「ええっ、こ、こんな少女漫画みたいな展開ってマジであるんすね!?」
「そりゃ俺かおまえが女だったら少女漫画みたいだっただろうけど男同士だぞ。ただただ最悪なトラブルじゃん」
佐倉は妙に興奮しているが、男二人で体育倉庫に閉じ込められても何のラッキーさも感じられない。
「佐倉、スマホ持ってる?」
「いや、鞄に入れっぱにして来ちゃったっす」
「俺も」
学校内ではスマホの操作は基本的に禁止されている。
みんな隠れてスマホなんて触っているが、隠すことが習慣化しているから鞄の中に入れっぱなしにしている生徒は多い。
俺も佐倉もその一人だった。
こうなったら仕方がない。
俺はため息をついて、長寿郎が見える位置で棚に背を預けて座り込んだ。
「結構ヤバくないっすか? 落ち着いてるっすね」
「焦ってもしょうがないじゃん。今が真夏だったりしたらヤバかったけどさ。明日も学校あるし、佐倉は普通に家帰らなかったら家族が心配するだろ? そのうち見つけてもらえるよ」
「凪パイは違うんすか?」
「うちは放任だから」
母さんは俺が帰ってこなくても気付かないだろう。
日頃からあまり顔を合わせないことを不便に思ったことはなかったが、こういうときには親と不仲なことは不利に働くらしい。
佐倉と一緒に閉じ込められていなかったら、俺が閉じ込められたことは珠代が失踪に気が付くまで判明しなかっただろう。
「佐倉がいてよかったよ」
思ったままに伝えると、佐倉はキュッと眉を寄せた。
「うーん、なんか凪パイの声で言われるとドキドキしちゃうっす」
「なんでだよ」
「さっきの囁きもすげーすやぴに似てて、マジでドキドキ止まらないっす」
閉じ込められた衝撃が大きすぎて忘れかけてたけど、そういえばさっき佐倉の前で囁いてしまったんだった。
佐倉は俺がすやぴだと確信してしまっただろうか。
蘇ってきた緊張で俺が肩に力を入れていることにも気が付いていない様子で、佐倉は俺の隣に座った。
「助けが来るまで暇なんで推し語りしていいっすか?」
「いいけど……、その、すやぴのこと?」
「そうっす」
体育倉庫の中には明かりがなくて、雨が降っている外からの光が届くだけで薄暗い。
そんな中で佐倉はピカピカ光ってるような笑顔を俺に向けてきた。
「俺には3つ下と6つ下の妹がいるんすけど、二人ともめちゃくちゃ怖がりで泣き虫だったんすよ。小さい時なんか夜に妹二人がおばけが来るかもって泣いてしょうがなくて、親が妹たちを寝かしつけるまで俺も寝られなくて。それで妹二人が寝たら寝たで今度は、あんなに妹がビビってるんだったらマジでおばけが来るんじゃないかって怖くなってマジで寝付けなかったんすよ」
小さな妹二人が泣いている中、眠れずに困っている佐倉を想像するとかわいかった。
くすっと俺が笑うと、佐倉は嬉しそうに話を続ける。
「それで、中学に上がってもずーっと寝付くのに時間がかかって困ってたんすけど、その時にミーチューブのおすすめにすやぴの初めての配信が出てきたんすよ」
「初めての?」
「そうなんすよ! 運命じゃないっすか?」
俺の初めての配信は視聴者がたったの3人だった。
それでも、こんな素人のASMR配信を観てくれる人がいることがありがたくて、なんとか顔も知らないこの人達を癒したいって思った。
その、顔の知らない人の中の1人が、佐倉だった。
「他にもASMRを投稿してる人はいて、その動画とか配信とかも観たことあったんすけどやっぱり眠れなくて、正直たぶんすやぴの配信も眠れないだろうと思ってたんすよ。だけど、なんかすやぴの声だけは特別で、恥ずかしいんすけど、あの声で励まされたり、がんばってるって認めてもらえたりするとすげー癒やされたんすよね。それで、うとうとしながらすやぴにコメントしたんすよ。声よすぎます。本当に眠くなってきました。ありがとうございますって」
