スローライク

「おはよお」
 朝のホームルームが始まるまであと数分というところで、隣の席の塩見が来た。
 ギリギリにも関わらず、彼にはちっとも焦った様子がない。悠々と椅子を引き、座っている。

「おはよう」
「來果くん勉強してるのすごー」
 気の抜けるような声。
 俺はちょうど、英単語帳を開いていた。
「今日小テストあるしな」
 全然大したことじゃないよ、という風に笑う。
「真面目だねー。飴ちゃんあげよう」
 塩見が鞄からファンシーなパステルカラーのポーチを出した。そして、そこから取った個包装に包まれた飴玉を一つ、俺の机に乗せる。
 俺は感心した。
 真面目という言葉を相手に嫌味に感じさせず言えるのはすごい。
 俺は、自分では普通のつもりで過ごしていても、「真面目すぎる」と周りが白けた空気になってしまうことがある。
 塩見はのんびり穏やかな空気を身に纏っていて、毒がない。見ているとこっちまで、まったりした気分になる。

「俺も」
 塩見から飴を貰ったので、その代わりとして、俺が糖分補給用にいつも持ち歩いている鼈甲飴の包みを鞄から出して塩見の机に置いた。
「お〜、おばあちゃんちにあるやつだ」
 おばあちゃんか……。確かに、鼈甲飴を好んで食べるやつは同年代では中々いない。もっと高校生らしい物があれば良かったか?
「初めて食べるかも、ありがとー」
 塩見が、ふにゃりとした笑顔をこちらに向ける。それを見て俺はほっとした。

 塩見ってこんな感じのやつだったのか。
 昨日、帰りのホームルームで席替えがあって、隣の席になったのは今日からだ。
 今はまだ二年生に進級したばかりだし、同じクラスになるのは初めてだった。それまで顔を合わせて話したことはない。
 ただ、去年も「千歳くんってかっこいいよね」などと、クラスの女子たちが塩見の話をしているのを何度か聞いたことはあって、塩見の名前と外見がかっこいいらしいということだけは知っていた。
 確かに、塩見はかっこいいと思う。
 背が高いし、男子高校生的な汗臭さがないというか、大人っぽい雰囲気がある。SNSで全身の画像を載せても画になりそうなタイプだ。
 髪が肩につくくらい長いけど、髪が綺麗だし、その髪型が似合っているのもすごい。俺には無理そうだと思う。
 だから、実際に話したりして少し意外だった。ミステリアスでかっこいい印象だったのが、柔らかくてほんわかした印象に変わった。
 それはもちろん良い意味の変化で、隣の席になったことだし、親しみやすそうなやつで俺はほっとしている。


「來果くん」
 ホームルームが終わり、1限目が始まる前になって、塩見に名前を呼ばれて隣を向いた。
 そういえば、同級生で下の名前で呼んでくるやつは珍しいなとふと思う。なんか慣れない。
「筆箱忘れちゃって……。シャーペン借りていい?」
「いいよ。ていうか俺、予備のあるからそれごと使って」
 俺は普段自分が使っているのより一回り小さいコンパクトな筆箱を塩見に渡した。シャーペンと替えの芯、消しゴムを入れていて、これまでも誰かが忘れた時は同じように貸したことが何回かある。便利だ。
「ありがとね。なんか奢ろうか」
「全然。じゃんじゃん使ってくれ」
 俺は正直、自分が誰かの役に立ったりする時、自分の方が嬉しくなってしまうし、むしろ望んで何かしたいと思う人間だ。
 小学生の妹からは「來果ってお節介だよね」とよく言われている。
「來果くんはすごいな」
 茶化すようなトーンでもなく、真っ当にクラスメイトから褒められるのは新鮮なことだった。
 なんだか気恥ずかしくて、どういう反応をすべきか分からなかったけど、悪い気はしない。くすぐったくて、温かい気持ちになった。

「あ」
 俺が一人でぽかぽか気分に浸っていると、塩見が鞄を漁りながら声を出した。
「教科書も忘れちゃった」
 眉を下げて、困った顔をしている。
「一緒に見よう」
 俺は机を近づけた。
 塩見って、意外とドジなのかな。これだけで決めつけたら良くないかもしれないけど。
 俺は塩見のことが気になり始めていた。