スローライク

「塩見って、学校以外は普段何してるんだ?」
 週明けの朝、登校してきた塩見に早速話しかける。
「え? うーん……寝てるかなあ。特に何もしてないよ」
 塩見が少し考える素振りをしてから答えた。

「あのさ。暇があって、嫌じゃなかったら、俺の家でなんか、その……」
「あはは、控えめだね〜。來果くんなら嫌じゃないし、むしろ嬉しいよ」
 俺が言葉を選んでいるうちに、塩見から返事が来た。良いってことか?
「今日?」
「いつでも塩見の都合がいい日で」
「じゃあ今日行くね」
 塩見はにっこりと笑っている。
 あっさり決まってしまった。俺は拍子抜けする。こんなに展開が早いとは思っていなかった。

 そんなわけで、今日さっそく、学校が終わったら二人で俺の家に集まることになった。
「來果くんってさあ」
 塩見が俺の目を、じっと見つめている。目と口元がいつものような柔らかい笑顔ではなくて、少し緊張しているように見える。
「なんだ?」
 俺は少し身構えた。何を言われるんだろう。
「……やっぱ、なんでもない」
「ええっ」
 そういう風にされると気になる。
 一体、なんて言おうとしていたんだ?
「來果くんから誘ってもらえると思ってなかったから、うれしいー」
 塩見は黒板の方に向き直ると、腕を前に伸ばして、ぐーっと伸びをした。表情も普段通り、ぼんやりとしたものに戻っている。
 なんか、誤魔化されたな。
 嬉しいって言ってくれてるし、ひとまず、さっきのは気にしないでおこう。
 俺は引っかかるものを無視しようと、次の授業の教科書を出して準備をした。


「あー、早く学校終わらないかなー。早く來果くんのおうち行きたいよー」
 塩見は昼休みになると、机に突っ伏しながら、まるで子供のようにそう言った。
「なんで宇多くん、しおみんからそんな気に入られてんの」
 中村が、こちらに身体を向けている。半ば呆れたような顔だ。
「気に入られてるか?」
 自分ではそう思ってなかったけど。塩見は誰にでもこういう感じなんだと思ってたし。癒やし系というか。実際どうなんだろう。
「ねー、宇多くんのこと気に入ってるでしょ」
 中村は塩見にダル絡みしている。
 中村は先生も含め、誰が相手でもこういう絡み方をする。塩見のことを変に意識せずに話している女子は中村くらいかもしれない。妙に感心してしまう。
「んー、そうかもー」
 机に引っ付いたまま、こちらを見ずに、塩見は軽い口調で答えている。
「ほらね」
 なぜか中村が勝ち誇ったような顔になった。
 いや、塩見の返事も曖昧だし、素直に受け取っていいものなのか? そりゃ、中村にああいう言い方されて否定したら角が立つし、塩見はそういうことをしないだろう。

「あのさ、今日、ごはん一緒に食べたい」
 中村が友達のもとに行ってしまってから、唐突に塩見がそう切り出した。相変わらず、全く俺の方は見ていない。普段より声が少し小さくて、やけに真剣なトーンをしていた。
「うん」
 俺は、それを表に出さないようにしつつも驚いた。塩見はこれまでずっと、昼休みはどこかに消えていたので、そんなことを言うと思ってなかった。
「小林たちもいるけど」
「二人っきりじゃないのか~」
「その方が良いなら俺はそうする」
 って、塩見のは冗談だろ。二人きりが良いなんて、それこそ中村が言うように、塩見が俺の事を気に入っているみたいになってしまう。
 思わず真面目に返してしまったけど、俺のこういう冗談が通じない所が、いつもみんなを白けさせてるんだろうな……としみじみ考えていると、塩見が席を立った。
「行こ」
 ふんわりと俺に微笑んで、教室の出口へと歩いていく。
 え。二人って、本気だったのか。
 俺は慌てて自分の弁当を持つと、塩見を追いかけた。
 
「ここ」
 俺たちは、校舎の端にある社会科教室まで来ていた。
「静かだな」
「でしょー」
 中に入ってみても、誰もいない。普通の教室から少し離れた所にある端の教室だから、他の教室や廊下から聞こえてくる音も僅かだけだった。
「いつもここ使ってたのか?」
「そうだよ。毎日一人」
 塩見は普段と変わらないテンションのまま、Vサインする。
 昼休み、毎日他クラスの友人の元へ行っていたりするわけではなかったのか。

「一人の方が好きなのか?」
 俺は何と言うべきか迷いながら尋ねた。塩見が一人なことを気にしているのかもしれなかったから。まあ、そういうタイプには見えないし、むしろ自分から一人を選んでいるようにも見えるんだけど。
「うーん、どうだろ。來果くんといるのは好きだよ」
「そ、そうか」
 思わぬ返答に、俺は戸惑いを隠せない。
 やっぱりこいつ、本当に俺を気に入っているのか? これで勘違いだったら恥ずかしいぞ。
 第一、塩見が俺を気に入っていたとして、その理由が分からない。だって、隣の席になってからもまだ日が浅いし、気に入られるようなきっかけも特に無かったと思う。

