燭台の灯りが、風に揺れてジジッと音を立てる。
桂麗は、油の残量を気にしつつ、木簡に筆を走らせた。
夕食を終えても、今夜は寝るまで詩作に打ち込むつもりだった。
創作意欲が増している。
(でも、なんだか悲しい詩になってしまったなぁ……)
少しでも明るいものにしたいと思って、木簡を削る。
木簡は、今はあまり使われていない。だが紙で書き間違えたり、推敲したりすると、塗りつぶすか新しい紙に書くしかない。
その点、木簡であれば文字を削り取れば書き直せる。もちろん、そう何度もできることではないし、凹凸の数だけ試行錯誤したことがわかってしまう欠点がある。
桂麗は昔から、草稿は木簡に記して、納得のいく出来の詩が詠めたら、紙に書き写すようにしている。
気になる部分は削り終えた。
だが、続きが浮かばない。言葉にしたい気持ちはあるのに、明るくと思うと先に進まない。
(昔は、いくらでも明るい詩が詠めたのに、どうしてだろう)
理由はわかっている。
夫の武徳が、冷たい。いや、元々恋愛結婚ではないのだから、仕方ない。
それでも、あまりに彼が自分に無関心なのが悲しかった。
なにせ、自分は武徳に惹かれているからだ。
それも結婚してからではない。
武徳と初めて出逢ったのは、皇后になる前の詩会だ。そこで飛び入りで、詩の聞き手として入ってきた客のなかに、皇子だった彼がいた。
もちろんそのときは、武徳の名も顔も知らなかったため、皇子であることも気づかなかった。向こうもお忍びだったに違いない。
詩会は匿名性を重視しており、作者が直接その場で発表はしない。代表者が読み上げたり、本だけを配ったりする。
桂麗は丹を伴って、ひっそりと末席に座っていた。
艶歌は男性が書くことが多い。そうした作品を女性が書くのははしたないとされている。だからこそ、桂麗は春暁麗人と一切名乗らなかった。
(陛下はとても真剣に、書かれた詩を読まれていた。美を解さないと仰るけど、きっとそうじゃない)
あいにく遠目だったので、彼がどの詩を読んでいるかはわからなかった。
初恋と言われれば初恋だったが、父の意向で当時の皇帝か皇子の妻となることが決まっていた以上、己の胸にだけ秘めた。
(私のだったら、いいのに)
だからこそ、婚姻の儀式で武徳と初めて対面したとき、驚いたと同時に嬉しかった。
(でも、こんな詩を書いているなんて言えないし、陛下もお忍びだった。打ち明けることはできない……)
もどかしくて、切ない。
そんな想いは隠せずに、筆は最後の一文字を書き終えた。
署名をするか悩んだ。だが、どうせ誰にも見せないのだからと、春暁麗人の名を末尾に記した。
削りカスを屑籠に捨てたとき、灯りがふわりと大きく揺れた。
「──陛下!」
背後に、武徳が立っていた。
切れ長の目が、驚きを隠せないといわんばかりに、大きく見開かれていた。
桂麗は、油の残量を気にしつつ、木簡に筆を走らせた。
夕食を終えても、今夜は寝るまで詩作に打ち込むつもりだった。
創作意欲が増している。
(でも、なんだか悲しい詩になってしまったなぁ……)
少しでも明るいものにしたいと思って、木簡を削る。
木簡は、今はあまり使われていない。だが紙で書き間違えたり、推敲したりすると、塗りつぶすか新しい紙に書くしかない。
その点、木簡であれば文字を削り取れば書き直せる。もちろん、そう何度もできることではないし、凹凸の数だけ試行錯誤したことがわかってしまう欠点がある。
桂麗は昔から、草稿は木簡に記して、納得のいく出来の詩が詠めたら、紙に書き写すようにしている。
気になる部分は削り終えた。
だが、続きが浮かばない。言葉にしたい気持ちはあるのに、明るくと思うと先に進まない。
(昔は、いくらでも明るい詩が詠めたのに、どうしてだろう)
理由はわかっている。
夫の武徳が、冷たい。いや、元々恋愛結婚ではないのだから、仕方ない。
それでも、あまりに彼が自分に無関心なのが悲しかった。
なにせ、自分は武徳に惹かれているからだ。
それも結婚してからではない。
武徳と初めて出逢ったのは、皇后になる前の詩会だ。そこで飛び入りで、詩の聞き手として入ってきた客のなかに、皇子だった彼がいた。
もちろんそのときは、武徳の名も顔も知らなかったため、皇子であることも気づかなかった。向こうもお忍びだったに違いない。
詩会は匿名性を重視しており、作者が直接その場で発表はしない。代表者が読み上げたり、本だけを配ったりする。
桂麗は丹を伴って、ひっそりと末席に座っていた。
艶歌は男性が書くことが多い。そうした作品を女性が書くのははしたないとされている。だからこそ、桂麗は春暁麗人と一切名乗らなかった。
(陛下はとても真剣に、書かれた詩を読まれていた。美を解さないと仰るけど、きっとそうじゃない)
あいにく遠目だったので、彼がどの詩を読んでいるかはわからなかった。
初恋と言われれば初恋だったが、父の意向で当時の皇帝か皇子の妻となることが決まっていた以上、己の胸にだけ秘めた。
(私のだったら、いいのに)
だからこそ、婚姻の儀式で武徳と初めて対面したとき、驚いたと同時に嬉しかった。
(でも、こんな詩を書いているなんて言えないし、陛下もお忍びだった。打ち明けることはできない……)
もどかしくて、切ない。
そんな想いは隠せずに、筆は最後の一文字を書き終えた。
署名をするか悩んだ。だが、どうせ誰にも見せないのだからと、春暁麗人の名を末尾に記した。
削りカスを屑籠に捨てたとき、灯りがふわりと大きく揺れた。
「──陛下!」
背後に、武徳が立っていた。
切れ長の目が、驚きを隠せないといわんばかりに、大きく見開かれていた。