——すやぴさん声よすぎます。本当に眠くなってきました。ありがとうございます。
忘れもしない。
それは俺が人生ではじめてもらったコメントだ。
「ね、ねむぴ?」
「え?」
「ねむぴ、さん?」
心臓は口から出てくるんじゃないかと心配になるくらいドキドキしていた。
正体を自ら明かすようなことを言っていいのかって躊躇う気持ちはあった。
だけど、どうしても俺は佐倉がねむぴなのかを確認したくなっていた。
すやぴが俺みたいな平凡男子であることに、もしかしたら佐倉はがっかりするかもしれない。
そんな不安を抱えながらも、おずおず聞いた俺に佐倉は一瞬呆気にとられた後に俺の手を握ってきた。
「えっ、えっ、あの、マジで、マジですやぴさん?」
「……っねむぴさんなのかって聞いてんの」
「ねむぴっす! 毎日眠すぎて『ねむ』ってハンドルネームでコメントしてたんすけど、すやぴの『ぴ』もらって『ねむぴ』に改名したねむぴっす!」
佐倉は今にも泣いてしまうんじゃないかというくらい興奮した様子で目を潤ませて、俺の手を両手で握ってぶんぶん縦に振ってくる。
俺なんかをこんなに好きでいてくれる人がいるのかと、なんだか心の中で乾いていた器に一気に水を注がれたような不思議な感覚がした。
「あの、いつも……観てくれてありがとう。ねむぴさんのお陰で、俺は活動を続けてこられたから、佐倉がねむぴさんならどうしてもお礼が言いたくて」
「俺の方こそありがとうございますっすよ! ねむぴさんの配信と動画のおかげで俺は眠れるようになったんすから!」
今は佐倉は興奮しているけど、冷静になったらきっと「なんだ」って思うだろう。
俺みたいなのが、佐倉が応援してくれていたすやぴだったんだから。
「すやぴが俺でがっかりしたろ。ごめんな。こんな普通の奴で」
「全然っすよ! それに凪パイは普通じゃないっす。めちゃくちゃ優しい人っす」
「俺のこと何も知らないだろ?」
佐倉みたいな目立つ奴と違って、俺は地味な陰キャだ。
飼育委員として出会うまで佐倉は俺のことなんか眼中になかっただろう。
そんな浅い関係で俺のことを優しいなんて言う佐倉を照れも混ざって睨むと、佐倉はぎゅうっと俺の手をくるむように握り直した。
「確かにまだまだ俺は凪パイのこと知らないっすけど、凪パイが優しいことはわかるっす。俺が寝不足で見せられない顔してるって言った時もすぐに病院に行ったらどうかって心配してくれたし、長寿郎のことも雨に濡れるのも構わず必死に探してたじゃないっすか」
「それは当たり前のことだろ」
「それを当たり前だって思えるのは、凪パイが優しいってことっすよ」
なんだか、佐倉の言葉を聞いているとじっとしていられないような感覚がする。
むずむずするような、くすぐったいような。
与えられたことのない感情に戸惑って、握られている手が汗ばんでいるんじゃないかと不安になった瞬間、マジで鼻がむずむずした。
「へっくしゅ!」
「うわ、大丈夫すか? 凪パイ濡れてるっすもんね」
知らない間に体が冷えていたらしい。
くしゃみをした俺に、慌てた様子で佐倉はブレザーを脱いで渡してきた。
「これ羽織ってください」
「いいって。おまえのも濡れるじゃん」
「乾かすんで大丈夫っすよ。遠慮せず」
さあさあと言いながら佐倉が俺の肩にブレザーを掛けてくる。
男子の中で俺は小さいわけではないのに、佐倉がでかすぎてブレザーを掛けられると包み込まれたようであたたかかった。
「あー、あったけー……」
「よかったっす」
「気付いてなかったけどマジで冷えてたんだな。ありがとう。なんか今度お礼するわ。佐倉にはねむぴさんとしての感謝もあるし」
「あの、凪パイ。お礼なら今ほしいんすけど」
「今?」
佐倉にはきちんとお礼をしたいと本気で思っているが、体育倉庫に閉じ込められている今は無理がある。
驚いてきょとんとした俺に、佐倉は両手を擦り合わせて、でかい体を丸めた上目遣いでお願いしてきた。
