通り雨みたいな恋だった

 もう、分かっている。

 この距離は、特別じゃない。

 私だけじゃない。

 たぶん、誰にでも同じ。

 あの人は、そういう人で。

 深い意味なんて、どこにもない。

(……分かってる)

 何度も、心の中で繰り返す。

 納得させるみたいに。

 これ以上、勘違いしないように。

 それでも。

 放課後になると、足が止まる。

 教室を出る前。

 ほんの少しだけ、待つ。

 来るかどうか。

 分かってるのに。

 来たらどうするか、もう決まっているのに。

「帰る?」

 やっぱり、声がする。

 いつも通り。

 何も変わらない調子で。

「……帰る」

 短く返す。

 前より少しだけ、迷いがある。

 でも、断らない。

 断れない。

 自転車置き場。

 鍵を外す。

 何も言わなくても、後ろに乗る。

 もう、止める理由も見つからない。

(やめればいいのに)

 頭では分かってる。

 ここでやめればいい。

 距離を取ればいい。

 それが一番楽だって。

 なのに。

 走り出すと、全部がどうでもよくなる。

 後ろにいる気配。

 近さ。

 声。

 それだけで、他のことが薄れていく。

「今日さ」

 後ろから声。

「なに」

「なんか静かじゃない?」

「普通」

「最近ずっとそれ言ってる」

「そう?」

「そう」

 軽い会話。

 何も変わらない。

 何も進んでない。

 それなのに。

 少しだけ安心してしまう。

 このままでいいって思ってしまう。

(ダメなのに)

 分かってるのに。

 やめたほうがいいって。

 これ以上進んだら、絶対に後悔するって。

 なのに。

「なあ」

 後ろから、少しだけ低い声。

「なに」

「ほんとに嫌じゃない?」

 また、その質問。

 前にも聞かれた。

 同じ言葉。

 一瞬、迷う。

 今なら、言える気がする。

 ちゃんと。

(嫌じゃない)

 それどころか。

 好きになりかけてる。

 この時間も、この距離も。

 でも。

「……別に」

 また、同じ答え。

 逃げるみたいに。

 ごまかすみたいに。

「そっか」

 短い返事。

 それだけ。

 でも。

 そのあと、ほんの少しだけ。

 距離が近くなる。

 触れてない。

 でも、分かる。

 確実に近い。

 それだけで。

(……やめられない)

 そう思ってしまう。

 この距離を。

 この時間を。

 やめる理由は、いくらでもあるのに。

 やめない理由は、ひとつもないのに。

 それでも。

 やめられない。

「ここでいい」

 いつもの場所。

 止まる。

 後ろの重みが消える。

「ありがと」

「……うん」

「またな」

 その一言。

 何度も聞いた言葉。

 なのに。

 毎回、少しだけ嬉しいと思ってしまう。

 一人になる。

 自転車にまたがる。

 走り出す。

(やめられない理由なんて)

 分かってる。

 ただ——

 この距離が、好きだから。

 それだけだった。

 その“それだけ”が。

 一番危ないって。

 まだ、気づかないふりをしていた。