俺だけに囁いて

「えっ、ど、どうしたんすか!?」

 駆け寄ってきた佐倉が俺の頭からつま先まで視線を往復させておろおろと問いかけてくる。

 まさか廊下で俺を振り返った人達も、俺の女装に気付いていたのかと一瞬焦る。
 だけど、ステージ裏で一緒に控えている他のカップルグランプリ参加者達が俺を見て「誰だろう?」と話している声が聞こえたから、佐倉が鋭いだけなんだろう。

「俺の名前は呼ぶなよ。他校の彼女ってことにしとけ」
「……凪パイとしては一緒にステージに立ってくれないんすか?」

 ひそひそと佐倉に指示すると、さっきまで嬉しさ全開の笑みを浮かべていた顔にしゅんとした表情を浮かべる。
 あまりの落胆ぶりにちょっと胸が痛んだが、俺は佐倉が奇異の目で見られることはやっぱり耐えられなかった。

「俺は佐倉とは付き合えない。だけど、佐倉がひとりでカップルグランプリに出るなんてかわいそうなところも見てられない。だから、こうして変装して来た。スピーチは俺だってわかんないようにしてくれるか?」
「それは……、いや、でも凪パイはどうするんすか?」
「俺は風邪でしゃべれないからスピーチはパスするって司会者に伝えてある。珠代の友達が司会者なんだよ」

 根回しも完璧。
 あとは無事に俺が男であり、凪紡だとバレないままカップルグランプリをやり過ごせばいいだけだ。

 佐倉は複雑そうな表情をしていたが、徐々にその凜々しい眉を下げた。

「勝手にカップルグランプリに出るなんて決めてごめんなさい」
「ほんとだよ。なんで勝手に出ることに決めたんだ? 会ってもくれないし俺の連絡も無視するし」

 最後は拗ねたような口調になってしまった俺に、佐倉は「うう」と申し訳なさそうに項垂れた。

「ほんとは会いたかったし、無視もしたくなかったんすよ。でも、俺は凪パイのこと好きな気持ちを恥ずかしいと思ったことはないってどうしても凪パイに伝えたかったんす」
「俺が出場しなかったら、スピーチで想いを伝える片想い相手は適当にぼかすって珠代に言ってたんじゃないのか?」
「そうするつもりでした。でも、片想い相手が男だってことは言うつもりだったっす」
「おまえ……。だから、俺が付き合わないことにした理由をいい加減わかってくれよ」

 俺は佐倉が奇異の目で見られることが嫌で、俺なんかと付き合ってもいいことはないと思っているから、好き同士でも付き合わないことにしたんだ。
 佐倉はずっと俺の気遣いを無碍にしている。

 じとりと睨んでも、佐倉は怯んだ様子はなかった。

「でも、俺は嘘はつけないっす」
「スタンバイおねがいしまーす!」

 佐倉の声に被るようにスタッフの生徒から声がかかる。

 これからのスピーチで佐倉が何を語るつもりなのか。
 嫌な予感がしつつもステージに出るスタンバイの位置に着くと、周囲の人が近すぎて佐倉に問いただすこともできなかった。

「今年のベストカップルはどのカップルになるのでしょうか!? それでは、カップルの入場でーす!」

 司会者の高らかな声が響き、俺と佐倉も他のカップルと共に入場する。
 文化祭でいろいろな服装をしている生徒がいるから、金髪メイド姿の俺もちゃんと馴染むことができたようだ。
 観客席でも目立っている珠代がぐっと親指を立ててくれたこともあって、ひとまず安堵した。

「それではカップルの一人ひとりに、お互いへの想いを順番にスピーチしてもらおうと思います! 制限時間はそれぞれ1分。お相手へのラブを存分に伝えちゃってください。尚、喉の不調により当校一年生佐倉宵さんのお相手はスピーチができないとのことですので、ご了承ください」