「生ASMRしてくれませんか?」
「そりゃ俺かおまえが女だったら少女漫画みたいだっただろうけど男同士だぞ。ただただ最悪なトラブルじゃん」
佐倉は妙に興奮しているが、男二人で体育倉庫に閉じ込められても何のラッキーさも感じられない。
「佐倉、スマホ持ってる?」
「いや、鞄に入れっぱにして来ちゃったっす」
「俺も」
学校内ではスマホの操作は基本的に禁止されている。
みんな隠れてスマホなんて触っているが、隠すことが習慣化しているから鞄の中に入れっぱなしにしている生徒は多い。
俺も佐倉もその一人だった。
こうなったら仕方がない。
俺はため息をついて、長寿郎が見える位置で棚に背を預けて座り込んだ。
「結構ヤバくないっすか? 落ち着いてるっすね」
「焦ってもしょうがないじゃん。今が真夏だったりしたらヤバかったけどさ。明日も学校あるし、佐倉は普通に家帰らなかったら家族が心配するだろ? そのうち見つけてもらえるよ」
「凪パイは違うんすか?」
「うちは放任だから」
母さんは俺が帰ってこなくても気付かないだろう。
日頃からあまり顔を合わせないことを不便に思ったことはなかったが、こういうときには親と不仲なことは不利に働くらしい。
佐倉と一緒に閉じ込められていなかったら、俺が閉じ込められたことは珠代が失踪に気が付くまで判明しなかっただろう。
「佐倉がいてよかったよ」
思ったままに伝えると、佐倉はキュッと眉を寄せた。
「うーん、なんか凪パイの声で言われるとドキドキしちゃうっす」
「なんでだよ」
「さっきの囁きもすげーすやぴに似てて、マジでドキドキ止まらないっす」
閉じ込められた衝撃が大きすぎて忘れかけてたけど、そういえばさっき佐倉の前で囁いてしまったんだった。
佐倉は俺がすやぴだと確信してしまっただろうか。
蘇ってきた緊張で俺が肩に力を入れていることにも気が付いていない様子で、佐倉は俺の隣に座った。
「助けが来るまで暇なんで推し語りしていいっすか?」
「いいけど……、その、すやぴのこと?」
「そうっす」
体育倉庫の中には明かりがなくて、雨が降っている外からの光が届くだけで薄暗い。
そんな中で佐倉はピカピカ光ってるような笑顔を俺に向けてきた。
「俺には3つ下と6つ下の妹がいるんすけど、二人ともめちゃくちゃ怖がりで泣き虫だったんすよ。小さい時なんか夜に妹二人がおばけが来るかもって泣いてしょうがなくて、親が妹たちを寝かしつけるまで俺も寝られなくて。それで妹二人が寝たら寝たで今度は、あんなに妹がビビってるんだったらマジでおばけが来るんじゃないかって怖くなってマジで寝付けなかったんすよ」
小さな妹二人が泣いている中、眠れずに困っている佐倉を想像するとかわいかった。
くすっと俺が笑うと、佐倉は嬉しそうに話を続ける。
「それで、中学に上がってもずーっと寝付くのに時間がかかって困ってたんすけど、その時にミーチューブのおすすめにすやぴの初めての配信が出てきたんすよ」
「初めての?」
「そうなんすよ! 運命じゃないっすか?」
俺の初めての配信は視聴者がたったの3人だった。
それでも、こんな素人のASMR配信を観てくれる人がいることがありがたくて、なんとか顔も知らないこの人達を癒したいって思った。
その、顔の知らない人の中の1人が、佐倉だった。
「他にもASMRを投稿してる人はいて、その動画とか配信とかも観たことあったんすけどやっぱり眠れなくて、正直たぶんすやぴの配信も眠れないだろうと思ってたんすよ。だけど、なんかすやぴの声だけは特別で、恥ずかしいんすけど、あの声で励まされたり、がんばってるって認めてもらえたりするとすげー癒やされたんすよね。それで、うとうとしながらすやぴにコメントしたんすよ。声よすぎます。本当に眠くなってきました。ありがとうございますって」
——すやぴさん声よすぎます。本当に眠くなってきました。ありがとうございます。
