌じゃない?」

 また、その質問。

 何度も聞かれた言葉。

 でも。

 今日は、少しだけ違う。

(……嫌だよ)

 初めて、そう思う。

 この距離も。

 この時間も。

 全部。

 少しだけ、苦しい。

「……別に」

 それでも、同じ答え。

 変えられない。

 変えたら、終わりそうで。

「そっか」

 短い返事。

 それだけ。

 でも。

 そのあと、距離は変わらない。

 近くもならない。

 ただ、同じまま。

 それが、さっきよりも遠く感じた。

 そのまま、いつもの場所まで走る。

「ここでいい」

 止まる。

 後ろの重みが消える。

「ありがと」

「……うん」

「またな」

 いつもの言葉。

 でも。

 もう、同じ意味には聞こえなかった。

 一人になる。

 自転車にまたがる。

 走り出す。

(同じじゃなかった)

 最初から。

 ずっと。

 私だけが、違っていた。

 この距離を。

 この時間を。

 特別だと思っていたのは。

 私だけだった。

 それを認めた瞬間。

 少しだけ、何かが崩れた。

 でも。

 まだ、やめられなかった。

 それが、もっと苦しくなるって。

 分かっているのに。