「お弁当食べよー」
 俺があれこれ考えている中、塩見は呑気に喋りながら椅子に座った。
 俺は一旦考えるのをやめて、塩見の隣の席に着く。そして、保冷バッグから出したお弁当の蓋を開けた。
「來果くんのお弁当おっきいね」
「そうだよな」
 俺も大きすぎると思う。ほぼ重箱サイズな上に三段もある。
 俺の母さんは「高校生はお腹空くわよね!」と毎日張り切って、おかずをいっぱいに詰めた弁当を用意してくれている。ちょっと申し訳ないし、俺もそこまで大食いじゃない。そんなに気合い入れなくても……と言ったことはあるが、「遠慮しないで」と押されてしまった。
 ふと、塩見の食べる物が気になって見てみると、彼はプロテインバーをもそもそ齧っていた。

「それだけ?」
「うん」
 当然のように頷いている。
「お腹空かないのか? 足りないだろ、栄養も偏るし……」
 俺はそこまで言ってから、はっとした。
 つい心配して口うるさくなってしまった。こんな風に他人から言われたら、気を悪くするよな。何を食べるかなんて、個人の自由だ。
「ごめん、偉そうに」
「お母さんみたいだったー」
 塩見は、へらりとした笑顔を浮かべている。
 嫌われたくないし、これからは言動に気を付けよう。俺はそう心に誓いつつ、反省した。

「ねえ、一緒にお昼食べるのって、どういう感じなの?」
 突然、塩見はそんなことを言いだした。もうプロテインバーは食べ終えていて、包装のゴミをいじっている。
 どういう感じって言われてもな。
「僕、何すればいいかわかんない」
 本気で困っていそうだった。塩見から誘ったくせに慣れてないんだなと思うと、なんだかいじらしく感じる。
「何もしなくていいだろ」
「なるほど」
 それきり黙ってしまった。気を張る必要ないってことを伝えたかったのだが、塩見は律儀なことに、少しも動かなくなった。
 沈黙の中にいると、改めて、奇妙な状況だと気づく。
 こうやって、一緒にいてもまだぎこちなさがあるくらいの仲なのに、他に誰もいない空間で二人きり。相手の外見が綺麗で整っていることもあって、謎に緊張してくる。
 ていうか、他の誰かが見たら羨ましがりそうだな。

「なんで俺と食べる気になったんだ」
 ハンバーグを飲み込んでから、思わず疑問を口にした。
 見た感じ、塩見はこうやって誰かと一緒にいるのに関して不慣れで、こういう習慣も無かったのだろうということが察せる。
 今の状況、塩見にしては無理しているんじゃないか?
「……嫌?」
 塩見が俺の目を見つめた。眉を下げ、身体を縮こませている。
「そういうつもりではなかったんだ。俺、塩見と友達になってみたかったし。だけど塩見の方から、俺と過ごそうとしたのが不思議で」
 俺が早口で説明していると、一瞬真顔になってから、塩見の口角がじわじわ上がっていった。
「へ~、友達になりたかったんだー」
 ガタ、と椅子を鳴らして塩見は立ち上がる。
「僕も全くおんなじ。ずーっと仲良くなりたくってー、それで、いきなりおうちに招待されたから、僕も頑張ってお昼誘ったんだよー?」
 そうだったのか。二人とも、お互いに仲良くなりたいと思ってたんだな。なんか嬉しい。

「うわ、」
 背後から、塩見が腕を俺の身体に回してひっついてきた。びっくりしたせいで、思わず声が出る。近い。自然な、強すぎない良い匂いがする。あと、やっぱり身体がでかい。
 向こうが離れる気配はない。塩見にここまでのスキンシップをとられたことは今までなかったし、突然のことに驚いて胸がざわざわした。
 触れていて、塩見の腕は細いなと思う。昼食はあんなに少なかったけど、それ以外の食事はきちんととっているのだろうか。と俺はまたしても失礼なことを考えていた。
「塩見はこんなに甘えたがりだったんだな」
 俺は白米の最後の一口を食べ終え、弁当を完食する。
「え?」
 塩見の顔が近くにあるから、いつもより声がよく聞こえた。
「なんか恥ずかしいよー」
 するする、と塩見の腕が俺の身体から離れていく。
 振り向くと、塩見は俺から目線を外し、本当に恥ずかしそうにしていた。白い肌が薄っすら赤くなっている。
「そこで照れるのか」
 ついさっきまでだって、「二人きり」とか、「來果くんといるのは好き」とか、塩見の方から恥ずかしくなるような台詞を言いまくっていた気がするのだが。
 俺はそれがなんだかおかしくて、笑ってしまった。