通り雨みたいな恋だった

その日は、少しだけ違和感があった。

 理由は、すぐに分かった。

 昼休み。

 教室に戻ろうとしたとき、廊下の先であの人が見えた。

 誰かと話している。

 女の子。

 同じクラスの、明るくてよく笑う子。

 特別仲がいいわけじゃないけど、よく目立つタイプ。

 なんとなく、目を逸らせなかった。

 少しだけ距離がある。

 でも、見える。

 表情とか、仕草とか。

 全部。

 あの人は、笑っていた。

 いつもみたいに。

 軽くて、自然で。

 私と話しているときと、同じ顔で。

(……普通じゃん)

 当たり前のこと。

 クラスメイトなんだから、話すのは普通。

 それなのに。

 胸の奥が、少しだけざわつく。

 そのとき。

 女の子が、あの人の肩を軽く叩いた。

 からかうみたいに。

 笑いながら。

 あの人も、同じように笑って返す。

(……なにそれ)

 一瞬、息が詰まる。

 理由は分かってる。

 でも、認めたくない。

 見ていられなくなって、教室に戻る。

 何もなかったみたいに、席に座る。

 でも、頭の中はさっきのまま。

(普通じゃん)

 何度も繰り返す。

 当たり前のこと。

 特別じゃない。

 私だけじゃない。

 分かっていたはずなのに。

 放課後。

 教室を出るとき、少しだけ迷う。

 行くか、行かないか。

 待つか、待たないか。

 そんなことで悩む自分が、少しだけ嫌になる。

「帰る?」

 後ろから声。

 やっぱり来る。

 当たり前みたいに。

「……帰る」

 短く返す。

 いつもより少しだけ、冷たくなる。

 自分でも分かるくらい。

 自転車置き場。

 鍵を外す。

 何も言わなくても、後ろに乗る。

 いつも通り。

 変わらない。

 はずなのに。

 走り出す。

 風が少し強い。

 でも、それよりも。

 頭の中がうるさい。

「今日さ」

 後ろから声。

「なに」

「機嫌悪くない?」

「普通」

「嘘」

「嘘じゃない」

 少し強く言う。

 それで終わらせたかった。

 でも。

「なんかあった?」

 少しだけ優しい声。

 いつもより、ほんの少しだけ。

(……言えるわけない)

 何があったのか。

 どう思ったのか。

 全部、言えるわけがない。

「別に」

 それだけ返す。

 それ以上は何も言わない。

 言えない。

 少しの沈黙。

 風の音だけが通り過ぎる。

 その中で、あの人がふっと言う。

「今日、あいつと話してたの見た?」

 一瞬、心臓が止まる。

「……見てない」

 反射的に否定する。

 見てたのに。

 ちゃんと見てたのに。

「そう?」

 軽い返事。

 それ以上は何も言わない。

(なんで言うの)

 わざわざ。

 そんなこと。

 意味なんてないのに。

「別に、あいつが話しかけてきただけ」

 続けて言う。

 説明みたいに。

 言い訳みたいに。

(……なんで)

 聞いてないのに。

 頼んでないのに。

 なのに、少しだけ。

 安心してしまう。

 それが、一番嫌だった。

「ふーん」

 短く返す。

 気にしてないふりをする。

 でも、全然できてない。

 走りながら、考える。

 さっきの光景。

 笑ってた顔。

 距離。

 全部。

(同じじゃん)

 私と。

 何も変わらない。

 むしろ。

 あっちのほうが、自然に見えた。

 その事実が、少しずつ重くなる。

「ここでいい」

 いつもの場所。

 止まる。

 後ろの重みが消える。

「ありがと」

「……うん」

「またな」

 いつもの言葉。

 いつも通り。

 何も変わらない。

 なのに。

 少しだけ、遠く感じた。

 一人になる。

 自転車にまたがる。

 走り出す。

(私だけじゃない)

 その考えが、頭から離れない。

 特別だと思ってた距離が。

 そうじゃないかもしれないって。

 分かり始めてしまった。

 でも。

 まだ、認めたくなかった。