忘れもしない。
それは俺が人生ではじめてもらったコメントだ。
「ね、ねむぴ?」
「え?」
「ねむぴ、さん?」
心臓は口から出てくるんじゃないかと心配になるくらいドキドキしていた。
正体を自ら明かすようなことを言っていいのかって躊躇う気持ちはあった。
だけど、どうしても俺は佐倉がねむぴなのかを確認したくなっていた。
すやぴが俺みたいな平凡男子であることに、もしかしたら佐倉はがっかりするかもしれない。
そんな不安を抱えながらも、おずおず聞いた俺に佐倉は一瞬呆気にとられた後に俺の手を握ってきた。
「えっ、えっ、あの、マジで、マジですやぴさん?」
「……っねむぴさんなのかって聞いてんの」
「ねむぴっす! 毎日眠すぎて『ねむ』ってハンドルネームでコメントしてたんすけど、すやぴの『ぴ』もらって『ねむぴ』に改名したねむぴっす!」
佐倉は今にも泣いてしまうんじゃないかというくらい興奮した様子で目を潤ませて、俺の手を両手で握ってぶんぶん縦に振ってくる。
俺なんかをこんなに好きでいてくれる人がいるのかと、なんだか心の中で乾いていた器に一気に水を注がれたような不思議な感覚がした。
「あの、いつも……観てくれてありがとう。ねむぴさんのお陰で、俺は活動を続けてこられたから、佐倉がねむぴさんならどうしてもお礼が言いたくて」
「俺の方こそありがとうございますっすよ! ねむぴさんの配信と動画のおかげで俺は眠れるようになったんすから!」
今は佐倉は興奮しているけど、冷静になったらきっと「なんだ」って思うだろう。
俺みたいなのが、佐倉が応援してくれていたすやぴだったんだから。
「すやぴが俺でがっかりしたろ。ごめんな。こんな普通の奴で」
「全然っすよ! それに凪パイは普通じゃないっす。めちゃくちゃ優しい人っす」
「俺のこと何も知らないだろ?」
佐倉みたいな目立つ奴と違って、俺は地味な陰キャだ。
飼育委員として出会うまで佐倉は俺のことなんか眼中になかっただろう。
そんな浅い関係で俺のことを優しいなんて言う佐倉を照れも混ざって睨むと、佐倉はぎゅうっと俺の手をくるむように握り直した。
「確かにまだまだ俺は凪パイのこと知らないっすけど、凪パイが優しいことはわかるっす。俺が寝不足で見せられない顔してるって言った時もすぐに病院に行ったらどうかって心配してくれたし、長寿郎のことも雨に濡れるのも構わず必死に探してたじゃないっすか」
「それは当たり前のことだろ」
「それを当たり前だって思えるのは、凪パイが優しいってことっすよ」
なんだか、佐倉の言葉を聞いているとじっとしていられないような感覚がする。
むずむずするような、くすぐったいような。
与えられたことのない感情に戸惑って、握られている手が汗ばんでいるんじゃないかと不安になった瞬間、マジで鼻がむずむずした。
「へっくしゅ!」
「うわ、大丈夫すか? 凪パイ濡れてるっすもんね」
知らない間に体が冷えていたらしい。
くしゃみをした俺に、慌てた様子で佐倉はブレザーを脱いで渡してきた。
「これ羽織ってください」
「いいって。おまえのも濡れるじゃん」
「乾かすんで大丈夫っすよ。遠慮せず」
さあさあと言いながら佐倉が俺の肩にブレザーを掛けてくる。
男子の中で俺は小さいわけではないのに、佐倉がでかすぎてブレザーを掛けられると包み込まれたようであたたかかった。
「あー、あったけー……」
「よかったっす」
「気付いてなかったけどマジで冷えてたんだな。ありがとう。なんか今度お礼するわ。佐倉にはねむぴさんとしての感謝もあるし」
「あの、凪パイ。お礼なら今ほしいんすけど」
「今?」
佐倉にはきちんとお礼をしたいと本気で思っているが、体育倉庫に閉じ込められている今は無理がある。
驚いてきょとんとした俺に、佐倉は両手を擦り合わせて、でかい体を丸めた上目遣いでお願いしてきた。
「生ASMRしてくれませんか?」