 予定通りの案内に、なぜか会場から「えー」という残念そうな声が聞こえてきた。
 一応愛想笑いで会場に軽く会釈すると、佐倉が「しなくていいっすよ」と首をぶんぶん横に振る。
 たったそれだけのやりとりで会場がキャーキャーと黄色い声で沸いたのは佐倉の人気のせいだろう。

 カップルは全部で5組。
 順番にスピーチをしていくカップルはそれぞれへの愛にあふれていた。

 情熱的なスピーチに黄色い声が上がったり笑い声が上がったり。
 会場は文化祭特有の楽しげな雰囲気に包まれている。

 そして、いよいよ俺達の順番がやってくる。
 スピーチのために佐倉がマイクを手にステージの真ん中にあるカラフルな装飾が施された台の上に立った。

 ぽんぽんとマイクを叩いて音が入っていることを確認した佐倉は、斜め後ろで待機している俺を一瞬振り向く。
 その唇が「ごめんなさい」と動いたのを俺は見逃さなかった。

「俺の好きな人、かわいいっすよね?」

 佐倉はスピーチがはじまって早々会場に呼びかける。
 会場からは「かわいいー!」という声が返ってきて、珠代のメイクの腕前に感心していられたのはここまでだった。

「でも、男なんっす!」

 衝撃を受けた観客の「えー!?」という叫びが体育館全体を揺らした。

 俺が何のために女装してきたと思っているのか。
 愕然としてしまったが、佐倉は確かにスタンバイ前に言っていた。
 嘘はつけない、と。

「普段通りの姿でもめちゃくちゃかわいいんすけど、俺の好きな人は照れ屋さんで優しい人なんで変装してきてくれました。俺が同性愛者だって変な目で見られたり、自称地味で陰キャな人なんで俺みたいなうるさいのが付き合っても釣り合わないって思われたりするのがつらいからって気を遣ってくれたんす」

 佐倉の声はどこまでも優しい。
 そのあまりにも甘やかな声に、どよめいていた会場はあっという間に静まりかえった。

「俺は別にどう見られたっていい。だけど、彼が何か嫌な目に遭うかもしれないなら耐えられない。俺もそう思ってるんで、彼の気持ちはわかりました。だけど、俺は彼への気持ちを捨てることはできません」

 佐倉の背中は真っ直ぐだった。
 ステージの照明が佐倉を煌々と照らしている。
 眩い光の中で佐倉は圧倒的な輝きを放っていた。

「彼の優しさを俺はたくさん無駄にしてます。それはわかってるんすけど、俺は俺達が奇異の目で見られることがあるのなら、それは周りが間違ってると思うっす。ただお互いを好き同士。それ以上でも以下でもない。俺達の関係はそれだけっす」

 凜とした背中が綺麗だ。
 見惚れていた俺を佐倉が振り向いて微笑んだ。

「で、俺が彼の好きなところは今のエピソードからもわかるとおり優しいところっす。最初はひとりで出てこのスピーチしようとした俺のために、彼はこんなにかわいい変装をしてまで駆けつけてくれました。こんなに優しくて素敵な人はいないっす! 俺に最高の癒しをくれるところも含め、俺には彼しかいないっす!」

 佐倉は宣言するように言ってスピーチを終える。
 お辞儀をした佐倉に割れんばかりの拍手が贈られた。

 確かに佐倉はこのスピーチで嘘をつかなかった。
 だけど、俺の努力を全部無駄にしたんだ。
 
 佐倉はズルい。
 責めてやりたい気持ちも確かにあったけど、それよりも俺は胸の奥から張り裂けんばかりの喜びが溢れてくるのを感じていた。

 俺はこんなにも佐倉に愛されてる。
 俺も、佐倉にちゃんと想いを返したい。

 勢いって恐ろしいものだ。
 注目されて浮き足立っていたのもあるかもしれない。

 司会者は俺がスピーチしなくていいように、円滑に投票に移ろうとしていたのに、俺は手を挙げていた。

「すみません。俺もスピーチしていいでしょうか?」