梅の芳しい香りが、庭に満ちている。
盛りは少しだけ過ぎた。はらり、はらりと花弁が散り、芝のうえに落ちていく。
会場である四阿に桂麗が着いたとき、すでに武徳が上座に腰を下ろして待っていた。その隣には、彼の腹心の遷が立っている。
「まぁ、陛下。申し訳ありません、遅くなりました」
「いや、俺が早く来たのだ。お前が一番早かった」
武徳はとんとんと、隣の席を軽く叩いた。
「ここがお前の席だ」
「は、はい」
皇帝の隣に座するのは皇后。だが、今日の宴は後宮での内々のものだ。皇后が遠慮をすれば、そこには別の后妃が座っても誰も咎められない。
だが、武徳は自ら桂麗を指名した。
桂麗は一礼をしてから、武徳の隣に座った。後ろには、丹が控える。
「俺が贈った髪飾りと紗帔だな、よく似合っている」
「はい。ありがとうございます」
「他にもあっただろう。簪も、なぜ一つだけなのだ」
ほかにも色とりどりのたくさんの髪飾りがあったし、腕輪も首飾りもあったが、身につけている飾りは簪のみ。
丹の見立てではあるが、自分でもこれが一番この宴には相応しいと思った。
「一度にたくさん身につけると、調和がとれなくなってしまいます。陛下に戴いたものは、それぞれ一つずつ、品質がよく美しいものです」
まとっている長裾は大人しい色の深紅で、以前から持っているものだ。
「それに、梅は一輪だけでも、香り高く存在感がある花です。ならば、多くの飾りは必要ない……と、私は判断したのです」
武徳の目を見て、穏やかに、しかし凜とした響きで桂麗は伝えた。
「……申し訳ありません。これでは、陛下に戴いたものに文句をつけてしまったことになりますわね」
頭を下げようとすると、武徳が優しく肩に触れてきた。
「いや。むしろ俺がお前に教えられている……お前の言葉なら、心地よい」
「陛下……」
「それに、一度につけてこられるより、明日、明後日と一つずつ装いに採り入れてくれるほうが、毎日楽しくなるだろうな」
ははっと武徳が笑う。
心を許した相手には、この人はこんなにも優しい笑顔を向けるのだ。そういう相手になれたことが、嬉しい。
「だが、その何倍もお前に贈ろう」
「そ、それは困ります。使うのが追いつきません」
「必ずしも使わなくともよい。お前の好きにしてくれ」
「はい。陛下のお気遣い、感謝いたします」
「……気遣い、というか……一つ聞きたいのだが」
「なんでございましょう?」
「……嬉しくは、ないのか」
その声は、小さいものだった。見れば後ろの遷が、少し震えている。まるで笑いを押し殺しているかのようだった。
「お前は、ああいう贈り物を嬉しいと思わないのか」
桂麗が答えないでいると、武徳がなおも続けた。
「嬉しく思います! 陛下の丁寧なお心遣いがとても」
「ではなく。俺の贈り物を、お前自身が喜んでくれているのかどうかを知りたい」
「私、自身……」
そんなこと、考えたことはない。
だが、ふと、考えなかったのがいけないのではないかと思い至った。
(陛下は仰ったわ。心は自由、好きなものは好きでよい、誠実でありたい、と……そうよ、私自身がそうでなくては)
桂麗は改めて、武徳に向き直ってまっすぐに見つめた。
「嬉しいです」
「桂麗……本当か」
「はい。陛下の贈り物はどれも、素敵だなって本当に思いました」
これで、きちんと自分の気持ちが伝わっただろうか。皇后として嬉しかったのでなく、一人の女である桂麗として、とても嬉しかったと──。
だが、武徳の穏やかな微笑みが、全ての答えだった。
盛りは少しだけ過ぎた。はらり、はらりと花弁が散り、芝のうえに落ちていく。
会場である四阿に桂麗が着いたとき、すでに武徳が上座に腰を下ろして待っていた。その隣には、彼の腹心の遷が立っている。
「まぁ、陛下。申し訳ありません、遅くなりました」
「いや、俺が早く来たのだ。お前が一番早かった」
武徳はとんとんと、隣の席を軽く叩いた。
「ここがお前の席だ」
「は、はい」
皇帝の隣に座するのは皇后。だが、今日の宴は後宮での内々のものだ。皇后が遠慮をすれば、そこには別の后妃が座っても誰も咎められない。
だが、武徳は自ら桂麗を指名した。
桂麗は一礼をしてから、武徳の隣に座った。後ろには、丹が控える。
「俺が贈った髪飾りと紗帔だな、よく似合っている」
「はい。ありがとうございます」
「他にもあっただろう。簪も、なぜ一つだけなのだ」
ほかにも色とりどりのたくさんの髪飾りがあったし、腕輪も首飾りもあったが、身につけている飾りは簪のみ。
丹の見立てではあるが、自分でもこれが一番この宴には相応しいと思った。
「一度にたくさん身につけると、調和がとれなくなってしまいます。陛下に戴いたものは、それぞれ一つずつ、品質がよく美しいものです」
まとっている長裾は大人しい色の深紅で、以前から持っているものだ。
「それに、梅は一輪だけでも、香り高く存在感がある花です。ならば、多くの飾りは必要ない……と、私は判断したのです」
武徳の目を見て、穏やかに、しかし凜とした響きで桂麗は伝えた。
「……申し訳ありません。これでは、陛下に戴いたものに文句をつけてしまったことになりますわね」
頭を下げようとすると、武徳が優しく肩に触れてきた。
「いや。むしろ俺がお前に教えられている……お前の言葉なら、心地よい」
「陛下……」
「それに、一度につけてこられるより、明日、明後日と一つずつ装いに採り入れてくれるほうが、毎日楽しくなるだろうな」
ははっと武徳が笑う。
心を許した相手には、この人はこんなにも優しい笑顔を向けるのだ。そういう相手になれたことが、嬉しい。
「だが、その何倍もお前に贈ろう」
「そ、それは困ります。使うのが追いつきません」
「必ずしも使わなくともよい。お前の好きにしてくれ」
「はい。陛下のお気遣い、感謝いたします」
「……気遣い、というか……一つ聞きたいのだが」
「なんでございましょう?」
「……嬉しくは、ないのか」
その声は、小さいものだった。見れば後ろの遷が、少し震えている。まるで笑いを押し殺しているかのようだった。
「お前は、ああいう贈り物を嬉しいと思わないのか」
桂麗が答えないでいると、武徳がなおも続けた。
「嬉しく思います! 陛下の丁寧なお心遣いがとても」
「ではなく。俺の贈り物を、お前自身が喜んでくれているのかどうかを知りたい」
「私、自身……」
そんなこと、考えたことはない。
だが、ふと、考えなかったのがいけないのではないかと思い至った。
(陛下は仰ったわ。心は自由、好きなものは好きでよい、誠実でありたい、と……そうよ、私自身がそうでなくては)
桂麗は改めて、武徳に向き直ってまっすぐに見つめた。
「嬉しいです」
「桂麗……本当か」
「はい。陛下の贈り物はどれも、素敵だなって本当に思いました」
これで、きちんと自分の気持ちが伝わっただろうか。皇后として嬉しかったのでなく、一人の女である桂麗として、とても嬉しかったと──。
だが、武徳の穏やかな微笑みが、全ての答えだった。

