俺だけに囁いて

「ここから逃げたのかも」
「えっ、ヤバくないっすか?」
「探さないと!」

 慌てて外に飛び出して、佐倉と手分けして長寿郎を探す。

 木の根元を覗き込んだり、草を掻き分けながら、俺は自分を責めていた。
 穴が開いていた壁の老朽化が進んでいることに、1年生で飼育委員をしていた時から俺は気付いていた。
 だけど、去年のペアだった先輩も大丈夫だろうと言っていて、先生も予算がどうだとか言って、俺もそれなら仕方がないと受け入れてしまった。
 あの時、俺がもっと強く補強した方がいいとか、小屋全体を修理した方がいいとか言えていれば、長寿郎が逃げ出すことはなかった。

「ごめんっ、長寿郎……!」

 長寿郎は外の世界を知らない。
 きっと広い世界で不安に思っているだろう。
 学校の中にまだいるならいいけど、外に出ていて車に撥ねられでもしたら助からない。

 長寿郎への申し訳なさで俺が押しつぶされそうになっていると、雨まで降ってきた。
 ぽつぽつと降ってきた雨はやがて大粒になって本降りになる。

 こんな雨にさらされたら長寿郎の命は本当に危ういんじゃないか。
 腕に抱いたときのふわふわとしたあの温もりが失われてしまうことが恐ろしくて、俺が必死になって草むらを掻き分けて探していると後ろから影がかかった。

「凪パイ! なんで傘さしてないんすか!?」
「長寿郎が……」
「長寿郎も心配っすけど、凪パイだって心配っす。風邪引いちゃうっすよ」

 俺にかかった影は佐倉が差してくれた傘だったらしい。
 焦っていて、雨の中で傘も差さずに長寿郎を探していたが、確かに俺が風邪を引いたら元も子もない。
 それに今日中に見つからなかったら明日も探さなければいけないのだからと思ったところで、長寿郎が一晩なんて長い時間を外で過ごすことができるのかと一気に不安が押し寄せた。

 思わず縋るように佐倉を見上げて、その背後にある建物に意識が向いた。

「倉庫。なんで今日開いてるんだ?」
「え、あ、ほんとっすね。なんでだろう?」

 佐倉の背後にあるのは体育倉庫だ。
 普段はしっかり鍵がかけられているが、今日はなぜか開いていた。

「もしかしたら、あそこに長寿郎がいるかも」
「行ってみるっす!」

 佐倉とひとつの傘に入れてもらって、体育倉庫の中に入る。
 薄暗い体育倉庫は雑然としていた。
 この中に長寿郎がいるのなら、探すのに苦労するだろう。

「長寿郎……」
「あ!」

 不安ばかりを膨らませていた俺の耳に佐倉の声が届く。
 驚いてそちらを見ると、佐倉が小さな段ボールの中を覗き込んでいた。

「いたっすよ! 長寿郎!」
「ほんとに!?」

 飛んで行くと、自分で入ったのだろう段ボールの中で長寿郎が気持ちよさそうに眠っていた。
 ふわふわの丸い背中がちゃんと呼吸に合わせて上下しているのを見て、全身の力が抜けてしまった。

「なんだ、こんなとこにいたのか……。ごめん、長寿郎。不安だったよな」

 長寿郎がびっくりしないように囁きかけながら、額をそっと撫でる。
 気持ちよさそうに鼻をヒクヒクさせている長寿郎を微笑んで見つめていた俺はハッとする。
 そういえば、身バレしないように佐倉の前では囁いたり小声でしゃべったりしてはいけなかったんだ。

 慌てて隣を見ると、佐倉はなぜか頬を赤らめてこちらを見ている。
 真摯にこちらを見つめるまなざしは、やはり俺をすやぴだと疑っているのだろうか。
 俺が黙って狼狽えていると、重たい金属を引きずるような音がした。

「なにっすかね?」

 俺は身バレしていないかということに夢中になっていて、佐倉もぼんやりしていたから一瞬何の音が気付かなかった。
 理解できたのはガシャンと鍵のかかる音が聞こえた瞬間だ。

「もしかして、今のってドア閉めた音なんじゃね?」

 最悪の予想を俺が口にすると、佐倉もサッと顔色を青くした。

 俺も佐倉もしゃがんでいたから、物陰になっていてきっと鍵をかけた人物からは見えなかったのだろう。
 慌てて佐倉と一緒にドアに駆け寄ると、両開きの鉄製のドアはしっかりと施錠されてしまっていた。