俺だけに囁いて

 6月の文化祭前になると、うちの学校では毎年カップルがいくつも誕生する。
 それは文化祭の行事にベストカップルグランプリというイベントがあるからだ。

 いかにも陽キャが考えただろうこのイベントでは、エントリーしたカップルが体育館のステージ上で衆目に晒されながら、相手への想いをスピーチする。
 その想いを聞いた観客が投票をおこなって、一番票を得たカップルがベストカップルになる。

 みんながみんなベストカップルグランプリに出場したくて付き合っているわけではなく、これを口実に「ベストカップルグランプリに俺らも出られるかもよ?」なんて冗談を言うことで、相手の反応を窺って告白へこぎ着ける連中が多いからこの時期にカップルが増えるのだという話を聞いたことがある。

 そして、なぜか佐倉と珠代は今年のベストカップルに選ばれるだろうという噂が流れてしまっていた。

「いや、マジで勘弁してほしいっすよ」
「珠代も言ってたけど、おまえら目立つし噂にはなっちゃうよな」

 いつも通りに兎小屋の掃除をしているが、今日はいつもよりハイペースで作業を進めている。
 この後、俺も佐倉も文化祭準備の手伝いがあるからだ。

 文化祭は目前に迫っており、今年のベストカップルになるのは誰かという注目度も高まる今、佐倉と珠代は注目の的だ。

「俺と珠代さんってほとんど話したことないんっすよ? 俺と凪パイが話してるときに、珠代さんが傍にいることが多いってだけで。つーか、珠代さんがやたら凪パイの傍にいるのが悪いんすよ。普通に嫉妬するっす」
「……まあ、珠代がいきなり佐倉が友達と弁当食べてるところに誘いに行ったのも、相当インパクトあったみたいだよな」

 なんとか普通に答えを返したが、俺は内心佐倉の言葉にドギマギしていた。
 俺は佐倉との交際はきっぱり断った。
 なのに、佐倉は俺への好意を隠すことなく、いつも剥き出しにしている。

 周りの誰かに聞かれたら佐倉が好奇の目に晒されるのではないかと、俺は気が気ではないのだが、佐倉はなにも気にしていない様子だ。
 こういう佐倉の言動はやめさせなければならない。
 今までなんと注意すればいいかわからずに放置していたが、文化祭を前に注目度が高まっている佐倉に、今日ははっきり言うことにした。

「佐倉。そうやって珠代に嫉妬とか言うのもうやめろよ」
「なんでっすか? 珠代さんが嫌がってるとか?」
「そうじゃない。でも、誰かに聞かれたら、俺達が付き合ってない意味がないじゃん」

 佐倉が馬鹿にされたり、変な目で見られたりすることが嫌で、俺は告白を断った。
 それなのに、佐倉が俺への好意を丸出しにしていたら意味がない。

 佐倉に恋人みたいに扱われるのは、本心では嫌ではないどころか嬉しかったが、佐倉のために封印した俺の恋心がかわいそうだ。

「俺は凪パイが好きなんで隠せないっす。ごめんなさい」
「謝ることじゃないんだけどさ」
「だから珠代さんと付き合ってるって誤解されてる今の状況はかなり嫌なんっすよね。どうしようかなぁ」

 俺の注意をさらっと流した佐倉は、言動を改める気は一切ないようだった。
 普段は素直な後輩だったくせに、ここは強情らしい。
 どうすればいいんだと考えている間に兎小屋の掃除も終わり、俺と佐倉は兎達を目一杯撫でてかわいがってから、それぞれの教室に帰った。

 俺のクラスの文化祭の出し物はメイド喫茶。
 男子もメイド服を着て接客する学生らしい出し物だ。
 
 今週末に開催される文化祭のために、教室を装飾する飾り作成にみんな忙しそうにしていた。

「ただいまー。俺は何すればいい?」
「紡は私と一緒にお花作り」

 ちょいちょいと珠代に呼ばれて、花紙を使って花を作っていく。
 こういう黙々とした作業は嫌いじゃない。
 静かに集中していると、突然教室がざわついた。

 何かと思って騒ぎの中心に目を向けると、教室の前に佐倉がいた。

「すみませーん。珠代さんいるっすか?」

 珠代が俺の隣で長いまつ毛が際立つ目を瞬かせる。

 佐倉も珠代も自分達がカップルだと誤解されることを嫌がって否定した。
 それなのに、佐倉が珠代を教室まで訪ねるなんて余計疑われるようなことをする意味がわからない。

 俺が戸惑っている間に、呼ばれた珠代は佐倉の元に駆け寄っていった。

「やっぱり美男美女だよね」
「お似合いすぎ! 今年のベストカップルは絶対あのふたりだよ」

 教室のあちこちから聞こえてくる噂をする声が不快で思わず眉を寄せる。
 真実ではなく、本人が否定し続けている噂を鵜呑みにして騒ぐ連中にムカついている……なんてのは建前で、こんなのはただの嫉妬だ。
 自分の醜い面を突きつけられるみたいで、恋愛はいいことばかりじゃない。

 教室前の廊下で何やら話し込んでいる佐倉と珠代は、確かにお似合いのカップルに見えた。
 それを見ているのが嫌で、手元の花紙を折ることに集中していると、しばらくして珠代が帰ってきた。

「おかえりー。何の話だったんだよ」
「うん。ベストカップルグランプリの話」
「勘違いされて迷惑だよなぁって?」
「違う。ベストカップルグランプリに出る話」
「は?」